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群がった人々②
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同時に僕は思い出していた。
あの屋敷にあった楽器のケースの数だ。あの数のケースの中に伊澄レミの分身が入っているとは考えにくい。数が多すぎる。
その時、僕の中である仮説が生まれた。
伊澄レミのような人間は、他にも存在しているのではないか・・
それに、この町で起きる数々の奇異な事件。伊澄レミの所業だけではない気がする。
あくまでも僕の推測だ。
一人の人間を蘇らせる・・そんなことができるものと仮定して、伊澄レミに、そんなに多くの血や肉が必要となるのだろうか?
もし、そうなら、
大きい・・近くにいる「あれ」は、屋敷にいたものよりも遥かに大きい。故に、そいつは、多くの血を必要とするはずだ。
ここにいるのは、僕と君島さん。そして、横たわっている運転手。
野次馬の男が六人、女が三人ほど・・
僕は、集まっている人間たちに向かって忠告するように言った。
「逃げた方がいいと思いますよ・・」
強く「逃げろ!」とは言わなかった。僕の仮説にそれほど自信があるわけではなかったし、僕に強い不信感を抱く連中を助けたいとも思わなかった。
そんな僕に、人々は訝しげな視線を寄せた。
「こんな状況で何を言っているんだ!」と、一人が声を上げた。ある女などは、「この子、頭がどうかしてるんじゃないの?」と呆れ果てている。
僕の横で僕の言葉をいち早く理解した君島さんが、「屑木くん、もしかして、血を吸った奴が、まだ満足していない・・とか?」
「確証はないが、まだ『あれ』が近くにいるような気がするんだ」
「どこにいるの?」落ち着いた声の君島さんが体を摺り寄せて訊いた。
辺りは暗い。街灯でようやく相手の顔が認識できるが、暗がりまでは目が届かない。
さっきはブロック塀の向こうにいた気がしたが、今は・・
近くの空地になってる茂みの向こうにいる気がする。
だが、そんな距離の差異は、さほど問題ではなかった。
近くの二人の男が、お互いの顔を見合っている。
「あんた、首に穴が・・」「お、お前もじゃないか」
双方の男たちは、首筋に手を当てた。だが、事態はもう始まっていた。シューッと、液体が宙に飛び出す音が聞こえた。
男たちを見ていた女性が息の切れるような悲鳴を上げた。
別の人間たちが、「えっ?」「どうしたんだ?」と目を凝らした。
そんな人たちの顔に、血がベシャッと、かかった。
「うわっ」顔に血を吹きかけられた男が大声を出す。それを見た女が更に叫ぶ。
「だから、逃げろと言ったのに・・」僕は誰ともなく言った。
人々の間を二本の血の糸が、もつれ合い、踊り狂うように群衆をすり抜けていく。
その方向・・やはり、向こうの茂みだ。
街灯に照らされた赤い糸が二本。スーッと茂みの向こうに伸びていく。
見たい・・その形を見てみたい。
そんな欲求にかられた。巨大なナメクジのような形なのだろうか? それとも・・
血が噴き出続ける男たちは、ガクッと膝を折り、そのまま地面に倒れ込んだ。
一人の女がありったけの声で悲鳴を上げた。一人が騒ぎ出すと、連鎖するように大きな声が広がった。
次に、大声を出したのは、水商売風の若い女だった。
「いやああっ、私の血がっ」
化粧の濃い女は必死で自分の飛び出す血を抑えた。すると、血の勢い、そして、血の噴射を強めることになった。四方八方に飛び散る血が、群衆の顔面を真紅に塗り替えていった。
「誰か、助けてっ、血が止まんないっ!」
誰も助けようがない。初めて見る光景に目を奪われるだけだ。そして、自分たちもそうなるかもしれない。血が出てもいないのに首筋や喉を押さえる人もいた。野次馬たちはそんなパニック状態に襲われ始めた。
見物客も危険かもしれないが、その危険は僕と君島さんにも及ぶかもしれない。
「君島さん、僕はここから逃げる・・君島さんは・・」
そう言いかけた僕に、君島さんはこう返した。
「私、いつでもどこでも屑木くんと一緒よ」
そんな暖かい言葉に胸が熱くなる。僕は君島さんの手を引いた。
僕たちが駆け出すと同時に、ようやく救急車のサイレンが聞こえてきた。
更に人が集まり、見物客が騒いでいるようだったが、どうでもよかった。
野次馬たちの関心事が、血を吸われた男たちにあるのか、逃げた僕たちにあるのか、それはわからない。
僕らは夕闇の中を走り続けた。
その途中、君島さんは言った。
「さっきの血の糸の先を見たんだけど・・茂みの中に何かがいるのが見えたわ。屑木くんは見た?」
僕は、その姿を見たわけではない。
「あのヌルッとした『あれ』の大きなやつか? ナメクジみたいな」
そう訊くと、君島さんは、「ううん、」と言って、
「もっと、大きくて・・人の形をしているように・・私には、そう見えたわ」
人型?
