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器(うつわ)②
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だから、「神城・・」
僕は目を伏せている神城に言った。「佐々木奈々の為にも、僕たちは戦わなくちゃいけないんだ」
僕の言葉を聞いていた神城は静かに顔を上げた。
そして、老婆の姿を見るや「ひっ」と声を上げ、その次の瞬間には、周囲に目を走らせた。そして、木材を積み上げている所へ駆け寄り、一本の手頃な大きさの角材を取り上げた。
神城は、角材を木刀の素振りのように何度か振り、「おばあちゃん、ごめんなさい!」と念ずるように言った。
そんな神城は、何かの覚悟を決めたように見えた。
そして、僕と君島さんの前に進み出て、向かってきた老婆の肩を上から叩き潰すよう打ち込んだ。神城・・意外と力があるようだ。
老婆は「んぐっ」と苦悶の声を上げたかと思うと、バランスを崩したように地面に突っ伏した。同時に、グチャッと何かが破裂するような音が聞こえた。倒れた老婆の周囲に異臭と液体が広がった。
「私、お婆さんを殺しちゃった・・」
そう言った神城が後悔の念に襲われているのではないかと、その表情を伺ったが、なぜか「はあ、はあ」と息を荒げながらも、達成感に満ちているように見えた。
君島さんが「神城さん、なかなかやるじゃない」と褒めた。
すると、神城は「仕方ないじゃない」と返した。
落ちつくのはまだ早い。
神城が前方を見て「屑木くん、あの男に出口を塞がれているわよ」と言った。
確かに平屋集落の門扉のような所に行く手を塞ぐように立っている男がいる。
今度は、老人は老人でも、かなり背の高い大男だ。
男は天を仰ぎ見、「んふおおおおっ」と狼のように吠えた。同時に口から泡のようなものを噴き出した。
何やら怒り狂っているようだ。さっき倒れた老婆の知り合いだったのだろうか?
この大男は、まだ人間としての理性や意志力があるようだ。その証拠に、さっきの老婆は視点が定まっていなかったが、この男は僕たちを睨みつけている。明らかに僕らに敵意を抱いている。
更なる危険を感じた。
神城が更に角材を拾い上げ「屑木くんも、これを使って!」と渡した。
角材は意外と重い・・こんなものを神城は使ったのか。
「おい、神城、いいのか? あの男は、まだ人としての意思があるみたいだぞ」
見た目だけで、理性があるかどうかの判別はできない。ただ、その様子が感情に訴えかけるかどうかだ。
「そうみたいね。でも、あの男、立ち塞がってて、退く気がなさそうだもの」
神城の覚悟は本気のようだ。体が戦闘モードに変わったようだ。
そう言っている間に、大男が飛びかかってきた。速い!
大男の対象は君島さんだった。君島さんは角材を持っていない。身をかわそうとしたが、男に羽交い絞めにされた。
「いやあっ」
君島さんの体が浮かび上がった。それほど男は大きい。
「離しなさいよっ!」
君島さんはもがきながら、抵抗の声を上げた。男がそんな声に耳を傾けるわけがない。
男は、「おっ、おっ、おっ・・」と、不気味な擦れ声を出している。
その男の顔が、君島さんの首に向かった。まるで無理に口づけをするような体勢だ。
君島さんが危ない! 血を吸われる。
そう思った瞬間、僕は男の背後にまわり込み、角材を男の体に打ち込んだ。
その感触は予想より小さかった。つまり、体が柔らかかったのだ。角材が男の体にめり込んだだけだった。だが、その衝撃はあったらしく、男は君島さんの体を落とした。
「もうっ、なんてことするのよ!」君島さんらしい抗議の声をあげた。
今度は、男の攻撃の対象は、君島さんから僕に移った。
大男と目が合った。その目は虚ろだった。当然、言語を発しないし、その動作は不合理極まりない。「んぐっ、んぐっ」と呻き、ふらつき、僕の横を通り過ぎたりしては、はっと気づいて戻ってきたりする。動作が速いのか、遅いのかわからない。
やはり、意志力が弱いのか?
