12 / 13
10.黒く滾る
しおりを挟む
「ごあああああああああああああ!!!」
ガルド・ライカは太い咆哮をあげながら突進してくる。
命は焦る気持ちを抑え、カリバンの動向を窺う。
攻撃魔法等で助力しようとも考えたが、自分のレベルは低く、何のきっかけで足を引っ張るかわからない。
初動はカリバンに任せる。
敵がさらに加速した瞬間、カリバンは頭上に剣を掲げ叫ぶ。
「剛纏!!!」
その瞬間、剣も赤色の蒸気を纏い始める。
「な!?剛纏だって!?」
命は驚いた。
なぜなら「剛纏」とは、先ほどカリバンが使用した剣技技能「剛力」の特異派生技能なのだ。
公式サイトでそういう派生技能があると情報だけは出ていたが、プレイヤーで取得している者は皆無という、取得条件・能力等不明の特異剣技技能である。
カリバンは一体何者なんだと命が考えたその時、目の前から彼は消えた。
「っ!?」
そのすぐ後に、この草原中に大きな衝突音が響く。
衝撃の波が命の身体を少しだが浮かせて後退させた。
何が起きたか分からず、ばっと前を向く。
そこにはガルド・ライカの角と剣を押しつけ合っているカリバンの姿があった。
どうやらあの一瞬で数十メートル以上の距離を詰め、突進を剣一本で抑えたらしい。
「なんて威力なんだよ……!」
カリバンの顔は真っ赤で血管が浮かび上がり、死力を尽くしているのが目に見えた。
赤い蒸気のようなものも[剛力]とは比べものにならないレベルで溢れだしている。
もしかすると長時間は使えない技能なのかもしれない。
あそこに飛び込んで助力することができない自分に腹が立ってくるが、ここで呆けている場合ではない。
「くそ!!俺に出来る事を!!」
そう言って命は右手のフウに大きく魔力を流し込む。
「イメージだ!身体を癒し続ける温かな光!」
言葉に出し、目を瞑り、魔法のカタチを鮮明に描く。
描くそれはリジェネレート、RPG御用達の常時展開回復魔法だ。
予想以上に魔力を消費するのだろう。
すぐに倦怠感が身体を包み出すが、ポーションを取り出し一気に飲み干す。
「くそっ!!こんなイメージじゃ足りない!!もっと、もっと高まれ!!!」
早くしなければ、今このときもカリバンは敵と殺し合っているのだ。
遠くから獣の叫び声のようなものや、金属がぶつかり合っているような音が聞こえる。
目を開けて状況を確認したくなるが、イメージが崩れたら一からの練り直しだ。
カリバンが無事であることを願い、迅速に鮮明に、自分の力を描き続ける。
「ぐっ……あぁ!!」
頭痛が激しくなってきたがそんなことは関係ない。
信じてくれている仲間がいるのだ。
ぶっ倒れても完成させてやると決めている。
イメージ・魔力共に今命の出来る最大限を注ぎ込んだ。
そして、叫ぶ——。
「彼の者に慈しみを!……リジェネレート!!!」
カリバンはギリギリだった。
最初から自分の秘技の一つ[剛纏]を使用しようするが、このガルド・ライカは今まで戦闘してきたどのライカ種よりも能力が卓抜していたのだ。
「くそっ……これはAランク討伐依頼並じゃねぇのかぁ……?」
適当にあしらって撃退する予定が狂わされる。
ぎりぎりと角と剣を押し合いながら、互いは睨み合っていた。
今はやや有利に力比べが出来ているが、それも時間の問題だろう。
[剛力]は魔力と持久を消費する技だが、この技能「剛纏」は体力を消費するのだ。
恐ろしい速度で体力を消費し続け、数分もすれば身体の穴という穴から血が溢れてくる。
全力でこの技能を発動させれば、能力値に二倍以上の恩恵を働かせることができ、相手を圧倒出来るであろうが、持って数秒だろう。
肉を切らせる諸刃の剣であった。
その数秒で撃退できる段階までに追い込むかと考えた、その時——、
「ごああああああ!!!」
「っ!!!」
ガルド・ライカは力比べでは埒が明かないと考えたのか、角を引っ込め後ろに下がる。
いきなり行動で、カリバンは少し体勢を前に崩してしまった。
