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9話

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「ううっ!おいしそうな魚介がこんなにっ……!」
「また新しい料理が運ばれてくるようですし、ゆっくりと楽しみましょう」
「うんうんっ!」

僕は心を躍らせながら両手を合わせると、フォークを手にとった。
食前の礼が日本式になっていたが、そんなことを意識している暇はない。

ああっ! 最初の一口は何にしよう!?

悩んだ末に、僕は蒸し焼きにされたマグロの身をフォークですくいあげた。
まだ充分に温かいそれを口に迎え入れた瞬間に、僕の食欲は暴走を始めた。

んんんんんんんんんっ!!!!!

マグロ最高っ!
噛むごとにたっぷりの脂がっ!!
あ、サケもいいっ!!!
ドラントの香草焼き……すぐ胃の中に消えちゃうっ!!!!
わぁっ、エビがぷりぷり!!!!!
カキの風味も幸せ!!!!!!
魚介の出汁がもう、もう……!!!!!!!

僕はすっかり魚介の旨味の虜となった。
フォークを動かす手が止まらず、夢中になって食べていたのだけれど、目の前のフレデリクは何も口にすることなく、楽しそうに僕を見つめていた。

「フレデリクも食べてよっ。どれもおいしいよ!」

フレデリクは、僕が食べているところを見るのが好きらしい。
別に嫌ではないけど、ばくばくと勢いよく食べているのを静かに見守られるのは、ひたすらに気まずい。
それに、おいしいものは一緒に食べて、喜びを共有したいではないか。

「魚介料理は好き?」
「ええ。自分で初めて釣った魚を焼いて食べた時の味は、今でも忘れられませんね」
「いいなぁ~! 僕もみんなで釣りをしてみたい! 隊長はものすごく釣りが上手そうだし」

僕の言葉に、フレデリクが懐かしそうに口もとを緩めた。

「彼は釣りが苦手なんですよ。シャトワでは全く釣れなくて、貝やエビばかりを採っていて。私が釣れたものをよく分けていました」
「そうなの? 勝手な印象で得意そうって思っちゃった」
「泳ぎはとても速くて、誰も追いつけませんでしたね」
「ふふ。すごいね。泳ぎが得意な近衛隊長だなんて、きっとロベルティアで初めてだよ」

鍛え抜かれた褐色の体で海をかき分ける姿が、まるで僕も見てきたかのように脳裏に思い浮かんだ。

「それなら、隊長も久しぶりに海を見たかっただろうね。一緒に来られないの、すごく残念がってたから」
「海が見たいというより、テオドール様に随行したいという欲望しか感じられませんでしたが……。近衛隊長が王都を離れるわけにはいきませんからね」
「もしかしたら、フレデリクと久しぶりに遠出をしたかったのかもしれないよ?」
「ありえません」
「あははっ。即答なんだね」

二人で海の幸を楽しみながら、シャトワでの思い出話やラオネスの社交界についてなど、沢山の話題で盛りあがる。
たらふく食べて語ってまったりしていると、食事が終わるのを待っていたかのように、従者を介して貴族に話しかけられた。
挨拶かと思って二人で立ちあがると、是非とも私の娘とダンスを……ということだった。

ダンスか……。

流れる舞曲に合わせて優雅に踊っている人たちを見ると、その中に兄がいた。
華やかな女性とフロアの上で舞う様子は、まるで映画の美麗なワンシーンのようだった。
目が離せなくなるほど素敵な姿だ。

