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1話

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ゴトゴトと音をたてて、山道を馬車が行く。
ある程度は舗装された街道とはいえ、やはり山の中。
車輪が石を踏んで、車体が大きく揺れた。

ううっ……お尻が痛い。

ロベルティア王国の紋章が大きく刻印された立派な馬車の中で、僕は静かに眉根をよせた。
座面から繰り返し襲ってくる鈍い衝撃に、僕のお尻や太腿は悲鳴をあげている。

ああ……車輪の振動を吸収してくれるサスペンションが、この世界にもあればいいのに……。

心の中で無い物ねだりをしていると、優しく声をかけられた。

「テオドール様。お加減が優れないのでしたら、一度、馬車をお止めしましょうか?」

正面に座る、侍従のエヴァン・ボーシャン。
黒髪にはしばみ色の瞳を持つ理知的な雰囲気の彼が、気遣わしげな顔をこちらに向けている。

「大丈夫だよ。止めたら、その分だけ到着が遅くなっちゃうしね。みんなに申し訳ないし」

僕は努めて明るい声音で答えた。

エヴァンが座布団を何枚も重ねて敷いてくれてるのに、この鈍痛は減ってくれないんだよなぁ……。

「今日で馬車に揺られる日々も終わりですから」
「そうだね。さすがに二十日も馬車で移動してたら疲れたよ。早くラオネスに着かないかな」

ロベルティア王国の第三王子である僕、テオドール・サシャ・クールトアは、ただいま王国の西南部にある湾岸都市ラオネスに向かって移動中である。
父から命じられていた無期限の謹慎が終わりを迎えたのは先月のこと。
菫の館でのマイペースな生活がすっかり染みついていた僕は、久しぶりの城での生活はちょっと緊張するなぁ、なんて思っていた。

そんな矢先。
『ラオネスに滞在して、クロードのもとで社会勉強をしてくること』

父から、新たにそんな命令を下されてしまった。
まさか、謹慎終了と同時にラオネスに行けって言われるとは思わなくて、最初は驚くばかりだったけれど。

よく考えてみると、父上の気遣いだったんだよね……。

ロベルティア王国の王侯貴族を大混乱の渦に陥れたきのこ、リーフェ。
麻薬のような効能を持つそれを中心に巻き起こった大騒動の渦中で、僕はとんでもない目に遭った。
どうにか騒動は解決したものの、その結末は決して喜べるものではなくて。

大きな後悔は、今も胸の奥でくすぶっている。

その後、貴族たちにとってもリーフェの衝撃は相当なものだったようで、宮廷内のざわめきは思った以上に長引いた。
父は謹慎を続けさせることで、僕を好奇の目から守ってくれていたが、なかなか騒動の余韻が消えないので、とうとう王都から遠ざけることにしたようだ。

なんていうのが裏事情だが、今回のラオネス滞在は、僕の初めての社会勉強に違いない。
これまでの汚名をそそぐためにも、今後はしっかりと父の思いに応えていかねば。

クロード兄上にとっては迷惑だろうけど……僕が社会の仕組みを肌で感じることのできる大きなチャンスだからね!

僕はラオネスまであと少しの距離がもどかしくて、開け放たれた馬車の窓から顔を出した。
視界いっぱいに瑞々しい緑が生い茂り、なだらかな山道を、僕とエヴァンを乗せた四頭引きの豪奢な馬車が進んでいる。
そして、僕を守るために、幾人もの騎士が馬にまたがって馬車の周りを囲んでいた。

「ねぇ、いつぐらいに着くか分かる?」

僕は馬車のすぐ側で随行している専属騎士に話しかけた。

「あとはこの山を越えるだけなので、昼すぎには着きますよ。頂上で最後の休憩をとる予定です。ラオネスの街が一望できると聞いているので、景色が楽しめますよ」
「そうなんだ! 嬉しいな」

僕は馬上から笑顔で答える白銀の騎士を見つめた。

第三王子専属護衛騎士、フレデリク・テュレンヌ。

侯爵家の子息であり、近衛隊で屈指の実力を持つ彼は、今日もたいそうな美丈夫ぶりだ。
陽光の中でダイヤモンドのように輝く銀髪。
キリっと形よい眉に、凛々しく涼やかな目もと。
碧い瞳は強さに裏打ちされた深く優しい光を秘めていて、一瞬で惹きこまれる美しさだ。
そして、嫌味なく通った鼻筋に、キュッと締まった唇。
男らしさに満ちた硬派な美貌だが、どこか甘い色気を漂わせていて。

つまり、僕の恋人は最高ってこと!

「そんなに熱く見つめておられると、テュレンヌ卿に穴が開いてしまいますよ」
「えっ、いや、その……っ」

エヴァンにからかわれて、僕は狼狽うろたえながら視線を泳がせた。
侍従になったばかりのころは、口数も少なくて表情もあまり変わることのなかったエヴァンと、こうして冗談まじりの会話ができるようになったのは非常に嬉しい……のだけれど。

これは……確実にフレッドと僕の仲がバレてる……!
僕の表情や視線から、恋心がダダ漏れなんだろうけど……。
だって仕方ないじゃんっ!
フレッドが格好よすぎるからっ!!

侍従にからかわれたというのに、僕は再びフレデリクに視線が吸いよせられていた。

栗毛の駿馬、イサークに跨った白銀の騎士がまとうのは、純白の一揃え。
昨日までは旅装だったが、今日はラオネスに到着するということで、しっかりと正装していた。
近衛隊の紋章が刻まれた銀のボタンが、木漏れ日を反射してキラキラと輝いている。
引きしまった逞しい体によく似合っていて、今朝からの数時間程度では到底見慣れることのできない美麗さだった。

僕の視線を受けて、フレデリクが優しく微笑む。
その笑みを見ているだけで、お尻と太腿の痛みが飛んでいくってものだ。

それにしても、馬車での長距離移動がこんなに苦痛だったとは。
数年前に母の生家であるサンティレール公爵家に馬車で向かった時には、全く痛くならなかったので知らなかった。

あの時は、贅肉が衝撃を吸収してたのかな……。

そう。僕は少し前まで太っていたのだ。
それはもう、お尻も太腿も脂肪でパンパンで。
きっと、あの分厚い贅肉がクッションの役割を果たしていたのだろう。
この鈍痛を感じることがなかったという点では、太っていてよかったのかもしれない。

「結局、ずっとお尻と太腿が痺れたままだったよ……エヴァンは痛くないんだよね?」

ずっと一緒に馬車に乗っていたというのに、全くダメージを受けていない様子のエヴァン。

「積年の慣れですよ」
「なるほど……」

正装フレデリクの魅力と同じく、こちらもすぐには慣れてくれないようだ。











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