そこへ敵は下から突き上げるように身体をぶつけてくる。
「ぐっ!!」
カリバンは相手の右肩に剣を横に当て、左手で刀身を抑える事により衝撃を抑えた。
しかし、ガルド・ライカの勢いは止まらずにそのままカリバンを宙高くへ放り出す。
足場が無くなったことにより上手く力を制御することが出来なくなってしまった。
「ぐ……!!だが、これならどうだぁあ!?」
カリバンは空中で剣を横に構える。
「剛纏・集結!!!」
身体の赤い蒸気が剣に向かって集まり出す。
カリバンの顔は血が抜かれたように白くなっていくが、その闘志は熱く燃え滾っていた。
そして一メートル少しだった直剣が、あっという間に三メートルはありそうな真っ赤な大剣へと姿を変える。
下から迎え撃とうとしていたガルド・ライカは危険を察知し、今居る場所から離れようとしたが……
「もう遅い!!」
カリバンは大剣を横一文になぎ払いながら叫ぶ。
「剛纏・飛翔おおおおおおおお!!!」
金属を激しく打ち合わせたような音と共に、剣に纏っていた赤い刃が三日月型となり放たれた。
高速で迫り、ガルド・ライカに避ける隙さえ与えない。
「ごぐあぁぁぁああああぁぁあああぁああ!!!」
大きなものを断ち切ったような音と、悲痛な獣の叫び声が草原中に響き渡った。
カリバンの技と敵の衝突により、辺り一帯には砂煙が舞っている。
「がはっ……!」
ガシャンという音と共にカリバンは地面に倒れるように着地した。
顔からはぽつぽつと血が垂れており、無理をしていることが見て取れる。
「あぁー、久々に無理したなぁ……。深傷ぐらい負わせられたかぁ……?」
疲労しきっている身体でゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。
「大分派手にやっちまったなぁ。全く見えねぇ……」
自分で作った砂煙で満たされた現状に愚痴を吐く。
これ以上の消費は危険だと判断し、[剛纏]を解除した。
強化を解除した事による倦怠感が身を包むが、鞭を打ち、物音に耳を立てながら、命の居る方向へと歩き出す。
「全身バキバキだなぁ。メイに回復しても貰わねぇと……てかあいつ何もしてくれなかったじゃねぇか。口だけだったのかぁ?」
そんなことを呟いていた矢先、後ろから何かが動き出す音が聞こえた。
そしてそれは、ゆっくりとカリバンに向かって歩みを進め始める。
「……はぁ。勘弁してくれねぇかねぇ」
振り返り、剣を構えた。
憂鬱そうな顔だが、その身に慢心は一つもない。
「弱っててくれよぉ?」
全力を出したのだ、弱っていることを願う。
砂煙も腫れてきて、ガルド・ライカの姿が露わになってきた。
敵は右腕を引きずっている。
深い斬撃の後があり、多くの血を流していた。
右目にも被斬したのだろう、縦に傷が残っていて閉じている。
「おかしいなぁ……。普通のライカ種だったらもう逃げ出してる状態なんだが——」
カリバンの言うとおりライカ種は危機に陥った場合、すぐに逃走の手段をとる。
だが、相手には危機察知能力があるようには見えず、その身から立ちこめるものは殺意のみだ。
「最近流行の変異種なのかねぇ……こっちも結構ぼろぼろなんだよ?ほら、逃げちゃいな?」
けだるそうに左手をしっしと動かすが、もちろん相手にその意志は伝わるはずがない。
「ぐるるるるる……」
血走った右目でカリバンを見据えるのみだ。
今にも襲いかかろうと姿勢を低くしている。
やれやれとカリバンが剣を構え、死闘の覚悟を決め[剛力]を発動しようとした時、後方から凛とした声が響いた。
「彼の者に慈しみを!リジェネレート!!!」
その瞬間、カリバンは光に包まれる。
「っ!?なんだこれは!?」
いきなりの事態に驚いてしまった。
ガルド・ライカも同じで、後退して様子を窺っている。
カリバンは一瞬振り返り、地に伏せながらも、必死に光る短剣のようなものをこちらに向けるメイを見つけた。
この身体を照らす、光のような魔法を発動してくれたらしい。
