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13話
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「素晴らしい眺めですね!」
船上からは、大パノラマで海が一望できた。
自室のバルコニーからいくらでも見られるのだが、船の上からだと一段と美しく感じた。
「船首に行こうか。もっと海がよく見えるよ」
肩に手がまわり、兄に導かれる。
船首に立つと、視界いっぱいに大きな空と海が広がった。
海鳥が飛び交う空の下で、帆船が風をきって青い海を進んでいる。
いつまでも見ていられるような、美しく穏やかな光景だ。
「風が気持ちいいですね。広い海に航海に出たような気分です!」
僕は船長になったような気持ちで、豊かな海原を眺めながら大きく深呼吸した。
「この船は商船ですか?」
「うん。北方への貿易船でね、あと五隻は同じ規模のものを造船する予定なんだ」
「父上が、北方への貿易に力を入れはじめたと耳にしていましたが、造船まで行われていたんですね」
「北方の国々とは新たに同盟を結ぶようだからね。父上の本気がうかがえるよ」
そう言って、兄は眩しそうに海上を行く帆船たちを眺めた。
「北方に対しては生活必需品が主な取引物だから、今以上に穀物や保存食、毛織物、ワインなんかを大量輸出することになるね」
「船が完成して、北方へ出発する日が楽しみですね。そういえば、兄上は塩田の事業も始められたとか……」
生活に欠かせない食塩を作る製塩業は、この世界において莫大な需要と利益を生む。
ラオネスの港からも大量の塩を輸出しているが、これは国内各地で製塩されたもので、この地で作られたものではない。
兄はラオネスをもっと豊かにしたいと、製塩業に着手したのだろう。
「そう。あそこに見える二つの島で、塩田を始めたんだ」
兄が指差す方に、小さな島が二つ見える。
「環境を整えるのに数年かかるから、まだ本格的に始動はしてないけどね」
「兄上っ! すごいですよ!!」
僕はアメジストの瞳を、勢いよく見上げた。
「ロベルティアの塩といえば、主に岩塩と塩泉の二つで、塩田は国内で初めてですよね?」
「よく知ってるね」
「天日を利用する塩田は、非常に効率のいい製塩方法だと聞きました。白い黄金と呼ばれるほどの莫大な利益をもたらす塩が、この地で生産できるようになれば、ラオネスの経済力もぐんと上がりますね!」
「そうだね」
「塩漬けの製造も近隣地域の塩に頼らなくてよくなるし、ちょうど力を入れはじめた北方への輸出品にも、塩は必要不可欠ですし!」
「うん……」
「それに、新規事業の立ちあげによる雇用の拡大は、市民生活の安定にも繋がりますよね! 景気の向上に治安の改善!」
「…………」
「あと、地域産業の活性化は……って、兄上?」
いつの間にか、兄がものすごい表情で僕を見ていた。
菫色の目に、これでもかと凝視される。
「あの……何か、おかしなことを言ってしまいましたか?」
「いや、おかしくないよ。その逆だよ……。テオ、一体どれだけ勉強したの? 治安にまで言及するとは思わなかった。それに、地域産業って――」
「え……あっ!」
しまった!
気分よく話してて、前世と今世の知識が混ざってしまったのに気づいてなかった!
