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学生会館ラウンジ①
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◆学生会館ラウンジ
文芸部の部室は、学生会館の二階に位置する。
そして、真下の一階には、自販機が並べられたラウンジがある。ラウンジと言っても、わざわざ喫茶店に行って金を使うことをしない連中が時間を潰す場所だ。
いくつかの椅子が丸テーブルを囲み、窓際には安っぽい応接セットのようなものが並べられているだけだ。
ラウンジには僕らの他に似たような集団があった。何も語らずだらっと座っているだけの学生たち。何やら小難しい議論をしている人たち。カップルもちらほらといる。
佐伯先輩の奢りの缶コーヒーをそれぞれ手にして、丸テーブルで佐伯さんを囲むように座ると、他愛もない雑談が始まった。
そして、しばらくすると、
「ええっ、みんな、彼女がいないのぉ? びっくり」
そんな佐伯先輩の素っ頓狂な声がラウンジに響き渡った事の流れはこうだった。
まず佐伯先輩が、
「ところで、私、みんなに訊きたいことがあったのよ」と切り出した。
「何ですか?」伊藤が言った。
「みんなは入部したばっかりだから、私、みんなのこと、あんまり知らないのよねえ」
それはその通りだ。僕たちは入部してから、時間が経っていない、まだ5月の長期の休みが過ぎたばかりだ。
つまり、佐伯先輩の興味本位から、僕たち一回生の男子に彼女がいるかどうかの質問をしたわけだ。
その結果、伊藤を除き、僕と小山と中垣は彼女がいない組に認定された次第だ。
佐伯先輩は、「みんなは、彼女なしで学生生活を送っていて楽しいの?」と言ったり、「じゃあ、ゴールデンウィークとか、みんなどうして過ごしてたの?」と追い詰めるように訊いた。
悪気はないのだろうが、そんなことを言われてもどうしようもない。
それに、まだ入学して、一か月足らずだ。彼女を作るなんてこと考えてもいなかった。
伊藤が「あのお、僕は彼女、いますが・・」と手を上げたが、佐伯先輩の関心は、彼女のいない組に向けられている。だが、当の小山と中垣は全く気にしていない様子だ。
小山は、男女交際よりも漱石を読んでいる方が幸せそうだし、中垣も同じように海外文学の分厚い本を読んでいれば満足のようだ。
いや、それ以前に二人の服装を見ても、とても女性を意識しているとは思えない。僕も人のことをとやかく言うような格好はしていないが。
「北原くんは男子校だったのよね?」佐伯先輩が僕を見て言った。
僕は、「はい」と答え、質問の先回りをして、「だから、出会いのチャンスなんてありませんでした」と言った。
すると、佐伯先輩は「北原くんは男子校だから、仕方ないとして、小山くんと中垣くんは、共学だったのよねえ」と言った。
中垣が、その言葉にカチンと来たのか、
「佐伯先輩。男女共学の男が、みんな彼女がいるっていうのは、偏見ですよ」と声を上げた。
佐伯先輩にしたら、可愛い後輩と親しくなりたい一心でからかっているのだろうが、根が真面目な小山と中垣には、佐伯先輩の冗談が通じないみたいだ。
佐伯先輩は「気に障ったら、ごめんねえ」と言って、
「私自身が女子高だったから、その辺、あまり分かんないのよねえ」と苦笑した。
「そういう佐伯先輩は彼氏とかいるんですか?」小山が訊ねると、
横の伊藤が「おいっ」と小山の脇腹を小突いた。
その理由・・佐伯先輩は噂では、同じ文芸部の四回生の先輩に振られたようだ。つき合っていて振られたのか、それとも未だ交際に至っていなかったのか、それは分からない。
伊藤に戒められていた小山を見て佐伯先輩は、
「別に気にしなくていいのよ。落ち込んでいた時期はとっくに過ぎちゃったから」と笑った。
そう言われても小山は気にしているのか、「すみません」と謝った。
佐伯先輩は雰囲気が悪くなったのを気にしてか、「話を変えよっか?」と小さく言った。
佐伯先輩が他の話題に移った後、小山が、僕をチラチラと見ているのが分かった。
薄気味悪い奴だな、と思っていると、
「北原くん。女の子、紹介しようか?」
小山が唐突に言った。その言い方は淡々としていて、「このお菓子、食べる?」と同じような口調だった。
「えっ?」
小山が言ったのと同時に、佐伯先輩が冗談を言い、それに反応した伊藤と中垣が大きく笑ったので、小山の言葉は皆には聞こえてはいなかったみたいだ。
この時点で、この丸テーブルは、佐伯先輩と中垣と伊藤の輪と、小山と僕の二人の世界に分断された。
僕が小山の顔を見ていると、
「北原くんは男子校だったんだろう?」小山はそう言って、
「僕は高校も男女共学だったし、大学も文学部だから、女の子の知り合いが多いんだよ」と言った。
小山は文学部の英米文学科だ。つまり女の子だらけなわけだ。だから、人の良い小山は同じ語学のクラスの女の子たちに「男子の知り合いが多いから、紹介するよ」と言っているらしい。