魔法にあまり縁のないカリバンには効果がわからないが、すぐに理解することになる。
「こ……これは!?」
漲るのだ。
身体に血が、活力が。
先ほどまでの蒼白だった顔に生気が戻り、傷口も塞がっていく。
それでも回復は止まらない。
普通の聖回復魔法は数秒で効果が途切れるが、この魔法は発動時間は長すぎる。
「常時回復し続ける聖魔法だと……!?そんなもの聖国の聖女が使うと噂されているぐらいだぞ!?」
カリバンの中でメイの存在がますます謎深くなっていくが、そんなことを考える時間が今はない。
思考する頭にリセットを掛けて、目の前で警戒しているガルド・ライカに向けて直剣を構えた。
[剛力]を使用しようと考えていたが、[剛纏]が使用出来る状態まで回復している。
「この魔法ってもしかしてだが——、俺の剛纏との相性が恐ろしいほどいいんじゃないのか……?」
常時体力を消費し続け、多大なステータス補正を授かる技[剛纏]、常時展開し体力を回復し続ける聖魔法[リジェネレート]、相性が悪いはずなど無い。
これ以上がないほどに、完璧といった組み合わせだ。
カリバンはニヤリと笑みを作る。
「久々に全開放といくか!!剛纏・百力!!!」
叫んだ瞬間、カリバンの顔に黒い模様が浮かび上がっていく。
その模様からは黒い蒸気が溢れ、身体からも同じように出ているということは、全身に模様が張り巡らされているのだろう。
吐く息も黒く、禍々しい出で立ちであり、先ほどとは違う異質な力の奔流を放っていた。
ガルド・ライカはあまりのカリバンの豹変、能力の向上に本能が叫ぶのか少し後退っている。
「前使ったときは数秒で死にかけたのに……今回は全く体力が消費されない。むしろ回復力の方が上回ってるぐらいだ。ここまでの魔法をメイが持っているとは……、もう笑うしかないな」
乾いた笑い声を出しながら、次にカリバンは自分の籠手を付けていない手のひらを見つめる。
「それにしてもなんだこの黒い模様、力の流れは。初めて見たぞ。まだ俺の知らない力が隠されているのか?」
カリバン自身もこの豹変に驚いているようだ。
「だがまぁ、メイの魔法もいつ解けるかわからねぇからなぁ。サクッと終わらせるかね」
そして一歩前に歩みを進める。
「なんだが、今の俺は負ける気がしないな。ありがとな、メイ!」
後ろを振り返らずそう言って、ゆっくりとガルド・ライカに向かい、また一つ歩みを進めた。
「ぐ……ぐるるる……」
カリバンの迫力に気圧されていて、ガルド・ライカ動けずにいた。
黒い奔流と光のベールを身に纏った、意味のわからない存在が一歩ずつ迫ってくるのだ。
そして体中から危険だと信号が鳴り響いている。
——勝てない。
だが、この獣は後退するということを知らない。
自分にここまでの恐怖を与えてくる存在が目の前にいてもだ。
今まではこんなことはなかった。
己は蹂躙者なのだ。
——屈辱。
そう、それは屈辱だった。
ぽつぽつとガルド・ライカの中に、屈辱からくる怒りの感情が溢れ出してくる。
怒りのせいか右腕、目の痛みも感じなくなってきた。
それはあっという間に身体中を満たし、憎悪となり、恐怖心を塗り潰していく。
奴を見れば見るほど怒りが、憎悪が溢れだし、いつの間にか恐怖は感じなくなっていた。
自分が最強だと証明するために、今度こそ奴の息の根を止めるために、ガルド・ライカは姿勢を低くし、戦闘形態をとる。
殺す。
殺す殺す殺す——。
あるのは先ほどと同じ圧倒的な殺意のみ。
「ごああああああああああああ!!!」
そしてガルド・ライカは、後ろ足で思い切り地を蹴り走り出す。
目指す先は奴の首元。
そこさえ噛み切ってしまえば自分の勝利なのだ。
だが、目の前の人間は一瞬にして消えてしまう。
「ごあああ!?」
何が起きたと思った刹那、ザンッと何かが切断されたかのような音が耳に届いた。
一瞬だが視界が暗転し、次に見えた光景は空。
なんと気付いたら自分は空を飛んでいたのだ。