僕は角材を構えた。
男の脇を通り抜けることはできそうだ。だが、この男をどうにしかないといけない、そんな気がした。僕が通り抜けても、神城か、君島さんに何かあってはいけない。
僕は男にとどめを刺すべく角材を振り上げた。
だが、僕の動作よりも男の方が早かった。タックルのような体当たりを腹部に受けた。
僕はかなり後方に倒れ込んだ。
ブロックか何かに頭を打ちつけたのか、右耳伝いに、頭から血が流れているのが分かる。
血・・
もしかして・・
見上げると、案の定、そこには老婆の顔があった。僕の血が老婆を引き寄せたのだ。
咄嗟に起き上がろうとすると、老婆は僕の両肩を押さえ込み、動きを封じた。
口から異物を出し、僕の首筋に顔を沈み込ませようとしている。涎のような液体が頬に降りかかる。
まずい・・
と思った瞬間、
コオンッ、と小気味よい音が響き、老婆の顔が眼前から消え去った。
君島さんが、鈍器のようなものを使って老婆の体を吹っ飛ばしたのだ。
君島さんの姿を見ると、大きなスコップを手にしていた。
「ちょっと、私、もう引き返せないかも」
君島さんはそう言った。どこから引き返せないのか、僕も君島さんも善悪の境が見えなくなっているようだった。
神城は?
起き上がった僕は大男の方に目をやった。
角材を手に神城は防御体勢のまま後退している。視点の定まらない大男は、神城を見たり僕と君島さんを見たりしている。つまり状況判断が出来ない状態なのだ。
僕は君島さんの手にしているスコップを指して、
「君島さん、それを貸してくれ」
僕は君島さんから大きなスコップを受け取るや否や、
「ごめん」と、
僕は、祈るような心を刻みつけながら男に向かっていった。
僕は駆けながら想像した。
この男にもこれまでの生活があっただろう。愛する人がいたかもしれない。自分がこんな目に合うとは全く思いもしなかっただろう。
今日、僕にスコップで吹き飛ばされることになろうとは・・
ガシッ!
大きな手応えのある音がして、ふらふらと壁際に退行した。
だが、こんなことくらいで倒れるような男ではなかった。
大男はくるりときびすを返すと、
大きく口を開け、僕に向かって突進してきた。その口からは、「あれ」が出ている。
スコップではダメだ。僕は再び、角材を手にして構えた。
その時、
男の口が数メートル前で大きく開き、角材の先端に吸い寄せられるように向かってきた。
角材が口の中に突き入れられる形で入っていった。
グチャッと音がした。
先の尖った角材は、男の口腔を抜け、頭の反対側まで突き抜けた。男の叫びは角材で塞がれた。
そこまでするつもりはなかった。だが、そんな言い訳など誰も聞いていない。
神城の大きな声が響き渡った。
男は、両手で何とか角材を抜き、「あうううっ」と呻きながら、さきほどの老婆の方にまで行きゴロゴロと転がり込んだ。
その様子を見ると、
老婆が大男を抱き留め、男の方は老婆に抱きついているように見えた。
生きてはいるが、もう立ち上がる力は残されていないようだ。その証拠に、衣服のあちこちから液体が溢れ、その体は先ほどより縮んでいる。この先、体がどうなるのかは不明だ。
この二人がどんな関係なのか僕は知らない。今まで、この住居でどんな暮らしをしていたのか知る由もない。
だが、その生活力を断ったのは僕たちだ。
老人たちが倒れている姿を見ながら、そんなことを考えていると、
神城が、
「あの二人、同じ指輪をしているわ」と言った。
神城が見ているのは、同じく最後に倒した大男と、その下にいる老婆だ。
二人の指に視線を落とすと、この凄惨は景色には似つかわしくないものがそれぞれ光っていた。
この人たちは、何も悪くない。
本当に悪い者は・・別にいる。この瞬間、そう思った。