その「男子の知り合い」の一人が僕というわけだ。
文芸部の部室は、学生会館の二階に位置する。
そして、真下の一階には、自販機が並べられたラウンジがある。ラウンジと言っても、わざわざ喫茶店に行って金を使うことをしない連中が時間を潰す場所だ。
いくつかの椅子が丸テーブルを囲み、窓際には安っぽい応接セットのようなものが並べられているだけだ。
ラウンジには僕らの他に似たような集団があった。何も語らずだらっと座っているだけの学生たち。何やら小難しい議論をしている人たち。カップルもちらほらといる。
佐伯先輩の奢りの缶コーヒーをそれぞれ手にして、丸テーブルで佐伯さんを囲むように座ると、他愛もない雑談が始まった。
そして、しばらくすると、
「ええっ、みんな、彼女がいないのぉ? びっくり」
そんな佐伯先輩の素っ頓狂な声がラウンジに響き渡った事の流れはこうだった。
まず佐伯先輩が、
「ところで、私、みんなに訊きたいことがあったのよ」と切り出した。
「何ですか?」伊藤が言った。
「みんなは入部したばっかりだから、私、みんなのこと、あんまり知らないのよねえ」
それはその通りだ。僕たちは入部してから、時間が経っていない、まだ5月の長期の休みが過ぎたばかりだ。
つまり、佐伯先輩の興味本位から、僕たち一回生の男子に彼女がいるかどうかの質問をしたわけだ。
その結果、伊藤を除き、僕と小山と中垣は彼女がいない組に認定された次第だ。
佐伯先輩は、「みんなは、彼女なしで学生生活を送っていて楽しいの?」と言ったり、「じゃあ、ゴールデンウィークとか、みんなどうして過ごしてたの?」と追い詰めるように訊いた。
悪気はないのだろうが、そんなことを言われてもどうしようもない。
それに、まだ入学して、一か月足らずだ。彼女を作るなんてこと考えてもいなかった。
伊藤が「あのお、僕は彼女、いますが・・」と手を上げたが、佐伯先輩の関心は、彼女のいない組に向けられている。だが、当の小山と中垣は全く気にしていない様子だ。
小山は、男女交際よりも漱石を読んでいる方が幸せそうだし、中垣も同じように海外文学の分厚い本を読んでいれば満足のようだ。
いや、それ以前に二人の服装を見ても、とても女性を意識しているとは思えない。僕も人のことをとやかく言うような格好はしていないが。
「北原くんは男子校だったのよね?」佐伯先輩が僕を見て言った。
僕は、「はい」と答え、質問の先回りをして、「だから、出会いのチャンスなんてありませんでした」と言った。
すると、佐伯先輩は「北原くんは男子校だから、仕方ないとして、小山くんと中垣くんは、共学だったのよねえ」と言った。
中垣が、その言葉にカチンと来たのか、
「佐伯先輩。男女共学の男が、みんな彼女がいるっていうのは、偏見ですよ」と声を上げた。
佐伯先輩にしたら、可愛い後輩と親しくなりたい一心でからかっているのだろうが、根が真面目な小山と中垣には、佐伯先輩の冗談が通じないみたいだ。
佐伯先輩は「気に障ったら、ごめんねえ」と言って、
「私自身が女子高だったから、その辺、あまり分かんないのよねえ」と苦笑した。
「そういう佐伯先輩は彼氏とかいるんですか?」小山が訊ねると、
横の伊藤が「おいっ」と小山の脇腹を小突いた。
その理由・・佐伯先輩は噂では、同じ文芸部の四回生の先輩に振られたようだ。つき合っていて振られたのか、それとも未だ交際に至っていなかったのか、それは分からない。
伊藤に戒められていた小山を見て佐伯先輩は、
「別に気にしなくていいのよ。落ち込んでいた時期はとっくに過ぎちゃったから」と笑った。
そう言われても小山は気にしているのか、「すみません」と謝った。
佐伯先輩は雰囲気が悪くなったのを気にしてか、「話を変えよっか?」と小さく言った。
佐伯先輩が他の話題に移った後、小山が、僕をチラチラと見ているのが分かった。
薄気味悪い奴だな、と思っていると、
「北原くん。女の子、紹介しようか?」
小山が唐突に言った。その言い方は淡々としていて、「このお菓子、食べる?」と同じような口調だった。
「えっ?」
小山が言ったのと同時に、佐伯先輩が冗談を言い、それに反応した伊藤と中垣が大きく笑ったので、小山の言葉は皆には聞こえてはいなかったみたいだ。
この時点で、この丸テーブルは、佐伯先輩と中垣と伊藤の輪と、小山と僕の二人の世界に分断された。
僕が小山の顔を見ていると、
「北原くんは男子校だったんだろう?」小山はそう言って、
「僕は高校も男女共学だったし、大学も文学部だから、女の子の知り合いが多いんだよ」と言った。
小山は文学部の英米文学科だ。つまり女の子だらけなわけだ。だから、人の良い小山は同じ語学のクラスの女の子たちに「男子の知り合いが多いから、紹介するよ」と言っているらしい。
その「男子の知り合い」の一人が僕というわけだ。
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