だがどうしてだろうか、身体が羽が生えたように軽い。
周りを見渡そうと首を動かす。
しかし、自分の首は不思議なことに動かなかった。
仕方がないので動きに任せるまま、ガルド・ライカは空を見る。
綺麗な空だった。
日差しも温かく、眠気を誘われる。
森に帰って眠ろうかと、ぼんやりしてきた頭で考えた。
なんだか戦いなど、どうでもよくなってきたのだ。
気持ちが良さそうに目を細める。
意識が少しずつだが、眠気に捕らわれていった。
もうここで寝てしまおうかとも考える。
そしてゆっくりとだが地が見えてきた。
綺麗に草生い茂り、寝るにはちょうどいい草原だ。
寝よう。
なんだか疲れた。
ゆっくりと目蓋を落としていく。
そんなガルド・ライカの視界の端に何かが映り込んだ。
闇に落ちる刹那、最後の見たものは首のない己の身体と、横に立つ漆黒でいて光輝く人間の姿であった。
ガルド・ライカは太い咆哮をあげながら突進してくる。
命は焦る気持ちを抑え、カリバンの動向を窺う。
攻撃魔法等で助力しようとも考えたが、自分のレベルは低く、何のきっかけで足を引っ張るかわからない。
初動はカリバンに任せる。
敵がさらに加速した瞬間、カリバンは頭上に剣を掲げ叫ぶ。
「剛纏!!!」
その瞬間、剣も赤色の蒸気を纏い始める。
「な!?剛纏だって!?」
命は驚いた。
なぜなら「剛纏」とは、先ほどカリバンが使用した剣技技能「剛力」の特異派生技能なのだ。
公式サイトでそういう派生技能があると情報だけは出ていたが、プレイヤーで取得している者は皆無という、取得条件・能力等不明の特異剣技技能である。
カリバンは一体何者なんだと命が考えたその時、目の前から彼は消えた。
「っ!?」
そのすぐ後に、この草原中に大きな衝突音が響く。
衝撃の波が命の身体を少しだが浮かせて後退させた。
何が起きたか分からず、ばっと前を向く。
そこにはガルド・ライカの角と剣を押しつけ合っているカリバンの姿があった。
どうやらあの一瞬で数十メートル以上の距離を詰め、突進を剣一本で抑えたらしい。
「なんて威力なんだよ……!」
カリバンの顔は真っ赤で血管が浮かび上がり、死力を尽くしているのが目に見えた。
赤い蒸気のようなものも[剛力]とは比べものにならないレベルで溢れだしている。
もしかすると長時間は使えない技能なのかもしれない。
あそこに飛び込んで助力することができない自分に腹が立ってくるが、ここで呆けている場合ではない。
「くそ!!俺に出来る事を!!」
そう言って命は右手のフウに大きく魔力を流し込む。
「イメージだ!身体を癒し続ける温かな光!」
言葉に出し、目を瞑り、魔法のカタチを鮮明に描く。
描くそれはリジェネレート、RPG御用達の常時展開回復魔法だ。
予想以上に魔力を消費するのだろう。
すぐに倦怠感が身体を包み出すが、ポーションを取り出し一気に飲み干す。
「くそっ!!こんなイメージじゃ足りない!!もっと、もっと高まれ!!!」
早くしなければ、今このときもカリバンは敵と殺し合っているのだ。
遠くから獣の叫び声のようなものや、金属がぶつかり合っているような音が聞こえる。
目を開けて状況を確認したくなるが、イメージが崩れたら一からの練り直しだ。
カリバンが無事であることを願い、迅速に鮮明に、自分の力を描き続ける。
「ぐっ……あぁ!!」
頭痛が激しくなってきたがそんなことは関係ない。
信じてくれている仲間がいるのだ。
ぶっ倒れても完成させてやると決めている。
イメージ・魔力共に今命の出来る最大限を注ぎ込んだ。
そして、叫ぶ——。
「彼の者に慈しみを!……リジェネレート!!!」
カリバンはギリギリだった。
最初から自分の秘技の一つ[剛纏]を使用しようするが、このガルド・ライカは今まで戦闘してきたどのライカ種よりも能力が卓抜していたのだ。
「くそっ……これはAランク討伐依頼並じゃねぇのかぁ……?」
適当にあしらって撃退する予定が狂わされる。