それは伊澄瑠璃子の姉のレミなのか? 伊澄レミの分身が更に大きくなり、人の形を模するようになっているのか。それとも、さっき推測したように、伊澄レミではない何か他のものなのか?
「暗かったのに、よく見えたな」あそこの茂みには街灯がなかったはずだ。
すると君島さんはこう言った。
「だって、その人の形をした物は・・光っていたもの」
その説明では、どれくらい光っていたのかはわからない。何かの光が「あれ」を照らしていたのかもしれないし、蛍や行燈程度の灯りだったかもしれない。
もし、煌々と光っていたのなら、僕の目に留まったはずだ。
そんな会話を続け、ある場所まで来ると、
「屑木くん、私たち、お尋ね者になったわね」
君島さんは息を切らしながら言った。けれど、その表情は楽しんでいるようにも見えた。
「大丈夫だ。暗かったし、誰も僕らの顔なんて憶えていない。それにあの人達の頭は、僕たちのことより、血を吸われた人の事で一杯だろう」
僕たちのことを憶えている人間がいるとすれば、あの自転車の少女、天野美樹くらいだろう。
あの屋敷にあった楽器のケースの数だ。あの数のケースの中に伊澄レミの分身が入っているとは考えにくい。数が多すぎる。
その時、僕の中である仮説が生まれた。
伊澄レミのような人間は、他にも存在しているのではないか・・
それに、この町で起きる数々の奇異な事件。伊澄レミの所業だけではない気がする。
あくまでも僕の推測だ。
一人の人間を蘇らせる・・そんなことができるものと仮定して、伊澄レミに、そんなに多くの血や肉が必要となるのだろうか?
もし、そうなら、
大きい・・近くにいる「あれ」は、屋敷にいたものよりも遥かに大きい。故に、そいつは、多くの血を必要とするはずだ。
ここにいるのは、僕と君島さん。そして、横たわっている運転手。
野次馬の男が六人、女が三人ほど・・
僕は、集まっている人間たちに向かって忠告するように言った。
「逃げた方がいいと思いますよ・・」
強く「逃げろ!」とは言わなかった。僕の仮説にそれほど自信があるわけではなかったし、僕に強い不信感を抱く連中を助けたいとも思わなかった。
そんな僕に、人々は訝しげな視線を寄せた。
「こんな状況で何を言っているんだ!」と、一人が声を上げた。ある女などは、「この子、頭がどうかしてるんじゃないの?」と呆れ果てている。
僕の横で僕の言葉をいち早く理解した君島さんが、「屑木くん、もしかして、血を吸った奴が、まだ満足していない・・とか?」
「確証はないが、まだ『あれ』が近くにいるような気がするんだ」
「どこにいるの?」落ち着いた声の君島さんが体を摺り寄せて訊いた。
辺りは暗い。街灯でようやく相手の顔が認識できるが、暗がりまでは目が届かない。
さっきはブロック塀の向こうにいた気がしたが、今は・・
近くの空地になってる茂みの向こうにいる気がする。
だが、そんな距離の差異は、さほど問題ではなかった。
近くの二人の男が、お互いの顔を見合っている。
「あんた、首に穴が・・」「お、お前もじゃないか」
双方の男たちは、首筋に手を当てた。だが、事態はもう始まっていた。シューッと、液体が宙に飛び出す音が聞こえた。
男たちを見ていた女性が息の切れるような悲鳴を上げた。
別の人間たちが、「えっ?」「どうしたんだ?」と目を凝らした。
そんな人たちの顔に、血がベシャッと、かかった。
「うわっ」顔に血を吹きかけられた男が大声を出す。それを見た女が更に叫ぶ。