「あははっ。やだなぁ、兄上! ラオネスに詳しい方にお願いして、少しお話を聞いただけですよ? 兄上のお世話になるのに、この地について何も知らないなんて失礼じゃないですか」
「いや、それにしても――」
「ちょっと知識を得たからって知ったかぶっちゃって! 僕ってば相変わらずですよねぇ~~~!!!!」
誤魔化そうと大げさに苦笑していると、ふわりと頭に兄の手が触れた。
「父上に命じられてから王都を出発するまで、そんなに時間はなかっただろうに。ありがとね」
「そんな……お礼なんて……」
優しく頭を撫でられて、胸がぎゅっと苦しくなった。
僕は、お礼を言われるような立場にはない。
「クロード兄上……。本来なら、一番初めに口にするべきことでした。長い間……本当に申し訳ありませんでした」
僕は兄に向かって深く頭をさげた。
「テオ……」
「兄上は、ずっと気にかけてくださっていたのに……僕は嫉妬心や劣等感から、最低な態度をとっていました」
思い出そうとしても、兄と楽しい時間を過ごした日々は遥か遠く。
鮮明によみがえるのは、反発し拒絶していた重苦しい記憶だけだ。
「頭をあげて、テオ」
兄の言葉に上を向くと、柔和な美貌が、穏やかな表情を浮かべて僕を見ていた。
「……年々、話も気持ちも通じなくなっていくのは悲しかったよ。向き合おうとしても、敵視されて近づけもしなくなって」
「僕は……怠惰な生活を送って、何も積み重ねてない日々から目を逸らしていました。愚かな己を直視するのが怖くて、諭してくれる人を敵視することで、自分を無理やり正当化していました」
正しい言葉をくれる人は、誰も彼もが敵だった。
そう思わないと、あの時は生きていけなかった。
「謹慎をきっかけに、そんな自分を変えようと、体重を減らすことから始めました。二十歳を目前にして、剣術や勉強も……。いまさら努力をしたところで、バカ王子の名を払拭なんてできませんし、何の償いにもなりません。でも、僕は少しでもロベルティアの役に立ちたいと……」
優しい輝きを宿すアメジストの瞳を、僕はまっすぐに見つめ返した。
「そして、クールトア家の一員として認めていただきたくて……」
「テオが家族じゃなかったことなんて、一度もないよ」
兄はゆっくりと微笑んだ。
「気づくこと。認めて受け入れること。そして、変わるために努力すること。どれか一つだけでも大変なことだ。でも、テオは全部をやってのけて、皆が驚くぐらい、こんなにきれいで賢くなった。なかなかできることじゃないよ。俺の弟が、こんなに頑張り屋だなんて知らなかったな」
そう言って、兄は僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
全てを包み込むような温かさに、目の奥が熱くなる。
「テオ。仲直りしよう。それで、テオのことをもっと教えてほしいな。好きなこと、得意なこと、やりたいこと……。もちろん、俺のことも知ってほしい」
「僕を……許してくださるのですか……?」
「許すもなにも、俺は怒ってないよ。今までも、これからも……ね」
「兄上……っ」
見上げていた兄の顔が涙でにじむ。
どれだけ、これまでの自分の態度がひどかったか。
激怒されても当然なのに、こんな僕を、兄は見捨てずにいてくれた。
そして、これからの僕を知っていきたいと言ってくれたのだ。
「ありがとうございます……兄上……」
僕は兄の胸の中で涙をこぼした。
「……僕も、兄上のことをもっと知りたいです」
「うん。改めてよろしくね」
「はいっ」
そっと濡れた頬をぬぐってくれる兄の温もりが嬉しくて、僕の涙はしばらく止まらなかった。
船上からは、大パノラマで海が一望できた。
自室のバルコニーからいくらでも見られるのだが、船の上からだと一段と美しく感じた。
「船首に行こうか。もっと海がよく見えるよ」
肩に手がまわり、兄に導かれる。
船首に立つと、視界いっぱいに大きな空と海が広がった。
海鳥が飛び交う空の下で、帆船が風をきって青い海を進んでいる。
いつまでも見ていられるような、美しく穏やかな光景だ。
「風が気持ちいいですね。広い海に航海に出たような気分です!」
僕は船長になったような気持ちで、豊かな海原を眺めながら大きく深呼吸した。
「この船は商船ですか?」
「うん。北方への貿易船でね、あと五隻は同じ規模のものを造船する予定なんだ」
「父上が、北方への貿易に力を入れはじめたと耳にしていましたが、造船まで行われていたんですね」
「北方の国々とは新たに同盟を結ぶようだからね。父上の本気がうかがえるよ」
そう言って、兄は眩しそうに海上を行く帆船たちを眺めた。
「北方に対しては生活必需品が主な取引物だから、今以上に穀物や保存食、毛織物、ワインなんかを大量輸出することになるね」
「船が完成して、北方へ出発する日が楽しみですね。そういえば、兄上は塩田の事業も始められたとか……」
生活に欠かせない食塩を作る製塩業は、この世界において莫大な需要と利益を生む。
ラオネスの港からも大量の塩を輸出しているが、これは国内各地で製塩されたもので、この地で作られたものではない。
兄はラオネスをもっと豊かにしたいと、製塩業に着手したのだろう。
「そう。あそこに見える二つの島で、塩田を始めたんだ」
兄が指差す方に、小さな島が二つ見える。
「環境を整えるのに数年かかるから、まだ本格的に始動はしてないけどね」
「兄上っ! すごいですよ!!」
僕はアメジストの瞳を、勢いよく見上げた。
「ロベルティアの塩といえば、主に岩塩と塩泉の二つで、塩田は国内で初めてですよね?」
「よく知ってるね」
「天日を利用する塩田は、非常に効率のいい製塩方法だと聞きました。白い黄金と呼ばれるほどの莫大な利益をもたらす塩が、この地で生産できるようになれば、ラオネスの経済力もぐんと上がりますね!」
「そうだね」
「塩漬けの製造も近隣地域の塩に頼らなくてよくなるし、ちょうど力を入れはじめた北方への輸出品にも、塩は必要不可欠ですし!」
「うん……」
「それに、新規事業の立ちあげによる雇用の拡大は、市民生活の安定にも繋がりますよね! 景気の向上に治安の改善!」
「…………」
「あと、地域産業の活性化は……って、兄上?」
いつの間にか、兄がものすごい表情で僕を見ていた。
菫色の目に、これでもかと凝視される。
「あの……何か、おかしなことを言ってしまいましたか?」
「いや、おかしくないよ。その逆だよ……。テオ、一体どれだけ勉強したの? 治安にまで言及するとは思わなかった。それに、地域産業って――」
「え……あっ!」
しまった!
