血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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幼馴染の記憶①

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◆幼馴染の記憶

 スニーカーで土を踏みしだく音がして、松村が現れた。
「松村・・」
 松村は僕の呼びかけには応えず、
「おい、奈々、まさか、屑木とキスしたのか?」そう佐々木に訊いた。
訊かれた佐々木は、
「私、無理矢理にキスするなんて、できないですよぉ」と言った。
 その言葉の意味は、僕が嫌がることはしない。そういうことなのか? 佐々木にはまだそんな感情が残っているのか?
「奈々らしいな」松村は笑った。
 そんなことより、
「どうして、松村がここにいるんだ?」
 僕が訊ねると松村はにやりと笑って、
「どうしてって・・ここ、この公園は俺たちの思い出の場所じゃないか」
 公園をぐるりと眺めながら言った。「懐かしいよなあ。この公園」
「え・・」
 言葉が返せない。
「おいおい、屑木、忘れたのかよ」
 松村が言うと佐々木まで、
「さっき、私も言ったじゃないですか。それなのに、屑木くん、忘れているみたいですよ」と言った。
 そう、吸血鬼化して、記憶があやふやになっている佐々木のせいではなかった。
 記憶が曖昧なのは僕の方だった。
 すると、松村はこう言った。
「忘れてるんじゃなくて、忘れたいんだろう? なあ、屑木よ」

 僕は松村と佐々木のいうことを黙って聞いていた。
「俺たちは、三人で、この公園で遊んでいた幼馴染じゃないか」
 幼馴染は、松村と佐々木の二人・・そのはずだった。
「屑木、だから、あの屋敷に行くときは、お前を誘っただろう。俺と奈々、そして、屑木。この三人で行こうと。ところがお前は断ったけどな。水臭いって思ったぜ」
 幼馴染は・・ここにいる三人だった。松村と佐々木、そして、僕の三人だ。
 佐々木が松村を制するように、
「松村くん。あんまり屑木くんを苛めちゃ可哀相ですよ。松村くんは、ほんと、昔っからそうでしたからねえ。よく屑木くんに乱暴してましたから」と言った。
 松村は、昔、僕をいじめていた。
「あれは、仲良し喧嘩みたいなもんだろ」

 笑いながら言い訳をする松村を見て佐々木が、
「私、吸血鬼になってしまってから、色々と思い出したんですよ」と言った。
「学校の成績は落ちましたけどねえ。でも、過去のこと、小学校の頃のことは、まるで昨日のように情景が浮かんでくるんですよ」
「ああ、それ、俺も同じだよ」松村は佐々木に同調した。
「俺が屑木を苛め、いや、からかっていると・・」松村がそう言いかけると、
「屑木くんをイジメめると・・」
 そう言って佐々木が意味ありげに微笑んだ。
「ああ、いつも、あの人が現れたんだよなあ」
「そうですよぉ。いつも、現れるんですよね。まるで、屑木くんを陰から見守っていたように」
 
 その人を、僕は知っている。その人の名は・・
「あの人・・景子さんは、屑木くんのお姉さんですよね」
 佐々木はそう言った。
 僕は、言葉を失った・・

「惚けたって無駄ですよ。ちゃあんと、松村くんも憶えていましたから」
 松村は、
「ああ、景子さん。いつも、みんなが仲良く遊ぶように言って、自分も自然と加わっていたよな」
 そう、幼馴染の三人と景子さんは、この公園でよく遊んだ。
「だって、景子さんは、屑木くんのお姉さんですものね」
「それ以上、言うな!」
 自然と声が出ていた。

 どこからともなく聞こえてくる声。
 ・・醜く歪んだ心。それはお前だ。
 その声は僕自身の声だった。

 そう、僕は知っていた。
 景子さんが、僕の腹違いの姉であることを。
 知っていたのに、僕は知らないふりをしていた。
 景子さんはそんな僕に対して、何も言わなかった。
 だが、僕が、知らないふりをするのには、理由があった。
 その理由・・

「屑木くんは、景子さんが、大好きでしたからねえ」佐々木が言った。
 佐々木の言う通りだ。反論もできない。
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