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自転車の少女②
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男は少女の形相を見るなり、「ひいっ」と声を上げ、後ずさりした。
「なっ、なんなんだ、君は?」
男はまだこの類の人間に出会ったことがないのだろう。町の人間ではないのかもしれない。そんな男に向かって、君島さんが、
「おじさん、逃げた方がいいと思うわよ」と言った。
そう忠告されても、「はい、逃げます」とは普通は言えないだろう。それでは轢き逃げになってしまう。
だが、少女は、そんな常識のようなものが通じる相手ではなさそうだ。
中年男は「しかし・・」とためらうように言ったが、もう遅かった。
少女は不気味な声を上げ、男の肩をがしっと掴んだ。「な、何をする!」男は抵抗したが、少女の力の方が強かったようだ。「あわわっ」男は情けない声を出した。
このままだとあの中年男は・・
「どうする? 屑木くん。おじさんを助ける?」
君島さんの問いに応えるよりも先に、僕は少女に飛びかかった。男から少女を引き剥がさなければならない。少女の肩をぐいと掴むと、少女は振り返って、チラリと僕を見た。
少女と目が合った。その目は殺意に溢れていた。
「屑木くん、危ない!」
君島さんの声が聞こえたのと同時に、胴部に鈍い痛みを感じた。僕はぶざまにも舗道のブロック塀まで飛ばされてしまったのだ。
塀に当たった瞬間、背中が潰れるような激しい衝撃が襲った。
少女のパワー・・それはまるで、あの体育の大崎のような凶暴な力だった。
大崎は、あの時、上里先生や、男性生徒を教室の端まで吹き飛ばしていた。
少女だと思って、なめてかかっていた、
渡辺さん兄妹や、さっきの老人たちの力を想定していたのだ。
そんな僕を見て、君島さんが「屑木くんに、なんてことをするの!」と怒鳴った。
その声と同時に少女の攻撃の対象が僕、そして君島さんに移ったように思えた。
少女は壁際の僕と君島さんを見比べたかと思うと、にやりと笑った。
ひび割れた肌の口から「あれ」がぬるっと顔を出した。
「あわっ、ばっ、化け物!」
見ると少女を轢いた男が腰を抜かし、地面にへたり込んでいる。無理もない。
こんな状況では逃げるか、少女を何とかするかだ。
残念ながら、この男にはその選択すらできない。ましてや少女を何とかする力もない。
それは僕たちも同じかもしれない。
ここには、さっき使った角材のような戦闘に使える武器もない。
男は息を荒げながら、僕たちに「き、君たちは、彼女が何者なのか知っているのか?」と問うた。「あれは、いったい何なんだ!」男は少女の口から出ている物を指して叫んだ。
「吸血鬼よ・・それも、体内寄生型の奴」と君島さんは返答した。
「ばかな、吸血鬼だと・・そんなのがこの世にいるはずが・・」
人間は、異物を目の当たりにしても、常識が先行するらしい。男は君島さんの言葉をいっこうに信じる様子がない。
少女は次のターゲットに男よりも身近な君島さんを選んだようだった。
「君島さん、逃げろ!」僕は叫んだ。
僕の呼びかけよりも早く少女は恐るべきスピードで君島さんの眼前に現れた。
「えっ?」
君島さんは驚きの声を上げたが、その声は君島さんに覆い被さるような少女の頭で消えた。
まずい、君島さんが血を吸われる! 僕に吸われるような少量ではなく、大量に・・
君島さんの苦しそうな声が聞こえた。
助けないと・・
さっきのように飛びかかってもダメだ。他の方法を考えないといけない。
瞬時に、僕は無残に車に破壊され横たわっている自転車を見た。曲がったタイヤ、バラバラになっているスポーク。外れているチェーン、転がっているサドル、買い物ラックにペタル。
武器として使えそうな物がない。
こうしている間にも、君島さんが血を吸われてしまう。
そう思った瞬間、僕の目は前方部分が損傷している軽自動車にいった。
ボンネットが跳ね上がっている。あれは、ボンネットを支えるつっかえ棒・・それが外れているのが見えた。
喘ぐ君島さんの顔。イヤイヤするように顔を左右に振っている。
そんな君島さんに迫る少女の口腔から、「あれ」が顔を出し、びろんと伸びてきた。巨大ナメクジだ。
「君島さん、そいつを突き飛ばせ!」
何とかして、少女から離れてくれ!
僕の声に勢いづいた君島さんは「いやあっ」と叫んで少女の胴を突き放した。
ふわっと少女の体が君島さんから離れた。
今だ!
僕は少女に駆け寄り、さっき手にした棒をバールのように縦に振り下ろした。その対象は「あれ」だ。
ヌルンッとした不快な感触と共に、「あれ」がぷるんぷるんと跳ね出した。手応えがまるでない。
これでは「あれ」を切断することはできない。武器としてまるで役に立たない。
だが、何らかの反応があったようだ。
「あれ」が何度か躍動を重ねた後、
ズルズルと少女の口から這い出てきた。そして、前腕部分ほどの長さまでびろーんと出てくると、少女の口腔から千切れたようにポタリと落ちた。
そして、その残りが少女の口腔に戻った。
つまり、「あれ」が引き離されたのだ。落ちた方の「あれ」は生命が途切れたように動かなくなった。生きている方は少女の体内に戻った。
こんな現象もあるのか。
「きさまっ!」
少女が初めて言語を出し、僕を睨んだ。どう見ても怒っている。
だが、それより驚いたのは、顔面がひび割れていた少女の顔が、戻りつつあったことだ。
体内の「あれ」の減少により、人間としての機能が戻るのか?
