楽園の聖

青空 藍信

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10.黒く滾る

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「ごあああああああああああああ!!!」

 ガルド・ライカは太い咆哮をあげながら突進してくる。

 命は焦る気持ちを抑え、カリバンの動向を窺う。
 攻撃魔法等で助力しようとも考えたが、自分のレベルは低く、何のきっかけで足を引っ張るかわからない。
 初動はカリバンに任せる。

 敵がさらに加速した瞬間、カリバンは頭上に剣を掲げ叫ぶ。

「剛纏!!!」

 その瞬間、剣も赤色の蒸気を纏い始める。

「な!?剛纏だって!?」

 命は驚いた。
 なぜなら「剛纏」とは、先ほどカリバンが使用した剣技技能「剛力」の特異派生技能なのだ。
 公式サイトでそういう派生技能があると情報だけは出ていたが、プレイヤーで取得している者は皆無という、取得条件・能力等不明の特異剣技技能である。

 カリバンは一体何者なんだと命が考えたその時、目の前から彼は消えた。

「っ!?」

 そのすぐ後に、この草原中に大きな衝突音が響く。
 衝撃の波が命の身体を少しだが浮かせて後退させた。

 何が起きたか分からず、ばっと前を向く。
 そこにはガルド・ライカの角と剣を押しつけ合っているカリバンの姿があった。
 どうやらあの一瞬で数十メートル以上の距離を詰め、突進を剣一本で抑えたらしい。

「なんて威力なんだよ……!」

 カリバンの顔は真っ赤で血管が浮かび上がり、死力を尽くしているのが目に見えた。
 赤い蒸気のようなものも[剛力]とは比べものにならないレベルで溢れだしている。
 もしかすると長時間は使えない技能なのかもしれない。

 あそこに飛び込んで助力することができない自分に腹が立ってくるが、ここで呆けている場合ではない。

「くそ!!俺に出来る事を!!」

 そう言って命は右手のフウに大きく魔力を流し込む。

「イメージだ!身体を癒し続ける温かな光!」

 言葉に出し、目を瞑り、魔法のカタチを鮮明に描く。
 描くそれはリジェネレート、RPG御用達の常時展開回復魔法だ。
 予想以上に魔力を消費するのだろう。
 すぐに倦怠感が身体を包み出すが、ポーションを取り出し一気に飲み干す。

「くそっ!!こんなイメージじゃ足りない!!もっと、もっと高まれ!!!」

 早くしなければ、今このときもカリバンは敵と殺し合っているのだ。

 遠くから獣の叫び声のようなものや、金属がぶつかり合っているような音が聞こえる。
 目を開けて状況を確認したくなるが、イメージが崩れたら一からの練り直しだ。
 カリバンが無事であることを願い、迅速に鮮明に、自分の力を描き続ける。

「ぐっ……あぁ!!」

 頭痛が激しくなってきたがそんなことは関係ない。
 信じてくれている仲間がいるのだ。
 ぶっ倒れても完成させてやると決めている。
 イメージ・魔力共に今命の出来る最大限を注ぎ込んだ。

 そして、叫ぶ——。

「彼の者に慈しみを!……リジェネレート!!!」



 カリバンはギリギリだった。
 最初から自分の秘技の一つ[剛纏]を使用しようするが、このガルド・ライカは今まで戦闘してきたどのライカ種よりも能力が卓抜していたのだ。

「くそっ……これはAランク討伐依頼並じゃねぇのかぁ……?」

 適当にあしらって撃退する予定が狂わされる。
 ぎりぎりと角と剣を押し合いながら、互いは睨み合っていた。
 今はやや有利に力比べが出来ているが、それも時間の問題だろう。

 [剛力]は魔力と持久を消費する技だが、この技能「剛纏」は体力を消費するのだ。
 恐ろしい速度で体力を消費し続け、数分もすれば身体の穴という穴から血が溢れてくる。
 全力でこの技能を発動させれば、能力値に二倍以上の恩恵を働かせることができ、相手を圧倒出来るであろうが、持って数秒だろう。
 肉を切らせる諸刃の剣であった。

 その数秒で撃退できる段階までに追い込むかと考えた、その時——、

「ごああああああ!!!」
「っ!!!」

 ガルド・ライカは力比べでは埒が明かないと考えたのか、角を引っ込め後ろに下がる。
 いきなり行動で、カリバンは少し体勢を前に崩してしまった。
 そこへ敵は下から突き上げるように身体をぶつけてくる。

「ぐっ!!」

 カリバンは相手の右肩に剣を横に当て、左手で刀身を抑える事により衝撃を抑えた。
 しかし、ガルド・ライカの勢いは止まらずにそのままカリバンを宙高くへ放り出す。
 足場が無くなったことにより上手く力を制御することが出来なくなってしまった。

