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7話
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「今晩は僕の歓迎の夜会に集まっていただいてありがとうございます。そして、オーディベルグの使いではなくて申し訳ありません」
兄の言葉に応酬すると、皆が笑顔を見せてくれてホッとした。
「兄上がおっしゃった通り、僕に対しては様々な……嫌な気持ちを持っている方がほとんどだと思います。僕は……第三王子は、これまで決して善き王子とは言えませんでした。今だって、ただ痩せただけで、何の経験も実績もありません。あるのは、積み重ねてきた悪評だけです」
これまでの僕の悪行は、決してなかったことにはできない。
でも、だからこそ。
フレデリクに言われたように、僕の気持ちをきちんと伝えたい。
「しかし、僕はこれから、もっと変わっていきたい……少しでもロベルティアの役に立ちたいと考えています。こちらでの滞在は父上の命令ではありますが、こんなに大きな商業都市で見聞を広げることができるのは、僕にとって非常に得難い機会なのです。だから……皆さんの力を貸してほしい。そして、勝手を言えば……過去ではなく、これからの第三王子を見てもらいたいと思っています」
僕の願いを口にすると、兄に優しく肩を引きよせられた。
「ラオネスは常に未来を信じる先進的な都市だ。テオドールのこれからにも、皆が期待してくれると信じている」
兄が力強く言いきると、広間に拍手が巻き起こった。
「よかったね。皆がテオの未来を信じてくれるって」
周囲に目をやると、集まった人々は微笑みながら拍手をしている。
冷たい反応でも当然の中、拍手の音がとても温かく感じた。
まずは、みんなに受け入れてもらえたってことでいいのかな……。
先に侯爵令息として入場していたフレデリクに視線を向けると、頷きながら優しく微笑んでくれたので、僕は安堵して笑みを返した。
「今日は、私と弟の久しぶりの再会を祝す日でもある。食事にダンスに歓談に、心ゆくまで楽しんでくれ!」
兄の声に応えて、広間に歓声があがる。
楽団による陽気な曲も流れ始めて、大広間の雰囲気はいっきに華やかなものになった。
僕たちはすぐに人々に囲まれて、歓談の中心部に立つことになった。
王都の夜会では、王族に対する挨拶は身分の高い順から行われるのが常だが、ここでは序列はそんなに気にしないようだ。
参加者も貴族と商人が混ざっている様子で、王都ではありえないことである。
さっきから思ってたけど、夜会の雰囲気が王都とはかなり違うなぁ。
格式や品格を重んじる王都に比べて、ラオネスの社交界はとても開放的な雰囲気だ。
商人が力を持っている商業都市ということもあるだろう。
王都の高貴な雰囲気も悪くないけど、僕はこういう身分にとらわれない社交界も好きだなぁ。
僕と兄は、変わる変わる訪れる商人や貴族と次々に挨拶を交わした。
会話の内容は、やはり湾岸商業都市だけあって、流通に関することが多かった。
商船の航路、関税、物価。
輸出入品のあれこれや、愚痴や要望。
多岐にわたる話も、兄はしっかりと受け答えをしている。
ここ数年のすさまじい努力が感じられて、僕は尊敬の念で胸がいっぱいになった。
前はこういう兄の姿を見るのが嫌だった。
自分が何も積み重ねていないことを思い知らされるような気持ちになったからだ。
本当に僕ってさぁ……。
全てを放棄していたのだから、日々を懸命に生きている人の方が、豊かに輝いて見えるのは当たり前のことだ。
劣等感を盾に、心を痛めて被害者ぶってみたり。
周囲に威張り散らして、虚栄心を満たしてみたり。
我ながら、どうしようもない王子だ。
今の僕にとって、領主として立派に振る舞う兄は、とてつもなく誇らしいというのに。
そして、僕も第三王子として頑張ろうって、高い志を持とうって思えるんだ……!!
それから、僕は初めて耳にする興味深い話の数々に夢中になった。
時間を忘れて聞いていたのだが、お腹の虫がしつこく鳴きはじめてしまい、つい食べ物に視線を向けると、それに気づいた兄が口もとを緩めた。
「お腹空いた? 挨拶、頑張ったもんね。そろそろ、ご飯を食べに行こうか」
兄の言葉に、僕は満面の笑みを浮かべた。
「僕、ラオネスで海の幸を食べるの、ずっと楽しみにしてたんです!」
「王都では塩漬けや干物ぐらいしか手に入らないもんね。それも、俺たちの口に入ることはほとんどないし」
様々な技術が発達した前世の日本では、どこにいても生の魚介類が入手できていたが。
この世界では、せいぜい馬車で一日分の距離、海から百キロ以内の場所ぐらいまでしか運ぶことはできない。
内陸部では保存食として加工されたものか、新鮮さを求めるなら淡水魚を食べることになるが、極端なほどの肉食であるロベルティアの王侯貴族が、そういったものを口にする機会は皆無といってよかった。
「フレデリクも一緒に食べていいですか?」
兄が笑顔で頷いたので、僕はフレデリクに合図をして呼びよせると、ご馳走が並ぶテーブルに足を向けた。
「テオが沢山食べると思って、魚介類はもちろん、肉類も多めに用意したんだけど……」
兄が曖昧な表情を浮かべた。
僕が暴飲暴食をすると思って大量に準備したけど、痩せていて食欲も減退していそうなので困惑している、という表情だ。
「兄上……僕は残念なことに、少食にはなってないのですよ。だから、全種類制覇をめざします!」
大きく宣言すると、側に来たフレデリクと兄が笑った。