ぎりぎりと角と剣を押し合いながら、互いは睨み合っていた。
今はやや有利に力比べが出来ているが、それも時間の問題だろう。
[剛力]は魔力と持久を消費する技だが、この技能「剛纏」は体力を消費するのだ。
恐ろしい速度で体力を消費し続け、数分もすれば身体の穴という穴から血が溢れてくる。
全力でこの技能を発動させれば、能力値に二倍以上の恩恵を働かせることができ、相手を圧倒出来るであろうが、持って数秒だろう。
肉を切らせる諸刃の剣であった。
その数秒で撃退できる段階までに追い込むかと考えた、その時——、
「ごああああああ!!!」
「っ!!!」
ガルド・ライカは力比べでは埒が明かないと考えたのか、角を引っ込め後ろに下がる。
いきなり行動で、カリバンは少し体勢を前に崩してしまった。
そこへ敵は下から突き上げるように身体をぶつけてくる。
「ぐっ!!」
カリバンは相手の右肩に剣を横に当て、左手で刀身を抑える事により衝撃を抑えた。
しかし、ガルド・ライカの勢いは止まらずにそのままカリバンを宙高くへ放り出す。
足場が無くなったことにより上手く力を制御することが出来なくなってしまった。
「ぐ……!!だが、これならどうだぁあ!?」
カリバンは空中で剣を横に構える。
「剛纏・集結!!!」
身体の赤い蒸気が剣に向かって集まり出す。
カリバンの顔は血が抜かれたように白くなっていくが、その闘志は熱く燃え滾っていた。
そして一メートル少しだった直剣が、あっという間に三メートルはありそうな真っ赤な大剣へと姿を変える。
下から迎え撃とうとしていたガルド・ライカは危険を察知し、今居る場所から離れようとしたが……
「もう遅い!!」
カリバンは大剣を横一文になぎ払いながら叫ぶ。
「剛纏・飛翔おおおおおおおお!!!」
金属を激しく打ち合わせたような音と共に、剣に纏っていた赤い刃が三日月型となり放たれた。
高速で迫り、ガルド・ライカに避ける隙さえ与えない。
「ごぐあぁぁぁああああぁぁあああぁああ!!!」
大きなものを断ち切ったような音と、悲痛な獣の叫び声が草原中に響き渡った。
カリバンの技と敵の衝突により、辺り一帯には砂煙が舞っている。
「がはっ……!」
ガシャンという音と共にカリバンは地面に倒れるように着地した。
顔からはぽつぽつと血が垂れており、無理をしていることが見て取れる。
「あぁー、久々に無理したなぁ……。深傷ぐらい負わせられたかぁ……?」
疲労しきっている身体でゆっくりと立ち上がり、周りを見渡す。
「大分派手にやっちまったなぁ。全く見えねぇ……」
自分で作った砂煙で満たされた現状に愚痴を吐く。
これ以上の消費は危険だと判断し、[剛纏]を解除した。
強化を解除した事による倦怠感が身を包むが、鞭を打ち、物音に耳を立てながら、命の居る方向へと歩き出す。
「全身バキバキだなぁ。メイに回復しても貰わねぇと……てかあいつ何もしてくれなかったじゃねぇか。口だけだったのかぁ?」
そんなことを呟いていた矢先、後ろから何かが動き出す音が聞こえた。
そしてそれは、ゆっくりとカリバンに向かって歩みを進め始める。
「……はぁ。勘弁してくれねぇかねぇ」
振り返り、剣を構えた。
憂鬱そうな顔だが、その身に慢心は一つもない。
「弱っててくれよぉ?」
全力を出したのだ、弱っていることを願う。
砂煙も腫れてきて、ガルド・ライカの姿が露わになってきた。
敵は右腕を引きずっている。
深い斬撃の後があり、多くの血を流していた。
右目にも被斬したのだろう、縦に傷が残っていて閉じている。
「おかしいなぁ……。普通のライカ種だったらもう逃げ出してる状態なんだが——」
カリバンの言うとおりライカ種は危機に陥った場合、すぐに逃走の手段をとる。
だが、相手には危機察知能力があるようには見えず、その身から立ちこめるものは殺意のみだ。
「最近流行の変異種なのかねぇ……こっちも結構ぼろぼろなんだよ?ほら、逃げちゃいな?」
けだるそうに左手をしっしと動かすが、もちろん相手にその意志は伝わるはずがない。