「ぐ……!!だが、これならどうだぁあ!?」

 カリバンは空中で剣を横に構える。

「剛纏・集結!!!」

 身体の赤い蒸気が剣に向かって集まり出す。
 カリバンの顔は血が抜かれたように白くなっていくが、その闘志は熱く燃え滾っていた。
 そして一メートル少しだった直剣が、あっという間に三メートルはありそうな真っ赤な大剣へと姿を変える。

 下から迎え撃とうとしていたガルド・ライカは危険を察知し、今居る場所から離れようとしたが……

「もう遅い!!」

 カリバンは大剣を横一文になぎ払いながら叫ぶ。

「剛纏・飛翔おおおおおおおお!!!」

 金属を激しく打ち合わせたような音と共に、剣に纏っていた赤い刃が三日月型となり放たれた。
 高速で迫り、ガルド・ライカに避ける隙さえ与えない。

「ごぐあぁぁぁああああぁぁあああぁああ!!!」

 大きなものを断ち切ったような音と、悲痛な獣の叫び声が草原中に響き渡った。
 カリバンの技と敵の衝突により、辺り一帯には砂煙が舞っている。

「がはっ……!」

 ガシャンという音と共にカリバンは地面に倒れるように着地した。
 顔からはぽつぽつと血が垂れており、無理をしていることが見て取れる。

「あぁー、久々に無理したなぁ……。深傷ぐらい負わせられたかぁ……?」

 疲労しきっている身体でゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。

「大分派手にやっちまったなぁ。全く見えねぇ……」

 自分で作った砂煙で満たされた現状に愚痴を吐く。
 これ以上の消費は危険だと判断し、[剛纏]を解除した。
 強化を解除した事による倦怠感が身を包むが、鞭を打ち、物音に耳を立てながら、命の居る方向へと歩き出す。

「全身バキバキだなぁ。メイに回復しても貰わねぇと……てかあいつ何もしてくれなかったじゃねぇか。口だけだったのかぁ?」

 そんなことを呟いていた矢先、後ろから何かが動き出す音が聞こえた。
 そしてそれは、ゆっくりとカリバンに向かって歩みを進め始める。

「……はぁ。勘弁してくれねぇかねぇ」

 振り返り、剣を構えた。
 憂鬱そうな顔だが、その身に慢心は一つもない。

「弱っててくれよぉ?」

 全力を出したのだ、弱っていることを願う。
 砂煙も腫れてきて、ガルド・ライカの姿が露わになってきた。

 敵は右腕を引きずっている。
 深い斬撃の後があり、多くの血を流していた。
 右目にも被斬したのだろう、縦に傷が残っていて閉じている。

「おかしいなぁ……。普通のライカ種だったらもう逃げ出してる状態なんだが——」

 カリバンの言うとおりライカ種は危機に陥った場合、すぐに逃走の手段をとる。
 だが、相手には危機察知能力があるようには見えず、その身から立ちこめるものは殺意のみだ。

「最近流行の変異種なのかねぇ……こっちも結構ぼろぼろなんだよ?ほら、逃げちゃいな?」

 けだるそうに左手をしっしと動かすが、もちろん相手にその意志は伝わるはずがない。

「ぐるるるるる……」

 血走った右目でカリバンを見据えるのみだ。
 今にも襲いかかろうと姿勢を低くしている。

 やれやれとカリバンが剣を構え、死闘の覚悟を決め[剛力]を発動しようとした時、後方から凛とした声が響いた。


「彼の者に慈しみを!リジェネレート!!!」


 その瞬間、カリバンは光に包まれる。

「っ!?なんだこれは!?」

 いきなりの事態に驚いてしまった。
 ガルド・ライカも同じで、後退して様子を窺っている。

 カリバンは一瞬振り返り、地に伏せながらも、必死に光る短剣のようなものをこちらに向けるメイを見つけた。
 この身体を照らす、光のような魔法を発動してくれたらしい。
 魔法にあまり縁のないカリバンには効果がわからないが、すぐに理解することになる。

「こ……これは!?」

 漲るのだ。
 身体に血が、活力が。

 先ほどまでの蒼白だった顔に生気が戻り、傷口も塞がっていく。
 それでも回復は止まらない。
 普通の聖回復魔法は数秒で効果が途切れるが、この魔法は発動時間は長すぎる。

「常時回復し続ける聖魔法だと……!?そんなもの聖国の聖女が使うと噂されているぐらいだぞ!?」

 カリバンの中でメイの存在がますます謎深くなっていくが、そんなことを考える時間が今はない。
 思考する頭にリセットを掛けて、目の前で警戒しているガルド・ライカに向けて直剣を構えた。
 [剛力]を使用しようと考えていたが、[剛纏]が使用出来る状態まで回復している。

