血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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「人」①

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◆「人」

 伊澄瑠璃子の話に疑いの目を向ける君島さんに、
「私は、姉を傷つけた者が憎い。同様に、醜い心を持つ人間が嫌い・・それだけよ」伊澄瑠璃子はそう言った。
 そして更に、
「私の周りに集まる女の子は、そんな私の気持ちに同調しているのではないかしら?」
すると、神城が抗議の声を上げた。「伊澄さん、ふざけないでっ!」
「だったら、どうして、奈々があんな目に遭うのよ」
 そして、
「奈々の成績が下がったり、体が異常に柔らかくなったり。何の罪もない奈々がどうしてあんな状態になったりするのよ」
 神城は、今まで溜まっていたものを吐き出すように大きく言った。

 神城の言う通りだ。
 伊澄瑠璃子の姉妹の身の上話は、同情されるべきものだ。
 しかし、その話は、僕たちが幽霊屋敷内で体験したこと、伊澄さんの取り巻きの二人が血を吸われたこと。僕や君島さんが吸血人化したことと、何の関係があるというのだ。
 それに急務なのは、松村や佐々木奈々の「あれ」を取り除いてもらいたいのだ。そもそもここに来た理由はそれだ。神城の苛立つ気持ちがよくわかる。

 だが、もし、伊澄瑠璃子の身の上話と吸血人の事件が繋がっているとしたら、
 この場における僕たちと、伊澄瑠璃子の話した強姦事件が、どこかで密接に繋がっているとしたら。
 それは、一体・・この話のどの箇所なのだ?

 神城に続いて、言葉を発したのは、渡辺さんだった。
「まあまあ、君たち。伊澄さんの話は、すごく興味深いよ」
 そう言って渡辺さんは、
「でも、君たちが知りたいのは、君たちのお友達の体から『あいつ』をどうやったら、取り除けるのか、だよね?」と言った。
 神城が「そうですよ」と言った。君島さんは「私、どうでもいいわ」と小さく言った。

 ずるっ、ずるっ・・
 何かが這っている音がする。さっきより迫っている感がある。
 しかし、部屋の中を見ても何もない。神城も君島さんも何も言わない。僕が異常なまでに神経を尖らせているせいなのか。
 ここは屋敷内と違って、狭い部屋の中だ。何かが潜むような場所もない。「あれ」がいたら、すぐにわかるはずだ。
 仮に、何かがいるとしたら、それは外だ。しかし、外には平屋の住人がいる。数人の老人たちがたむろしていた。そんな所を自立歩行型の「あれ」が這うはずもない。
 心臓の鼓動が高まる。柱時計の振り子のリズムが遅くなっているような気がする。
 いや、確かに遅い。この部屋の中の時間が、ゆっくりと流れている。
 気づかないほどの遅さだ。
 心臓の高まりに反比例して、時間が遅くなっていく。そう感じた。

 渡辺さんは話し続ける。
「その事件を機に、君を性的な目で見る人間は、周囲から消えた。そういうことだよね」
「ええ」伊澄さんは頷く。
「けれど、君たち、つまり、君と、その家族はこの町を去り、再び、この町に戻ってきた」
「ええ、そうよ」
 伊澄瑠璃子は少し笑みを浮かべている。
「どうしてだろうね。この町は君にとっては、イヤな思い出しかない町だ。そんな場所にどうして戻って来たんだい?」
 伊澄瑠璃子は黙っている。しかし、その顔を見てみると、渡辺さんの質問に答えられないのではなく、敢えて口を閉ざしているように思えた。
 渡辺さんにどんどん話をさせている。そんな感じだ。
 すると、渡辺さんは、
「君のお姉さんが引き寄せたんじゃないかな」
 唐突にそう言った。
「ちょっと、渡辺さん、変なことを言わないでください」神城が「不謹慎ですよ」とでも言いたげに言うと、
 君島さんが渡辺さんを指し「この人、最初から変だから」と言った。
 君島さんがそう言っても、渡辺さんは、僕たちが体験した出来事を唯一理解してくれる大人だ。貴重な存在でもある。

 ずるっ、ずるっ、這う音が近い。
 ごつごつ・・いや、這う音ではない、何かを引き摺りながら歩いているような音だ。
 自立歩行型の「あれ」ではないのか?
 人間なのか?

「君のお姉さんは、まだ山の中にいるかもしれない」
 渡辺さんが続けて意味不明のことを言った。
「まだ生きているかもしれない」
 そう言った渡辺さんに神城が「渡辺さん、さっきからおかしいですよ」と制した。

「渡辺さん、良くご存知ですね」
 伊澄瑠璃子がようやく口を開いた。だが、その言葉も意味が分からない。
 まるで渡辺さんのおかしな言葉を肯定するように聞こえる。

「少し調べたんだよ。この町の事を、そして、当然、君のことも調べた」
 渡辺さんはそう言った。そして更に、
「この町の伝説になっている。骨のない人間の話。いや、骨が柔らかい人間の話だったかな。そんなことまで調べたよ。君に関係があるんじゃないか、と思ってね」と言った。
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