「ぐるるるるる……」
血走った右目でカリバンを見据えるのみだ。
今にも襲いかかろうと姿勢を低くしている。
やれやれとカリバンが剣を構え、死闘の覚悟を決め[剛力]を発動しようとした時、後方から凛とした声が響いた。
「彼の者に慈しみを!リジェネレート!!!」
その瞬間、カリバンは光に包まれる。
「っ!?なんだこれは!?」
いきなりの事態に驚いてしまった。
ガルド・ライカも同じで、後退して様子を窺っている。
カリバンは一瞬振り返り、地に伏せながらも、必死に光る短剣のようなものをこちらに向けるメイを見つけた。
この身体を照らす、光のような魔法を発動してくれたらしい。
魔法にあまり縁のないカリバンには効果がわからないが、すぐに理解することになる。
「こ……これは!?」
漲るのだ。
身体に血が、活力が。
先ほどまでの蒼白だった顔に生気が戻り、傷口も塞がっていく。
それでも回復は止まらない。
普通の聖回復魔法は数秒で効果が途切れるが、この魔法は発動時間は長すぎる。
「常時回復し続ける聖魔法だと……!?そんなもの聖国の聖女が使うと噂されているぐらいだぞ!?」
カリバンの中でメイの存在がますます謎深くなっていくが、そんなことを考える時間が今はない。
思考する頭にリセットを掛けて、目の前で警戒しているガルド・ライカに向けて直剣を構えた。
[剛力]を使用しようと考えていたが、[剛纏]が使用出来る状態まで回復している。
「この魔法ってもしかしてだが——、俺の剛纏との相性が恐ろしいほどいいんじゃないのか……?」
常時体力を消費し続け、多大なステータス補正を授かる技[剛纏]、常時展開し体力を回復し続ける聖魔法[リジェネレート]、相性が悪いはずなど無い。
これ以上がないほどに、完璧といった組み合わせだ。
カリバンはニヤリと笑みを作る。
「久々に全開放といくか!!剛纏・百力!!!」
叫んだ瞬間、カリバンの顔に黒い模様が浮かび上がっていく。
その模様からは黒い蒸気が溢れ、身体からも同じように出ているということは、全身に模様が張り巡らされているのだろう。
吐く息も黒く、禍々しい出で立ちであり、先ほどとは違う異質な力の奔流を放っていた。
ガルド・ライカはあまりのカリバンの豹変、能力の向上に本能が叫ぶのか少し後退っている。
「前使ったときは数秒で死にかけたのに……今回は全く体力が消費されない。むしろ回復力の方が上回ってるぐらいだ。ここまでの魔法をメイが持っているとは……、もう笑うしかないな」
乾いた笑い声を出しながら、次にカリバンは自分の籠手を付けていない手のひらを見つめる。
「それにしてもなんだこの黒い模様、力の流れは。初めて見たぞ。まだ俺の知らない力が隠されているのか?」
カリバン自身もこの豹変に驚いているようだ。
「だがまぁ、メイの魔法もいつ解けるかわからねぇからなぁ。サクッと終わらせるかね」
そして一歩前に歩みを進める。
「なんだが、今の俺は負ける気がしないな。ありがとな、メイ!」
後ろを振り返らずそう言って、ゆっくりとガルド・ライカに向かい、また一つ歩みを進めた。
「ぐ……ぐるるる……」
カリバンの迫力に気圧されていて、ガルド・ライカ動けずにいた。
黒い奔流と光のベールを身に纏った、意味のわからない存在が一歩ずつ迫ってくるのだ。
そして体中から危険だと信号が鳴り響いている。
——勝てない。
だが、この獣は後退するということを知らない。
自分にここまでの恐怖を与えてくる存在が目の前にいてもだ。
今まではこんなことはなかった。
己は蹂躙者なのだ。
——屈辱。
そう、それは屈辱だった。
ぽつぽつとガルド・ライカの中に、屈辱からくる怒りの感情が溢れ出してくる。
怒りのせいか右腕、目の痛みも感じなくなってきた。
それはあっという間に身体中を満たし、憎悪となり、恐怖心を塗り潰していく。
奴を見れば見るほど怒りが、憎悪が溢れだし、いつの間にか恐怖は感じなくなっていた。