「なっ、なんなんだ、君は?」
男はまだこの類の人間に出会ったことがないのだろう。町の人間ではないのかもしれない。そんな男に向かって、君島さんが、
「おじさん、逃げた方がいいと思うわよ」と言った。
そう忠告されても、「はい、逃げます」とは普通は言えないだろう。それでは轢き逃げになってしまう。
だが、少女は、そんな常識のようなものが通じる相手ではなさそうだ。
中年男は「しかし・・」とためらうように言ったが、もう遅かった。
少女は不気味な声を上げ、男の肩をがしっと掴んだ。「な、何をする!」男は抵抗したが、少女の力の方が強かったようだ。「あわわっ」男は情けない声を出した。
このままだとあの中年男は・・
「どうする? 屑木くん。おじさんを助ける?」
君島さんの問いに応えるよりも先に、僕は少女に飛びかかった。男から少女を引き剥がさなければならない。少女の肩をぐいと掴むと、少女は振り返って、チラリと僕を見た。
少女と目が合った。その目は殺意に溢れていた。
「屑木くん、危ない!」
君島さんの声が聞こえたのと同時に、胴部に鈍い痛みを感じた。僕はぶざまにも舗道のブロック塀まで飛ばされてしまったのだ。
塀に当たった瞬間、背中が潰れるような激しい衝撃が襲った。
少女のパワー・・それはまるで、あの体育の大崎のような凶暴な力だった。
大崎は、あの時、上里先生や、男性生徒を教室の端まで吹き飛ばしていた。
少女だと思って、なめてかかっていた、
渡辺さん兄妹や、さっきの老人たちの力を想定していたのだ。
そんな僕を見て、君島さんが「屑木くんに、なんてことをするの!」と怒鳴った。
その声と同時に少女の攻撃の対象が僕、そして君島さんに移ったように思えた。
少女は壁際の僕と君島さんを見比べたかと思うと、にやりと笑った。
ひび割れた肌の口から「あれ」がぬるっと顔を出した。
「あわっ、ばっ、化け物!」
見ると少女を轢いた男が腰を抜かし、地面にへたり込んでいる。無理もない。
こんな状況では逃げるか、少女を何とかするかだ。
残念ながら、この男にはその選択すらできない。ましてや少女を何とかする力もない。
それは僕たちも同じかもしれない。
ここには、さっき使った角材のような戦闘に使える武器もない。
男は息を荒げながら、僕たちに「き、君たちは、彼女が何者なのか知っているのか?」と問うた。「あれは、いったい何なんだ!」男は少女の口から出ている物を指して叫んだ。
「吸血鬼よ・・それも、体内寄生型の奴」と君島さんは返答した。
「ばかな、吸血鬼だと・・そんなのがこの世にいるはずが・・」
人間は、異物を目の当たりにしても、常識が先行するらしい。男は君島さんの言葉をいっこうに信じる様子がない。
少女は次のターゲットに男よりも身近な君島さんを選んだようだった。
「君島さん、逃げろ!」僕は叫んだ。
僕の呼びかけよりも早く少女は恐るべきスピードで君島さんの眼前に現れた。
「えっ?」
君島さんは驚きの声を上げたが、その声は君島さんに覆い被さるような少女の頭で消えた。
まずい、君島さんが血を吸われる! 僕に吸われるような少量ではなく、大量に・・
君島さんの苦しそうな声が聞こえた。
助けないと・・
さっきのように飛びかかってもダメだ。他の方法を考えないといけない。
瞬時に、僕は無残に車に破壊され横たわっている自転車を見た。曲がったタイヤ、バラバラになっているスポーク。外れているチェーン、転がっているサドル、買い物ラックにペタル。
武器として使えそうな物がない。
こうしている間にも、君島さんが血を吸われてしまう。
そう思った瞬間、僕の目は前方部分が損傷している軽自動車にいった。
ボンネットが跳ね上がっている。あれは、ボンネットを支えるつっかえ棒・・それが外れているのが見えた。
喘ぐ君島さんの顔。イヤイヤするように顔を左右に振っている。
そんな君島さんに迫る少女の口腔から、「あれ」が顔を出し、びろんと伸びてきた。巨大ナメクジだ。
「君島さん、そいつを突き飛ばせ!」
何とかして、少女から離れてくれ!
僕の声に勢いづいた君島さんは「いやあっ」と叫んで少女の胴を突き放した。
ふわっと少女の体が君島さんから離れた。
今だ!
僕は少女に駆け寄り、さっき手にした棒をバールのように縦に振り下ろした。その対象は「あれ」だ。
ヌルンッとした不快な感触と共に、「あれ」がぷるんぷるんと跳ね出した。手応えがまるでない。
これでは「あれ」を切断することはできない。武器としてまるで役に立たない。
だが、何らかの反応があったようだ。
「あれ」が何度か躍動を重ねた後、
ズルズルと少女の口から這い出てきた。そして、前腕部分ほどの長さまでびろーんと出てくると、少女の口腔から千切れたようにポタリと落ちた。
そして、その残りが少女の口腔に戻った。
つまり、「あれ」が引き離されたのだ。落ちた方の「あれ」は生命が途切れたように動かなくなった。生きている方は少女の体内に戻った。
こんな現象もあるのか。
「きさまっ!」
少女が初めて言語を出し、僕を睨んだ。どう見ても怒っている。
だが、それより驚いたのは、顔面がひび割れていた少女の顔が、戻りつつあったことだ。
体内の「あれ」の減少により、人間としての機能が戻るのか?
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