僕は目を伏せている神城に言った。「佐々木奈々の為にも、僕たちは戦わなくちゃいけないんだ」
僕の言葉を聞いていた神城は静かに顔を上げた。
そして、老婆の姿を見るや「ひっ」と声を上げ、その次の瞬間には、周囲に目を走らせた。そして、木材を積み上げている所へ駆け寄り、一本の手頃な大きさの角材を取り上げた。
神城は、角材を木刀の素振りのように何度か振り、「おばあちゃん、ごめんなさい!」と念ずるように言った。
そんな神城は、何かの覚悟を決めたように見えた。
そして、僕と君島さんの前に進み出て、向かってきた老婆の肩を上から叩き潰すよう打ち込んだ。神城・・意外と力があるようだ。
老婆は「んぐっ」と苦悶の声を上げたかと思うと、バランスを崩したように地面に突っ伏した。同時に、グチャッと何かが破裂するような音が聞こえた。倒れた老婆の周囲に異臭と液体が広がった。
「私、お婆さんを殺しちゃった・・」
そう言った神城が後悔の念に襲われているのではないかと、その表情を伺ったが、なぜか「はあ、はあ」と息を荒げながらも、達成感に満ちているように見えた。
君島さんが「神城さん、なかなかやるじゃない」と褒めた。
すると、神城は「仕方ないじゃない」と返した。
落ちつくのはまだ早い。
神城が前方を見て「屑木くん、あの男に出口を塞がれているわよ」と言った。
確かに平屋集落の門扉のような所に行く手を塞ぐように立っている男がいる。
今度は、老人は老人でも、かなり背の高い大男だ。
男は天を仰ぎ見、「んふおおおおっ」と狼のように吠えた。同時に口から泡のようなものを噴き出した。
何やら怒り狂っているようだ。さっき倒れた老婆の知り合いだったのだろうか?
この大男は、まだ人間としての理性や意志力があるようだ。その証拠に、さっきの老婆は視点が定まっていなかったが、この男は僕たちを睨みつけている。明らかに僕らに敵意を抱いている。
更なる危険を感じた。
神城が更に角材を拾い上げ「屑木くんも、これを使って!」と渡した。
角材は意外と重い・・こんなものを神城は使ったのか。
「おい、神城、いいのか? あの男は、まだ人としての意思があるみたいだぞ」
見た目だけで、理性があるかどうかの判別はできない。ただ、その様子が感情に訴えかけるかどうかだ。
「そうみたいね。でも、あの男、立ち塞がってて、退く気がなさそうだもの」
神城の覚悟は本気のようだ。体が戦闘モードに変わったようだ。
そう言っている間に、大男が飛びかかってきた。速い!
大男の対象は君島さんだった。君島さんは角材を持っていない。身をかわそうとしたが、男に羽交い絞めにされた。
「いやあっ」
君島さんの体が浮かび上がった。それほど男は大きい。
「離しなさいよっ!」
君島さんはもがきながら、抵抗の声を上げた。男がそんな声に耳を傾けるわけがない。
男は、「おっ、おっ、おっ・・」と、不気味な擦れ声を出している。
その男の顔が、君島さんの首に向かった。まるで無理に口づけをするような体勢だ。
君島さんが危ない! 血を吸われる。
そう思った瞬間、僕は男の背後にまわり込み、角材を男の体に打ち込んだ。
その感触は予想より小さかった。つまり、体が柔らかかったのだ。角材が男の体にめり込んだだけだった。だが、その衝撃はあったらしく、男は君島さんの体を落とした。
「もうっ、なんてことするのよ!」君島さんらしい抗議の声をあげた。
今度は、男の攻撃の対象は、君島さんから僕に移った。
大男と目が合った。その目は虚ろだった。当然、言語を発しないし、その動作は不合理極まりない。「んぐっ、んぐっ」と呻き、ふらつき、僕の横を通り過ぎたりしては、はっと気づいて戻ってきたりする。動作が速いのか、遅いのかわからない。
やはり、意志力が弱いのか?