もう既に、五臓六腑を魚料理のいい匂いで支配されている。
肉料理の主張の強い匂いも、僕のお腹の虫を大いに刺激していた。
兄の言葉に応酬すると、皆が笑顔を見せてくれてホッとした。
「兄上がおっしゃった通り、僕に対しては様々な……嫌な気持ちを持っている方がほとんどだと思います。僕は……第三王子は、これまで決して善き王子とは言えませんでした。今だって、ただ痩せただけで、何の経験も実績もありません。あるのは、積み重ねてきた悪評だけです」
これまでの僕の悪行は、決してなかったことにはできない。
でも、だからこそ。
フレデリクに言われたように、僕の気持ちをきちんと伝えたい。
「しかし、僕はこれから、もっと変わっていきたい……少しでもロベルティアの役に立ちたいと考えています。こちらでの滞在は父上の命令ではありますが、こんなに大きな商業都市で見聞を広げることができるのは、僕にとって非常に得難い機会なのです。だから……皆さんの力を貸してほしい。そして、勝手を言えば……過去ではなく、これからの第三王子を見てもらいたいと思っています」
僕の願いを口にすると、兄に優しく肩を引きよせられた。
「ラオネスは常に未来を信じる先進的な都市だ。テオドールのこれからにも、皆が期待してくれると信じている」
兄が力強く言いきると、広間に拍手が巻き起こった。
「よかったね。皆がテオの未来を信じてくれるって」
周囲に目をやると、集まった人々は微笑みながら拍手をしている。
冷たい反応でも当然の中、拍手の音がとても温かく感じた。
まずは、みんなに受け入れてもらえたってことでいいのかな……。
先に侯爵令息として入場していたフレデリクに視線を向けると、頷きながら優しく微笑んでくれたので、僕は安堵して笑みを返した。
「今日は、私と弟の久しぶりの再会を祝す日でもある。食事にダンスに歓談に、心ゆくまで楽しんでくれ!」
兄の声に応えて、広間に歓声があがる。
楽団による陽気な曲も流れ始めて、大広間の雰囲気はいっきに華やかなものになった。
僕たちはすぐに人々に囲まれて、歓談の中心部に立つことになった。
王都の夜会では、王族に対する挨拶は身分の高い順から行われるのが常だが、ここでは序列はそんなに気にしないようだ。
参加者も貴族と商人が混ざっている様子で、王都ではありえないことである。
さっきから思ってたけど、夜会の雰囲気が王都とはかなり違うなぁ。
格式や品格を重んじる王都に比べて、ラオネスの社交界はとても開放的な雰囲気だ。
商人が力を持っている商業都市ということもあるだろう。
王都の高貴な雰囲気も悪くないけど、僕はこういう身分にとらわれない社交界も好きだなぁ。
僕と兄は、変わる変わる訪れる商人や貴族と次々に挨拶を交わした。
会話の内容は、やはり湾岸商業都市だけあって、流通に関することが多かった。
商船の航路、関税、物価。
輸出入品のあれこれや、愚痴や要望。
多岐にわたる話も、兄はしっかりと受け答えをしている。
ここ数年のすさまじい努力が感じられて、僕は尊敬の念で胸がいっぱいになった。
前はこういう兄の姿を見るのが嫌だった。
自分が何も積み重ねていないことを思い知らされるような気持ちになったからだ。
本当に僕ってさぁ……。
全てを放棄していたのだから、日々を懸命に生きている人の方が、豊かに輝いて見えるのは当たり前のことだ。
劣等感を盾に、心を痛めて被害者ぶってみたり。
周囲に威張り散らして、虚栄心を満たしてみたり。
我ながら、どうしようもない王子だ。
今の僕にとって、領主として立派に振る舞う兄は、とてつもなく誇らしいというのに。
そして、僕も第三王子として頑張ろうって、高い志を持とうって思えるんだ……!!
それから、僕は初めて耳にする興味深い話の数々に夢中になった。
時間を忘れて聞いていたのだが、お腹の虫がしつこく鳴きはじめてしまい、つい食べ物に視線を向けると、それに気づいた兄が口もとを緩めた。
「お腹空いた? 挨拶、頑張ったもんね。そろそろ、ご飯を食べに行こうか」
兄の言葉に、僕は満面の笑みを浮かべた。
「僕、ラオネスで海の幸を食べるの、ずっと楽しみにしてたんです!」
「王都では塩漬けや干物ぐらいしか手に入らないもんね。それも、俺たちの口に入ることはほとんどないし」
様々な技術が発達した前世の日本では、どこにいても生の魚介類が入手できていたが。
この世界では、せいぜい馬車で一日分の距離、海から百キロ以内の場所ぐらいまでしか運ぶことはできない。
内陸部では保存食として加工されたものか、新鮮さを求めるなら淡水魚を食べることになるが、極端なほどの肉食であるロベルティアの王侯貴族が、そういったものを口にする機会は皆無といってよかった。
「フレデリクも一緒に食べていいですか?」
兄が笑顔で頷いたので、僕はフレデリクに合図をして呼びよせると、ご馳走が並ぶテーブルに足を向けた。
「テオが沢山食べると思って、魚介類はもちろん、肉類も多めに用意したんだけど……」
兄が曖昧な表情を浮かべた。
僕が暴飲暴食をすると思って大量に準備したけど、痩せていて食欲も減退していそうなので困惑している、という表情だ。
「兄上……僕は残念なことに、少食にはなってないのですよ。だから、全種類制覇をめざします!」
大きく宣言すると、側に来たフレデリクと兄が笑った。
もう既に、五臓六腑を魚料理のいい匂いで支配されている。
肉料理の主張の強い匂いも、僕のお腹の虫を大いに刺激していた。
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