沈みゆく恋 ~ 触れ合えば逃げていく者へ ~

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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束縛

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◆束縛

「ずっと一緒にいたい、そう思うようになりました」
 吉原さんに言った言葉は本当だ。
 三崎涼子と過ごす時間をもっと持ちたい。そう思ってようになった。その思いは日を重ねるにつれ膨らんていった。
 彼女とは、講義を一緒に受けたりするのはもちろんのこと、空いた時間に図書館で席を並べて勉強したり。学食や喫茶店にも行ったりして行動を共にしている。
 誰がどう見てもつき合っているようにしか見えない。
 男子学生の羨望の眼差しの中、僕たちは並んで歩いた。

 それでも、もっと三崎涼子と一緒にいたい。ずっといたい。
 もう充分に会っているにも関わらず、そんな願望が頭をもたげてくるのを感じていた。
「私たち、よく一緒にいるようになったわね」
 三崎さんはそう言って、「めぐみより、北原くんといる方が長いわ」と嬉しいのか、迷惑なのかどちらとも言えない口調で言った。
 その日は、いつもの安い学食ではなく、少しグレードアップした生協のレストランで食事をしていた。
 レストランと言っても町中のものよりは数段安い。いつもの学食のランチに飽きた人や、仲間同士の会話を楽しむ人が来る場所だ。もちろん、カップルも多い。

 食後のコーヒーを飲みながら僕は、
「もっと三崎さんと話がしたい」と言った。
 すると、三崎さんは飲みかけの珈琲をテーブルに置いて、
「その気持ちは嬉しいけれど・・」三崎さんは小さく言って、一呼吸つくと、
「私、束縛されるのは嫌いなの」
「えっ・・」
 束縛・・そんなことをしているつもりはない。
 ただ一緒にいたいだけだ。つまりはそれが束縛ということなのか。
 確かに僕たちは、つき合ってる状態ではない。「友だちになってください」と言ったわけでもない。ただ流れるように時間を共に過ごしているだけだ。

 彼女は誰にも束縛されずに自由でいたい。そういうことなのか。
 そして、僕はその言葉をこう解釈した。
 三崎涼子は、僕という男だけに拘束されたくない。もっと他の男性とも話をしてみたい。
 そう思っているのだろうか?
 もしそうなら、この時間は少なくなり、やがては消えてしまう。
 そう思うと、僕の中に「焦り」が生じた。
 僕が言葉を失くしていると、彼女はこう言ったのだ。
「ねえ、北原くん、本当に私と、もっといたい?」
 三崎さんは、僕の顔を覗き込むように言った。まるで小悪魔の少女のような言い方だった。
 僕は「うん」と強く頷いた。それは本心だ。
 すると三崎さんは何かを思いついたように、
「それなら・・」と切り出した。
 その時の三崎さんの顔は、「それなら、いい方法があるわよ」そんな表情だった。

 三崎さんは、家庭教師のアルバイトをしている。
 相手の家の場所は、大学よりも山手にあった。だが彼女の家は、ずっと南。
 つまり、三崎さんは、家庭教師の仕事が終わると、家まで徒歩30分ほどの道を歩いて帰るわけだ。行きは問題ないが、帰りは暗いし、道程が長い。
 それも夜遅い時間だ。途中には物騒な場所も何か所かある。

「お、送るよ・・」
 いや、「是非、送らせて下さい」なのかもしれない。
 三崎さんは「嬉しいわ」と笑顔を浮かべ、
「私、ずっと怖かったのよ。途中には暗い道もあるし・・」と言った。
 誰かに送って欲しかった。けれど、そんな人はいなかった、という風に彼女は言ったが、
 僕にはこんな風に聞こえた。
「私を送れば、長い時間、私の傍にいることができるわよ」

 その日から、僕の生活に、三崎涼子を家まで送るという日課が加わった。
 一週間の内、火曜と金曜日の夜。
 僕は夕飯を終えるといそいそと家を出ていく。
 母には、怪しまれぬよう、夜間の部活動が加わったと、こじつけのような嘘をついた。
「これから、火曜と金曜日は夜、部活動で出ていくから」
 そんな部活があるはずもない。嘘で心が痛むが、他に言い訳が思いつかなかった。
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