僕もあの中に……笑顔で女性をエスコートして――
だめだ……嫌だ。踊りたくない。

僕の心は完全にダンスを拒絶していた。
この二十日間で出席した夜会でも、ダンスは避けていた。

でも、もう避けるわけにはいかないよな……謹慎は終わってるし。
わがままなんて言ってないで踊らないと。

そう思って、誘いに乗ろうとした瞬間、背後に立つフレデリクが口を開いた。

「失礼いたします」

白銀の貴公子が穏やかな笑みを貴族に向ける。

「テオドール様は、長旅で疲労が重なっていらっしゃいますので……」
「これは失礼いたしました。浅慮なお誘いをお許しください」

やんわりとした断りの言葉に、貴族は申し訳なさそうな顔をして下がっていった。

「勝手にお断りして申し訳ありません」

フレデリクには何も言っていないが、僕がダンスを嫌がっていることには気づいているのだろう。
断ってくれてよかったと、お礼を言おうとすると、再び従者に声をかけられた。
目を向けると、僕に挨拶を希望している貴族が、数人ほど立っている。
許可をすると、仲介役の貴族がすぐに話しはじめた。
どうやら、連れているレナルレ王国の貴族と僕を、お目通りさせることが目的のようだ。
ダニロ・バッツィーニ伯爵と紹介された、三十歳前後とおぼしき長身の男性が、僕を見て穏やかに微笑んだ。
彼は、肩より少し長い赤茶色の髪を、緩く一つに結っている。
ロベルティアの王侯貴族の男性には、髪を結えるほどに長く伸ばす習慣はないので、それだけで他国の貴族と分かる。
濃い眉に、少し垂れ気味の深い鳶色とびいろの目。
高く存在感のある鼻梁に、厚めの唇。
かもし出される男の色気がとてつもない。
少し対面するだけで、その濃厚な色香にあてられてしまいそうだ。

「お初にお目にかかります。第三王子殿下。こうして、殿下の美しい瞳と見つめ合える喜びに、胸が打ち震えております」
「ありがとうございます……」

バッツィーニ伯爵は、滔々とうとうと挨拶を述べると、笑みを深くした。

「そして、先程の殿下のお言葉には、心の底から感嘆いたしました。ラオネス公のご挨拶にお応えして、御自身と貴国の成長を願う強いお気持ち……。広間にいる一人一人としっかり視線を合わせようとなさる誠実さ……。一瞬のお振る舞いにも聡明さが感じられて。大国ロベルティアの王子殿下は、どなたも唯一無二の魅力を持つ御方ばかりですね」

この人……他の貴族と違う……!

王都でもそうだが、初めて挨拶をしてくる人のほとんどが、痩せたことに注目して容姿を褒めそやしてくる。
それだけだと言っていい。
この伯爵はそこにきて、初見で僕のスピーチ力と周囲への気配りを褒めてきたのだ。
その上、僕も兄たち同様に素敵な王子だと持ちあげてきている。
きっと、こういった言葉が他の人との差別化になると、僕の印象に残ると分かっているのだ。
なかなかの人心掌握術だ。
そして、後ろを見なくても分かる。
フレデリクの機嫌が、めちゃくちゃ悪くなっていることが。

ああ……この手の人が僕に声をかけてくると、フレッドの嫉妬が発動しちゃうんだよなぁ。
僕に色目を使ってるように見えるみたい。ちょっと大げさだと思うけど。
                              
「僕は社交界での経験を全く積んできていない、噂通りのわがまま王子ですから……。兄上たちと並び立つことなど、とても――」
「経験は望めば自然と重なっていくものですよ。殿下の内面から放たれる美しさを前にすれば、双子の女神たちも、あなた様の奪い合いになることでしょう」
「いえ、そんな……」

後ろに控えていたフレデリクが、すっと横にくる。
どうやら、早々に我慢の限界を迎えたようだ。

「テオドール様、そろそろ――」

控えめに促されるが、意訳すると『テオ、早く部屋に戻れ』だ。

もう。フレッドったら、仕方ないなぁ。

僕は伯爵に微笑みかけた。

「申し訳ありません、伯爵。もっとお話をお伺いしたいのですが、そろそろ体を休めようかと」

伯爵が微笑みを返してくる。

うっ……色気の圧がすごいっ!

「大変失礼いたしました。長旅でお疲れの殿下にご無理を」
「気にされないでください。次にお会いした時には、レナルレ王国のことを色々お聞かせくだされば嬉しいです」
「もちろんです。楽しみにしておりますよ」

そう言って頭をさげた伯爵や他の貴族に背を向けると、光速で僕の背中にフレデリクの手がそえられた。

フレッド……本当、そういうとこだからねっ!








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