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12話

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ロベルティア王国内で一番の規模と歴史をほこる造船場は、ラオネスの南端にある。
非常に充実した設備をようしていることでも有名で、大陸西部の造船技術の最先端を走っているといっても過言ではないようだ。
広い場内で最初に目を引くのは、隅々まで張り巡らされた水路。
入り組んだそれには、大小様々な船が、どこを見ても浮かんでいる。
その側には、船の建造や修理を行う石造りの立派なドックがいくつも並び、多くの船大工が出入りしていた。
もちろん、充実しているのはそれだけではない。
数多ある船舶関係のギルド会館や、時間を知らせる鐘楼しょうろう、貯蔵倉庫や職人の宿舎なども内包され、大きな造船場は、一つの独立した街のようだった。

「一日中見て回っても、見学しきれないほどですね」
「細かく見ていたら、三日ぐらいはかかるかな」

僕は造船場内を兄に案内されながら、専属騎士と一緒に、大きな水路にまたがる跳ね橋を渡っていた。
船の移動に合わせて跳ね上がる橋桁はしげたなんて、仕組みを聞くだけで面白いというのに、僕の心は少しだけ重かった。
ネズミの件はエヴァンに任せたので、今頃、御者や周辺の人たちへの聴取が進んでいるだろう。
あんなイタズラをするほど、僕を快く思っていない人がいる。
その事実に、心に冷たい風が吹くような気持ちになるけれど……。
だめだ。もう考えるのはやめよう。
うじうじと悩んだところで、僕の過去も、相手の感情も、変えることはできないのだから。

「兄上っ! 僕、建造中の大型船に乗るの、ずっと楽しみにしていたんですよ!」

僕は大げさなぐらいに明るい声を出して、懸命に気持ちを切り替えた。

せっかく造船場に来たんだから。楽しい時間を過ごさないと。

僕はキョロキョロと周囲に目をやった。
跳ね橋の下を流れる大きな水路には、中型船がいくつも停泊している。
その船上では、何人もの水夫がキビキビと作業をこなしていた。
甲板をみがいている者、帆やロープの手入れをする者。
見ていて気持ちのよい仕事ぶりだ。

「建造中じゃなくて、運航してる大型船に乗ってもらおうとも考えたんだけどね。小舟で沖まで出ないといけないから、ちょっと手間がかかるんだ」
「僕は建造中の船の方が嬉しいですよ。造船場でしか、お目にかかれませんから」

前世の世界と違って、こちらは港湾設備がそこまで発達していない。
そのため、大型船は入港して着岸することができないので、沖に停泊させることになる。
人や荷物は兄の言葉にあるように、小舟で行き来させているのだ。

「そう考えると、すごく貴重な体験だね。俺もわくわくしてきた」
「ふふっ。兄上は建造中の船なんて、見慣れたものでしょう?」
「いや、それが意外と機会がなくてね。今日はテオと一緒に新鮮な気持ちで乗り込むよ」

そう言いながら、兄は前方を指差した。

「ほら、見えてきたよ」

レンガ造りの立派な鐘楼の横を通り、海側の広場に出ると、巨大な船が目の前に現れた。

「わぁ……大きい……!」

全長三十メートルはあるだろうか。
視界いっぱいに広がった船体に、立派なマストが三本立っている。
木の匂いがしてきそうなほど、ピカピカの木造帆船だ。
船台に固定されて足場が組まれたそれは、いかにも建造中であったが、素人目にはほとんど完成しているように見える。
帆船といえば風を切る大きな帆だが、まだ取りつけられてはいない。
しかし、それがなくとも、充分な見応えがあった。

「兄上っ。すごい迫力ですね!」

初めて見る大型帆船に、僕は胸を躍らせた。

「ここまで造るのに、どれぐらい日数がかかるんですか?」
「半年ぐらいかな。外側の大きな工事はほとんど終わってるから、あとは内装の完成を待つのみだね。マストは連結させて、もっと長くなるよ。帆や縄具といった色んな道具や装置は、進水させた後に海上で取りつけるんだ。船体の均衡きんこうを調節しながらね」
「なるほど……」
「この船を海に浮かべる時に執り行う進水式には、テオも出席してね。沢山の人が集まって、新船しんせんの進水を祝うんだ。お祭りみたいで楽しいよ」
「絶対に参加します!」