僕は角材を構えた。
男の脇を通り抜けることはできそうだ。だが、この男をどうにしかないといけない、そんな気がした。僕が通り抜けても、神城か、君島さんに何かあってはいけない。
僕は男にとどめを刺すべく角材を振り上げた。
だが、僕の動作よりも男の方が早かった。タックルのような体当たりを腹部に受けた。
僕はかなり後方に倒れ込んだ。
ブロックか何かに頭を打ちつけたのか、右耳伝いに、頭から血が流れているのが分かる。
血・・
もしかして・・
見上げると、案の定、そこには老婆の顔があった。僕の血が老婆を引き寄せたのだ。
咄嗟に起き上がろうとすると、老婆は僕の両肩を押さえ込み、動きを封じた。
口から異物を出し、僕の首筋に顔を沈み込ませようとしている。涎のような液体が頬に降りかかる。
まずい・・
と思った瞬間、
コオンッ、と小気味よい音が響き、老婆の顔が眼前から消え去った。
君島さんが、鈍器のようなものを使って老婆の体を吹っ飛ばしたのだ。
君島さんの姿を見ると、大きなスコップを手にしていた。
「ちょっと、私、もう引き返せないかも」
君島さんはそう言った。どこから引き返せないのか、僕も君島さんも善悪の境が見えなくなっているようだった。
神城は?
起き上がった僕は大男の方に目をやった。
角材を手に神城は防御体勢のまま後退している。視点の定まらない大男は、神城を見たり僕と君島さんを見たりしている。つまり状況判断が出来ない状態なのだ。
僕は君島さんの手にしているスコップを指して、
「君島さん、それを貸してくれ」
僕は君島さんから大きなスコップを受け取るや否や、
「ごめん」と、
僕は、祈るような心を刻みつけながら男に向かっていった。
僕は駆けながら想像した。
この男にもこれまでの生活があっただろう。愛する人がいたかもしれない。自分がこんな目に合うとは全く思いもしなかっただろう。
今日、僕にスコップで吹き飛ばされることになろうとは・・
ガシッ!
大きな手応えのある音がして、ふらふらと壁際に退行した。
だが、こんなことくらいで倒れるような男ではなかった。
大男はくるりときびすを返すと、
大きく口を開け、僕に向かって突進してきた。その口からは、「あれ」が出ている。
スコップではダメだ。僕は再び、角材を手にして構えた。
その時、
男の口が数メートル前で大きく開き、角材の先端に吸い寄せられるように向かってきた。
角材が口の中に突き入れられる形で入っていった。
グチャッと音がした。
先の尖った角材は、男の口腔を抜け、頭の反対側まで突き抜けた。男の叫びは角材で塞がれた。
そこまでするつもりはなかった。だが、そんな言い訳など誰も聞いていない。
神城の大きな声が響き渡った。
男は、両手で何とか角材を抜き、「あうううっ」と呻きながら、さきほどの老婆の方にまで行きゴロゴロと転がり込んだ。
その様子を見ると、
老婆が大男を抱き留め、男の方は老婆に抱きついているように見えた。
生きてはいるが、もう立ち上がる力は残されていないようだ。その証拠に、衣服のあちこちから液体が溢れ、その体は先ほどより縮んでいる。この先、体がどうなるのかは不明だ。
この二人がどんな関係なのか僕は知らない。今まで、この住居でどんな暮らしをしていたのか知る由もない。
だが、その生活力を断ったのは僕たちだ。
老人たちが倒れている姿を見ながら、そんなことを考えていると、
神城が、
「あの二人、同じ指輪をしているわ」と言った。
神城が見ているのは、同じく最後に倒した大男と、その下にいる老婆だ。
二人の指に視線を落とすと、この凄惨は景色には似つかわしくないものがそれぞれ光っていた。
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