自分が最強だと証明するために、今度こそ奴の息の根を止めるために、ガルド・ライカは姿勢を低くし、戦闘形態をとる。
殺す。
殺す殺す殺す——。
あるのは先ほどと同じ圧倒的な殺意のみ。
「ごああああああああああああ!!!」
そしてガルド・ライカは、後ろ足で思い切り地を蹴り走り出す。
目指す先は奴の首元。
そこさえ噛み切ってしまえば自分の勝利なのだ。
だが、目の前の人間は一瞬にして消えてしまう。
「ごあああ!?」
何が起きたと思った刹那、ザンッと何かが切断されたかのような音が耳に届いた。
一瞬だが視界が暗転し、次に見えた光景は空。
なんと気付いたら自分は空を飛んでいたのだ。
だがどうしてだろうか、身体が羽が生えたように軽い。
周りを見渡そうと首を動かす。
しかし、自分の首は不思議なことに動かなかった。
仕方がないので動きに任せるまま、ガルド・ライカは空を見る。
綺麗な空だった。
日差しも温かく、眠気を誘われる。
森に帰って眠ろうかと、ぼんやりしてきた頭で考えた。
なんだか戦いなど、どうでもよくなってきたのだ。
気持ちが良さそうに目を細める。
意識が少しずつだが、眠気に捕らわれていった。
もうここで寝てしまおうかとも考える。
そしてゆっくりとだが地が見えてきた。
綺麗に草生い茂り、寝るにはちょうどいい草原だ。
寝よう。
なんだか疲れた。
ゆっくりと目蓋を落としていく。
そんなガルド・ライカの視界の端に何かが映り込んだ。
闇に落ちる刹那、最後の見たものは首のない己の身体と、横に立つ漆黒でいて光輝く人間の姿であった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男女比崩壊世界で逆ハーレムを
クロウ
ファンタジー
いつからか女性が中々生まれなくなり、人口は徐々に減少する。
国は女児が生まれたら報告するようにと各地に知らせを出しているが、自身の配偶者にするためにと出生を報告しない事例も少なくない。
女性の誘拐、売買、監禁は厳しく取り締まられている。
地下に監禁されていた主人公を救ったのはフロムナード王国の最精鋭部隊と呼ばれる黒龍騎士団。
線の細い男、つまり細マッチョが好まれる世界で彼らのような日々身体を鍛えてムキムキな人はモテない。
しかし転生者たる主人公にはその好みには当てはまらないようで・・・・
更新再開。頑張って更新します。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悪役令嬢の私は死にました
つくも茄子
ファンタジー
公爵家の娘である私は死にました。
何故か休学中で婚約者が浮気をし、「真実の愛」と宣い、浮気相手の男爵令嬢を私が虐めたと馬鹿げた事の言い放ち、学園祭の真っ最中に婚約破棄を発表したそうです。残念ながら私はその時、ちょうど息を引き取ったのですけれど……。その後の展開?さぁ、亡くなった私は知りません。
世間では悲劇の令嬢として死んだ公爵令嬢は「大聖女フラン」として数百年を生きる。
長生きの先輩、ゴールド枢機卿との出会い。
公爵令嬢だった頃の友人との再会。
いつの間にか家族は国を立ち上げ、公爵一家から国王一家へ。
可愛い姪っ子が私の二の舞になった挙句に同じように聖女の道を歩み始めるし、姪っ子は王女なのに聖女でいいの?と思っていたら次々と厄介事が……。
海千山千の枢機卿団に勇者召喚。
第二の人生も波瀾万丈に包まれていた。
続・赤い流れ星
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
「赤い流れ星」の続編です。
ぜひ、「赤い流れ星」からお読みください。
シュウの世界に旅立ったひかり…
そして、現実の世界でひかりのことを案ずる和彦は、ある人物に望みを託した。
※表紙は緋夜様に描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる