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佐々木奈々の記憶①
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◆佐々木奈々の記憶
母や、隣の家のことを考えると、景子さんに無性に会いたくなる。
景子さんは、隣の家に住んでいるが、同じクラスの誰よりも遠い位置にいるような気がする女性だ。
でも、景子さんに会って、何を話せばいい?
この前、景子さんは、ファミレスで、あの幽霊屋敷で遭遇した大学生と同席していた。
二人が、どんな関係か、分からないが、「あいつに近づくな」と言いたかった。「あいつは、吸血鬼なんだ!」と。
そんなことを訊く機会もない。隣の家の呼び鈴を押すのもためらわれる。
景子さんは、「何かあった時、公園に来なさい」と言っていた。
箱ブランコのある公園だ。あそこに座っていれば、景子さんの目に留まるのだろうか?
景子さん・・
景子さんを思うと、何故か、あの時の言葉に行き着く。
それは、あの平屋の廃屋で聞こえてきた声だ。
「醜いのは、お前の心だ!」
なぜだ?
あの日以来、僕は心の中を誰かに見透かされているような気がしてならない。
「私たちは、醜い心をこの世界から排除する」
あの声が誰だったのかは、全くわからない。わからないが、あの声は確かに僕に向かって、こう言った。
「醜く歪んだ心の持ち主・・それは、お前だ」
その言葉を忘れようとしても、何かの拍子に浮かび上がってくる。
僕の心は歪んでいるのか・・
それは、僕の中に潜むものかもしれない。
だが、今の僕は、そのことよりも急を要していることがある。
それは、佐々木奈々と松村のことだ。
二人の体内に入っている「あれ」は、姉の伊澄レミの体が完成すれば、不要になるはずだ。だから、体育の大崎のように、体から勝手に出ていく。
僕は、そんな推論を神城と君島さんに説明した。
僕の推論に、神城は、
「だといいけど・・それで、奈々が元の体に戻るのなら」と言った。
だが、君島さんは、
「・・何か、引っ掛かるのよね」と僕の推論に疑問を呈していた。
だが、今は、自分の立てた推測を信じるしかない。
伊澄レミの体が、いつ完成するのかは、分からない。まだまだ誰かの血を欲するのかもしれないし、もう完成間近なのかもしれない。
伊澄瑠璃子は、姉のレミの体を復活させれば、これ以上の吸血鬼を増やしていく必要がなくなる。つまり、「あれ」は、不要になるのだ。
この町にいる「あれ」はいなくなる。
僕は、そんな風に軽く考え始めていた。
事態の深刻さに反比例して、物事を楽観的に捉えようとしていた。たぶん、疲れていたのかもしれない、体もそうだが、心も疲弊していた。
リビングに降りていくと、父が仕事から帰ってきたところだった。
疲れた体を休めようとする父に、母が何やら話しかけている。
「ねえ、あなた。和也が変なことを言うのよ」
変な事というのは、僕が言った吸血鬼の話だろう。
「変なことって?」父がだるそうに返す。仕事で、疲れているのだろう。
「和也が言うには、この町に、吸血鬼が巣食っているんですって」
おそらく父も信じないだろう。
父はしばらく考えた後、
「吸血鬼のことか、どうかは知らないが、この近くで、変死した人がいたらしいぞ。しかも数人もだ」と言った。
あの自転車事故の時のことだろうか。平屋集落の老人たちのことは伝わっていないのだろうか?
「それ、いつのこと?」と母が訊いた。
「つい最近のことだ」
「あなた、そんな事件のこと、私にしてなかったわよね。新聞にも載っていなかったし。私、知らないわ」
父は暫く沈思した後、
「おまえに、そんな話をすれば、また隣の奥さんや、景子ちゃんのせいにするじゃないか!」と語気を荒げて言った。
「あなた、それ、どういうこと?」
また両親のいさかいが始まる。
僕は間に割り込むように、「お父さんの言っている変死した人達のことって、新聞とかに載っていたの?」と訊いた。
「いや、新聞には、載っていなかったんじゃないかな。これは、知人から聞いた話だ」
その父の返事が拙かった。
母が、目くじらを立てたように、
「知人って、あの女でしょう! あなた、まだあの女に会っているのっ? あの小山蘭子に!」
母には、何を言っても、隣の奥さんの話に結びつけてしまう。
以前は、こんなことなかった。
どんどん母の様子が酷くなってきている気がする。記憶を遡れば、伊澄瑠璃子がこの町に戻ってきてからのような気がする。
それまでは、母は隣の家のことを悪くは言っても、これほどひどくはなかった。
今は何が起こっても、母は隣の家族のせいにする。
こんな展開になるのだったら、父や母に話すのではなかった。そう思った。
僕は、父母の声が大きくなるにつれ、家の中に居たたまれなくなり、外に出た。
特にどこへ行くという当てもなしに、ぶらぶらと歩き始めた。箱ブランコのある公園に行こうとも思ったが、公園に行っても景子さんに会える保証もない。
仕方なしに学校の近くの町まで歩いた。スーパーがあり、本屋や、電気屋が並んでいる。同世代の子たちもチラホラといる。
そんな時だった。佐々木奈々の姿が通りの向こう岸に見えた。
「屑木くん!」
そう言って手を振っている。いつもの佐々木奈々に見える。とても体内に「あれ」が入っている女の子には見えない。
信号が変わり、佐々木が向かってきた。
佐々木には、「あれ」の話をしたかったが、その反面、会いたくないという側面もあった。
佐々木奈々の変貌が怖かったのだ。佐々木の体の変化を見たくなかった。
だが、佐々木奈々は既に目の前にいた。動きが速い・・
母や、隣の家のことを考えると、景子さんに無性に会いたくなる。
景子さんは、隣の家に住んでいるが、同じクラスの誰よりも遠い位置にいるような気がする女性だ。
でも、景子さんに会って、何を話せばいい?
この前、景子さんは、ファミレスで、あの幽霊屋敷で遭遇した大学生と同席していた。
二人が、どんな関係か、分からないが、「あいつに近づくな」と言いたかった。「あいつは、吸血鬼なんだ!」と。
そんなことを訊く機会もない。隣の家の呼び鈴を押すのもためらわれる。
景子さんは、「何かあった時、公園に来なさい」と言っていた。
箱ブランコのある公園だ。あそこに座っていれば、景子さんの目に留まるのだろうか?
景子さん・・
景子さんを思うと、何故か、あの時の言葉に行き着く。
それは、あの平屋の廃屋で聞こえてきた声だ。
「醜いのは、お前の心だ!」
なぜだ?
あの日以来、僕は心の中を誰かに見透かされているような気がしてならない。
「私たちは、醜い心をこの世界から排除する」
あの声が誰だったのかは、全くわからない。わからないが、あの声は確かに僕に向かって、こう言った。
「醜く歪んだ心の持ち主・・それは、お前だ」
その言葉を忘れようとしても、何かの拍子に浮かび上がってくる。
僕の心は歪んでいるのか・・
それは、僕の中に潜むものかもしれない。
だが、今の僕は、そのことよりも急を要していることがある。
それは、佐々木奈々と松村のことだ。
二人の体内に入っている「あれ」は、姉の伊澄レミの体が完成すれば、不要になるはずだ。だから、体育の大崎のように、体から勝手に出ていく。
僕は、そんな推論を神城と君島さんに説明した。
僕の推論に、神城は、
「だといいけど・・それで、奈々が元の体に戻るのなら」と言った。
だが、君島さんは、
「・・何か、引っ掛かるのよね」と僕の推論に疑問を呈していた。
だが、今は、自分の立てた推測を信じるしかない。
伊澄レミの体が、いつ完成するのかは、分からない。まだまだ誰かの血を欲するのかもしれないし、もう完成間近なのかもしれない。
伊澄瑠璃子は、姉のレミの体を復活させれば、これ以上の吸血鬼を増やしていく必要がなくなる。つまり、「あれ」は、不要になるのだ。
この町にいる「あれ」はいなくなる。
僕は、そんな風に軽く考え始めていた。
事態の深刻さに反比例して、物事を楽観的に捉えようとしていた。たぶん、疲れていたのかもしれない、体もそうだが、心も疲弊していた。
リビングに降りていくと、父が仕事から帰ってきたところだった。
疲れた体を休めようとする父に、母が何やら話しかけている。
「ねえ、あなた。和也が変なことを言うのよ」
変な事というのは、僕が言った吸血鬼の話だろう。
「変なことって?」父がだるそうに返す。仕事で、疲れているのだろう。
「和也が言うには、この町に、吸血鬼が巣食っているんですって」
おそらく父も信じないだろう。
父はしばらく考えた後、
「吸血鬼のことか、どうかは知らないが、この近くで、変死した人がいたらしいぞ。しかも数人もだ」と言った。
あの自転車事故の時のことだろうか。平屋集落の老人たちのことは伝わっていないのだろうか?
「それ、いつのこと?」と母が訊いた。
「つい最近のことだ」
「あなた、そんな事件のこと、私にしてなかったわよね。新聞にも載っていなかったし。私、知らないわ」
父は暫く沈思した後、
「おまえに、そんな話をすれば、また隣の奥さんや、景子ちゃんのせいにするじゃないか!」と語気を荒げて言った。
「あなた、それ、どういうこと?」
また両親のいさかいが始まる。
僕は間に割り込むように、「お父さんの言っている変死した人達のことって、新聞とかに載っていたの?」と訊いた。
「いや、新聞には、載っていなかったんじゃないかな。これは、知人から聞いた話だ」
その父の返事が拙かった。
母が、目くじらを立てたように、
「知人って、あの女でしょう! あなた、まだあの女に会っているのっ? あの小山蘭子に!」
母には、何を言っても、隣の奥さんの話に結びつけてしまう。
以前は、こんなことなかった。
どんどん母の様子が酷くなってきている気がする。記憶を遡れば、伊澄瑠璃子がこの町に戻ってきてからのような気がする。
それまでは、母は隣の家のことを悪くは言っても、これほどひどくはなかった。
今は何が起こっても、母は隣の家族のせいにする。
こんな展開になるのだったら、父や母に話すのではなかった。そう思った。
僕は、父母の声が大きくなるにつれ、家の中に居たたまれなくなり、外に出た。
特にどこへ行くという当てもなしに、ぶらぶらと歩き始めた。箱ブランコのある公園に行こうとも思ったが、公園に行っても景子さんに会える保証もない。
仕方なしに学校の近くの町まで歩いた。スーパーがあり、本屋や、電気屋が並んでいる。同世代の子たちもチラホラといる。
そんな時だった。佐々木奈々の姿が通りの向こう岸に見えた。
「屑木くん!」
そう言って手を振っている。いつもの佐々木奈々に見える。とても体内に「あれ」が入っている女の子には見えない。
信号が変わり、佐々木が向かってきた。
佐々木には、「あれ」の話をしたかったが、その反面、会いたくないという側面もあった。
佐々木奈々の変貌が怖かったのだ。佐々木の体の変化を見たくなかった。
だが、佐々木奈々は既に目の前にいた。動きが速い・・
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