血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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自転車の少女①

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◆自転車の少女

 もう散会の時間だ。町の中を闇が押し寄せている。
 神城は、「遅くなったから急いで帰る」と言いながら、君島さんを横目で見て、
「どうせ、私がいなくなったら、屑木くんの血を吸うんでしょ」と嫌味たらしく言った。
 君島さんが「悪い?」と対抗するように言って、「何なら、神城さんも私達の仲間に入る?」と問いかけた。
「遠慮しておくわ」神城はそう言って去った。

 神城の姿が見えなくなるや否や。僕と君島さんは近くの路地裏に入り込み、互いに血を吸い合った。
 先ほど大量の血を見たせいか、体が血に飢えていた。
 それは君島さんも同じだ。
 互いに吸い合うという行為。それは血を循環させているだけのようだが、不思議と充足感がある。
 先に血を吸われている君島さんは喘ぎ声を洩らしながら、
「もうたまらないわ・・」
 何が「たまらない」のか・・訊くまでもなく僕にはわかる。
 ・・もっと血を吸いたいのだ。
 けれど、この吸い方では、それほど、体に入ってこない。入ってきても相方の君島さんに吸われる。
 まるで慰め合っている行為のようだ。互いの欲求を循環し合っている。
 その先には何もない。
 あるのは、こんな状態では収まりがつかなくなっているということだ。
 体が無意識に「あれ」を欲している。そうすれば・・
 
 その時だった。
 どんっ・・ガチャンッ!
 激しい音がした。何かと何かがぶつかり、破壊された大きな音だ。
 通りを見ると、軽自動車の前に、自転車・・そして、僕らと同年代くらいの女子高生が倒れていた。同じ高校の制服だ。知っている子かもしれない。
 急に道に飛び出してきた自転車を車が避けられなかったようだ。そのまま車は自転車に追突した格好のようだ。

「き、君っ、だっ、大丈夫か!」
 車から慌てて飛び出てきた中年男が少女に駆け寄った。悲壮な顔をしている。
 救急車を呼ばなければならない事態だ。
 男は僕達が見ているのを知っているので、まさかひき逃げというわけにもいかない。

 少女の方に目をやると、かなりの重傷に見える。
 君島さんが、息を飲むような顔で僕の腕を引き、
「屑木くん・・あ、あれ・・」と少女のある部位を指した。
 僕は仰向けに倒れている少女を見た。足がおかしな方向に曲がっている。
 それよりも異様に映ったのは、その腹部だった。
 おそらく自転車のハンドルには、それを覆うグリップが元々無かったのだろうか、
 ハンドルが少女の腹部から衣服を突き破り、飛び出していた。折れ曲がったブレーキレバーがあらぬ位置から顔を覗かせている。
 じわじわと血が少女の体に溢れ出してきた。ドクンドクンと音が聞こえるようだ。
 いかにハンドルにグリップがないとはいえ、人間の体を貫くことはない。そう思う。しかし、現に僕はそんなものを見ている。
 つまり・・少女の体が異様に柔らかいのだ。

 男もその様子を見たのか、一瞬で顔が凍りついたのがわかった。
「ああっ・・何てことだ。どうしたらいいんだ」男は誰ともなく言った。
 男は電話を取り出し、警察や、救急車の手配を始めた。
 そんな男の行動とは関係なく、
 少女は、体に突き刺さった自転車のパーツからその身を起こし、ゆらりと立ち上がった。更に血がポタポタと足元に垂れ落ちる。よく見ると、少女のふくらはぎに自転車のタイヤのスポークが刺さっている。

 男はその様子を見るなり、
「君っ、じっとしっといてくれ。今、救急車を呼んだから・・立つと傷口がひろがる・・」
 男の言葉はそこで止まった。
 少女が向かってきたからだ。

 君島さんが小さく言った。
「屑木くん・・彼女は、吸血鬼よね」
 僕は、
「ああ。それも『あれ』が体内に寄生しているタイプだ」と言った。
「あれ」が見えるわけではないが、あの様子は尋常ではない。
 この少女がいつ吸血鬼になったのか知らない。今まで何人の血を吸ったのか、それも知らない。
 だが、松村や、佐々木奈々よりはるかに時間が経過した状態だと推測される。
 まず、少女の顔・・首が曲がっている上に、あちこちが、ひび割れている。少しでも頬を突けば、その皮膚がぺろっと捲れて、落ちそうだ。
 それにさっきから一言も発していない。言語機能がないのか。
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