お祭りは前世でも大好きだった。
謹慎前は華やかな催しを拒否していたから、すごくもったいないことをしていたなと、今では思う。

「じゃあ、テオの期待に応えられるように、俺も頑張って準備しないとな~」
「え!? 兄上のお仕事をこれ以上忙しくするつもりは――!」

慌てた僕に、兄がアメジストの目を穏やかに細めた。

「冗談だよ。テオは優しいね。ラオネスにも、こんなに早く馴染んでくれて……すごく嬉しいよ」
「……兄上は、僕がラオネスに全く馴染まずに、わがまま放題で大暴れすると思ってましたか?」
「いや、そんなことは……」

兄が気まずそうな顔をして盛大に目を逸らすので、僕は思わず大きく笑ってしまった。

「……実はね、テオが来る前に、アルへ書簡を送ったんだ。ラオネスでの滞在は、テオにとって苦痛だろうって思ってたから、父上の真意をはかりかねてね。それならばと、頼れる王太子殿下に聞いてみたんだ」

非常に優しく柔らかなオブラートに包んで表現してくれているが、要は『あんなワガママな弟がこっちに来るって地獄じゃん! 親父は何考えてんだよ!? おい兄貴! 教えてくれよ! 意味不明なんだよ!!』ってことだろう。

ちなみに、兄二人は年が近いこともあって、何の上下関係もなく双子のように育っている。
昔は……いや、今もそれを少しだけ羨ましく感じていた。

「アルフィオ兄上からは、何てお返事が来たんですか?」
「それがね……返事になってなかったんだ」
「え?」

予想外の言葉に、僕は目が点になる。

「どういうことですか?」
「俺も父上の判断には賛成しない。テオは初めての海に喜ぶだろうが、すぐに王都に戻せ。って書いてあったんだ」

僕は再び大笑いした。

「本当ですね。クロード兄上が聞きたかったであろうことが、何一つ書かれてないっ」
「そうなんだよ。初めて読んだ時には正直、アルに対してモヤモヤしたけど、今なら意味が分かるよ」

兄はおかしそうに口もとを緩めると、僕に優しい眼差しを向ける。

「アルはさ、テオにラオネスに行ってほしくなかったんだよ。謹慎があけたら自分のもとで可愛がりたかったのに、父上が俺のところに寄越すって命令したから拗ねてたんだ。だから、こんなぶっきらぼうな返事をしてきたんだろうね。半ば八つ当たりだよ」
「ああ……。確かに、ラオネス行きが決定してから、アルフィオ兄上は機嫌が悪かったですね。僕のところにわざわざお茶をしにきておいて、ずっとむすっとしてるんですよ? すぐに帰ってこいって何度も言われて」
「大方、テオがこっちに来るのを楽しみにしてるのが気に食わなかったんだよ。弟二人で仲良くするのも寂しかったのかもね」

兄はいたずらっぽい表情を浮かべながら、言葉を続けた。

「もちろん、我らが兄上の八つ当たりにはちゃんと仕返ししておこうと思って、俺も返事をしたんだ」

どんな返事なのか聞く前から大体想像がついて、僕は吹き出しそうになってしまう。

「父上の判断には非常に感謝している。テオは海を見て毎日楽しそうだし、可愛い笑顔にとても癒されるから、当分王都には帰さないってね」

長兄のしかめ面が、目の前にいるかのように思い浮かんだ。

「アルには悪いけど、俺だってテオを可愛がりたいからね」

兄は小さく笑うと、陽気な仕草で船を振り仰いだ。

「それじゃあ、船に乗って海を眺めようか。ローランとフレデリクもね」

ローランは、兄の専属騎士だ。
呼ばれた騎士二人が返事をすると、四人で乗ることになった。
他の護衛騎士は、船の周りで警備をしてくれるようだ。

「このハシゴから上にあがるよ」

船の中央部に、しっかりとした大きなハシゴが取りつけられていて、兄はそこをのぼっていく。
僕もあとを追って、一段目に足をかけたところで、腰に手がまわって支えられた。
いわずもがな、同行している専属騎士である。

「フレデリクっ。子供じゃないんだから、支えなくてもだいじょ……わっ!」

話しながらのぼったせいか、三段目にかけた足がずり落ちた。
すぐに背後からしっかりと抱き支えられ、決まりが悪くなる。

僕のバカっ。ここで失敗するから、フレッドの過保護が加速するんだよっ!

「どうぞお気をつけて」
「アリガトウゴザイマス……」

自分の迂闊うかつさを悔やみつつハシゴをのぼりきると、踏むのをためらうほどきれいな甲板が現れた。
汚さないよう忍者みたいにそっと足を乗せると、先に甲板にいた兄に笑われてしまった。








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