「だから、逃げろと言ったのに・・」僕は誰ともなく言った。
人々の間を二本の血の糸が、もつれ合い、踊り狂うように群衆をすり抜けていく。
その方向・・やはり、向こうの茂みだ。
街灯に照らされた赤い糸が二本。スーッと茂みの向こうに伸びていく。
見たい・・その形を見てみたい。
そんな欲求にかられた。巨大なナメクジのような形なのだろうか? それとも・・
血が噴き出続ける男たちは、ガクッと膝を折り、そのまま地面に倒れ込んだ。
一人の女がありったけの声で悲鳴を上げた。一人が騒ぎ出すと、連鎖するように大きな声が広がった。
次に、大声を出したのは、水商売風の若い女だった。
「いやああっ、私の血がっ」
化粧の濃い女は必死で自分の飛び出す血を抑えた。すると、血の勢い、そして、血の噴射を強めることになった。四方八方に飛び散る血が、群衆の顔面を真紅に塗り替えていった。
「誰か、助けてっ、血が止まんないっ!」
誰も助けようがない。初めて見る光景に目を奪われるだけだ。そして、自分たちもそうなるかもしれない。血が出てもいないのに首筋や喉を押さえる人もいた。野次馬たちはそんなパニック状態に襲われ始めた。
見物客も危険かもしれないが、その危険は僕と君島さんにも及ぶかもしれない。
「君島さん、僕はここから逃げる・・君島さんは・・」
そう言いかけた僕に、君島さんはこう返した。
「私、いつでもどこでも屑木くんと一緒よ」
そんな暖かい言葉に胸が熱くなる。僕は君島さんの手を引いた。
僕たちが駆け出すと同時に、ようやく救急車のサイレンが聞こえてきた。
更に人が集まり、見物客が騒いでいるようだったが、どうでもよかった。
野次馬たちの関心事が、血を吸われた男たちにあるのか、逃げた僕たちにあるのか、それはわからない。
僕らは夕闇の中を走り続けた。
その途中、君島さんは言った。
「さっきの血の糸の先を見たんだけど・・茂みの中に何かがいるのが見えたわ。屑木くんは見た?」
僕は、その姿を見たわけではない。
「あのヌルッとした『あれ』の大きなやつか? ナメクジみたいな」
そう訊くと、君島さんは、「ううん、」と言って、
「もっと、大きくて・・人の形をしているように・・私には、そう見えたわ」
人型?
それは伊澄瑠璃子の姉のレミなのか? 伊澄レミの分身が更に大きくなり、人の形を模するようになっているのか。それとも、さっき推測したように、伊澄レミではない何か他のものなのか?
「暗かったのに、よく見えたな」あそこの茂みには街灯がなかったはずだ。
すると君島さんはこう言った。
「だって、その人の形をした物は・・光っていたもの」
その説明では、どれくらい光っていたのかはわからない。何かの光が「あれ」を照らしていたのかもしれないし、蛍や行燈程度の灯りだったかもしれない。
もし、煌々と光っていたのなら、僕の目に留まったはずだ。
そんな会話を続け、ある場所まで来ると、
「屑木くん、私たち、お尋ね者になったわね」
君島さんは息を切らしながら言った。けれど、その表情は楽しんでいるようにも見えた。
「大丈夫だ。暗かったし、誰も僕らの顔なんて憶えていない。それにあの人達の頭は、僕たちのことより、血を吸われた人の事で一杯だろう」
僕たちのことを憶えている人間がいるとすれば、あの自転車の少女、天野美樹くらいだろう。
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