気分よく話してて、前世と今世の知識が混ざってしまったのに気づいてなかった!
「あははっ。やだなぁ、兄上! ラオネスに詳しい方にお願いして、少しお話を聞いただけですよ? 兄上のお世話になるのに、この地について何も知らないなんて失礼じゃないですか」
「いや、それにしても――」
「ちょっと知識を得たからって知ったかぶっちゃって! 僕ってば相変わらずですよねぇ~~~!!!!」
誤魔化そうと大げさに苦笑していると、ふわりと頭に兄の手が触れた。
「父上に命じられてから王都を出発するまで、そんなに時間はなかっただろうに。ありがとね」
「そんな……お礼なんて……」
優しく頭を撫でられて、胸がぎゅっと苦しくなった。
僕は、お礼を言われるような立場にはない。
「クロード兄上……。本来なら、一番初めに口にするべきことでした。長い間……本当に申し訳ありませんでした」
僕は兄に向かって深く頭をさげた。
「テオ……」
「兄上は、ずっと気にかけてくださっていたのに……僕は嫉妬心や劣等感から、最低な態度をとっていました」
思い出そうとしても、兄と楽しい時間を過ごした日々は遥か遠く。
鮮明によみがえるのは、反発し拒絶していた重苦しい記憶だけだ。
「頭をあげて、テオ」
兄の言葉に上を向くと、柔和な美貌が、穏やかな表情を浮かべて僕を見ていた。
「……年々、話も気持ちも通じなくなっていくのは悲しかったよ。向き合おうとしても、敵視されて近づけもしなくなって」
「僕は……怠惰な生活を送って、何も積み重ねてない日々から目を逸らしていました。愚かな己を直視するのが怖くて、諭してくれる人を敵視することで、自分を無理やり正当化していました」
正しい言葉をくれる人は、誰も彼もが敵だった。
そう思わないと、あの時は生きていけなかった。
「謹慎をきっかけに、そんな自分を変えようと、体重を減らすことから始めました。二十歳を目前にして、剣術や勉強も……。いまさら努力をしたところで、バカ王子の名を払拭なんてできませんし、何の償いにもなりません。でも、僕は少しでもロベルティアの役に立ちたいと……」
優しい輝きを宿すアメジストの瞳を、僕はまっすぐに見つめ返した。
「そして、クールトア家の一員として認めていただきたくて……」
「テオが家族じゃなかったことなんて、一度もないよ」
兄はゆっくりと微笑んだ。
「気づくこと。認めて受け入れること。そして、変わるために努力すること。どれか一つだけでも大変なことだ。でも、テオは全部をやってのけて、皆が驚くぐらい、こんなにきれいで賢くなった。なかなかできることじゃないよ。俺の弟が、こんなに頑張り屋だなんて知らなかったな」
そう言って、兄は僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
全てを包み込むような温かさに、目の奥が熱くなる。
「テオ。仲直りしよう。それで、テオのことをもっと教えてほしいな。好きなこと、得意なこと、やりたいこと……。もちろん、俺のことも知ってほしい」
「僕を……許してくださるのですか……?」
「許すもなにも、俺は怒ってないよ。今までも、これからも……ね」
「兄上……っ」
見上げていた兄の顔が涙でにじむ。
どれだけ、これまでの自分の態度がひどかったか。
激怒されても当然なのに、こんな僕を、兄は見捨てずにいてくれた。
そして、これからの僕を知っていきたいと言ってくれたのだ。
「ありがとうございます……兄上……」
僕は兄の胸の中で涙をこぼした。
「……僕も、兄上のことをもっと知りたいです」
「うん。改めてよろしくね」
「はいっ」
そっと濡れた頬をぬぐってくれる兄の温もりが嬉しくて、僕の涙はしばらく止まらなかった。
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