「この魔法ってもしかしてだが——、俺の剛纏との相性が恐ろしいほどいいんじゃないのか……?」

 常時体力を消費し続け、多大なステータス補正を授かる技[剛纏]、常時展開し体力を回復し続ける聖魔法[リジェネレート]、相性が悪いはずなど無い。
 これ以上がないほどに、完璧といった組み合わせだ。

 カリバンはニヤリと笑みを作る。

「久々に全開放といくか!!剛纏・百力!!!」

 叫んだ瞬間、カリバンの顔に黒い模様が浮かび上がっていく。
 その模様からは黒い蒸気が溢れ、身体からも同じように出ているということは、全身に模様が張り巡らされているのだろう。
 吐く息も黒く、禍々しい出で立ちであり、先ほどとは違う異質な力の奔流を放っていた。
 ガルド・ライカはあまりのカリバンの豹変、能力の向上に本能が叫ぶのか少し後退っている。

「前使ったときは数秒で死にかけたのに……今回は全く体力が消費されない。むしろ回復力の方が上回ってるぐらいだ。ここまでの魔法をメイが持っているとは……、もう笑うしかないな」

 乾いた笑い声を出しながら、次にカリバンは自分の籠手を付けていない手のひらを見つめる。

「それにしてもなんだこの黒い模様、力の流れは。初めて見たぞ。まだ俺の知らない力が隠されているのか?」

 カリバン自身もこの豹変に驚いているようだ。

「だがまぁ、メイの魔法もいつ解けるかわからねぇからなぁ。サクッと終わらせるかね」

 そして一歩前に歩みを進める。

「なんだが、今の俺は負ける気がしないな。ありがとな、メイ!」

 後ろを振り返らずそう言って、ゆっくりとガルド・ライカに向かい、また一つ歩みを進めた。

「ぐ……ぐるるる……」

 カリバンの迫力に気圧されていて、ガルド・ライカ動けずにいた。
 黒い奔流と光のベールを身に纏った、意味のわからない存在が一歩ずつ迫ってくるのだ。
 そして体中から危険だと信号が鳴り響いている。

 ——勝てない。

 だが、この獣は後退するということを知らない。
 自分にここまでの恐怖を与えてくる存在が目の前にいてもだ。
 今まではこんなことはなかった。
 己は蹂躙者なのだ。

 ——屈辱。

 そう、それは屈辱だった。
 ぽつぽつとガルド・ライカの中に、屈辱からくる怒りの感情が溢れ出してくる。

 怒りのせいか右腕、目の痛みも感じなくなってきた。

 それはあっという間に身体中を満たし、憎悪となり、恐怖心を塗り潰していく。

 奴を見れば見るほど怒りが、憎悪が溢れだし、いつの間にか恐怖は感じなくなっていた。

 自分が最強だと証明するために、今度こそ奴の息の根を止めるために、ガルド・ライカは姿勢を低くし、戦闘形態をとる。

 殺す。
 殺す殺す殺す——。

 あるのは先ほどと同じ圧倒的な殺意のみ。

「ごああああああああああああ!!!」

 そしてガルド・ライカは、後ろ足で思い切り地を蹴り走り出す。
 目指す先は奴の首元。
 そこさえ噛み切ってしまえば自分の勝利なのだ。

 だが、目の前の人間は一瞬にして消えてしまう。

「ごあああ!?」

 何が起きたと思った刹那、ザンッと何かが切断されたかのような音が耳に届いた。


 一瞬だが視界が暗転し、次に見えた光景は空。
 なんと気付いたら自分は空を飛んでいたのだ。
 だがどうしてだろうか、身体が羽が生えたように軽い。
 周りを見渡そうと首を動かす。
 しかし、自分の首は不思議なことに動かなかった。

 仕方がないので動きに任せるまま、ガルド・ライカは空を見る。

 綺麗な空だった。
 日差しも温かく、眠気を誘われる。

 森に帰って眠ろうかと、ぼんやりしてきた頭で考えた。
 なんだか戦いなど、どうでもよくなってきたのだ。

 気持ちが良さそうに目を細める。
 意識が少しずつだが、眠気に捕らわれていった。
 もうここで寝てしまおうかとも考える。

 そしてゆっくりとだが地が見えてきた。
 綺麗に草生い茂り、寝るにはちょうどいい草原だ。

 寝よう。
 なんだか疲れた。

 ゆっくりと目蓋を落としていく。

 そんなガルド・ライカの視界の端に何かが映り込んだ。


 闇に落ちる刹那、最後の見たものは首のない己の身体と、横に立つ漆黒でいて光輝く人間の姿であった。
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