85 / 118
「人」①
しおりを挟む
◆「人」
伊澄瑠璃子の話に疑いの目を向ける君島さんに、
「私は、姉を傷つけた者が憎い。同様に、醜い心を持つ人間が嫌い・・それだけよ」伊澄瑠璃子はそう言った。
そして更に、
「私の周りに集まる女の子は、そんな私の気持ちに同調しているのではないかしら?」
すると、神城が抗議の声を上げた。「伊澄さん、ふざけないでっ!」
「だったら、どうして、奈々があんな目に遭うのよ」
そして、
「奈々の成績が下がったり、体が異常に柔らかくなったり。何の罪もない奈々がどうしてあんな状態になったりするのよ」
神城は、今まで溜まっていたものを吐き出すように大きく言った。
神城の言う通りだ。
伊澄瑠璃子の姉妹の身の上話は、同情されるべきものだ。
しかし、その話は、僕たちが幽霊屋敷内で体験したこと、伊澄さんの取り巻きの二人が血を吸われたこと。僕や君島さんが吸血人化したことと、何の関係があるというのだ。
それに急務なのは、松村や佐々木奈々の「あれ」を取り除いてもらいたいのだ。そもそもここに来た理由はそれだ。神城の苛立つ気持ちがよくわかる。
だが、もし、伊澄瑠璃子の身の上話と吸血人の事件が繋がっているとしたら、
この場における僕たちと、伊澄瑠璃子の話した強姦事件が、どこかで密接に繋がっているとしたら。
それは、一体・・この話のどの箇所なのだ?
神城に続いて、言葉を発したのは、渡辺さんだった。
「まあまあ、君たち。伊澄さんの話は、すごく興味深いよ」
そう言って渡辺さんは、
「でも、君たちが知りたいのは、君たちのお友達の体から『あいつ』をどうやったら、取り除けるのか、だよね?」と言った。
神城が「そうですよ」と言った。君島さんは「私、どうでもいいわ」と小さく言った。
ずるっ、ずるっ・・
何かが這っている音がする。さっきより迫っている感がある。
しかし、部屋の中を見ても何もない。神城も君島さんも何も言わない。僕が異常なまでに神経を尖らせているせいなのか。
ここは屋敷内と違って、狭い部屋の中だ。何かが潜むような場所もない。「あれ」がいたら、すぐにわかるはずだ。
仮に、何かがいるとしたら、それは外だ。しかし、外には平屋の住人がいる。数人の老人たちがたむろしていた。そんな所を自立歩行型の「あれ」が這うはずもない。
心臓の鼓動が高まる。柱時計の振り子のリズムが遅くなっているような気がする。
いや、確かに遅い。この部屋の中の時間が、ゆっくりと流れている。
気づかないほどの遅さだ。
心臓の高まりに反比例して、時間が遅くなっていく。そう感じた。
渡辺さんは話し続ける。
「その事件を機に、君を性的な目で見る人間は、周囲から消えた。そういうことだよね」
「ええ」伊澄さんは頷く。
「けれど、君たち、つまり、君と、その家族はこの町を去り、再び、この町に戻ってきた」
「ええ、そうよ」
伊澄瑠璃子は少し笑みを浮かべている。
「どうしてだろうね。この町は君にとっては、イヤな思い出しかない町だ。そんな場所にどうして戻って来たんだい?」
伊澄瑠璃子は黙っている。しかし、その顔を見てみると、渡辺さんの質問に答えられないのではなく、敢えて口を閉ざしているように思えた。
渡辺さんにどんどん話をさせている。そんな感じだ。
すると、渡辺さんは、
「君のお姉さんが引き寄せたんじゃないかな」
唐突にそう言った。
「ちょっと、渡辺さん、変なことを言わないでください」神城が「不謹慎ですよ」とでも言いたげに言うと、
君島さんが渡辺さんを指し「この人、最初から変だから」と言った。
君島さんがそう言っても、渡辺さんは、僕たちが体験した出来事を唯一理解してくれる大人だ。貴重な存在でもある。
ずるっ、ずるっ、這う音が近い。
ごつごつ・・いや、這う音ではない、何かを引き摺りながら歩いているような音だ。
自立歩行型の「あれ」ではないのか?
人間なのか?
「君のお姉さんは、まだ山の中にいるかもしれない」
渡辺さんが続けて意味不明のことを言った。
「まだ生きているかもしれない」
そう言った渡辺さんに神城が「渡辺さん、さっきからおかしいですよ」と制した。
「渡辺さん、良くご存知ですね」
伊澄瑠璃子がようやく口を開いた。だが、その言葉も意味が分からない。
まるで渡辺さんのおかしな言葉を肯定するように聞こえる。
「少し調べたんだよ。この町の事を、そして、当然、君のことも調べた」
渡辺さんはそう言った。そして更に、
「この町の伝説になっている。骨のない人間の話。いや、骨が柔らかい人間の話だったかな。そんなことまで調べたよ。君に関係があるんじゃないか、と思ってね」と言った。
伊澄瑠璃子の話に疑いの目を向ける君島さんに、
「私は、姉を傷つけた者が憎い。同様に、醜い心を持つ人間が嫌い・・それだけよ」伊澄瑠璃子はそう言った。
そして更に、
「私の周りに集まる女の子は、そんな私の気持ちに同調しているのではないかしら?」
すると、神城が抗議の声を上げた。「伊澄さん、ふざけないでっ!」
「だったら、どうして、奈々があんな目に遭うのよ」
そして、
「奈々の成績が下がったり、体が異常に柔らかくなったり。何の罪もない奈々がどうしてあんな状態になったりするのよ」
神城は、今まで溜まっていたものを吐き出すように大きく言った。
神城の言う通りだ。
伊澄瑠璃子の姉妹の身の上話は、同情されるべきものだ。
しかし、その話は、僕たちが幽霊屋敷内で体験したこと、伊澄さんの取り巻きの二人が血を吸われたこと。僕や君島さんが吸血人化したことと、何の関係があるというのだ。
それに急務なのは、松村や佐々木奈々の「あれ」を取り除いてもらいたいのだ。そもそもここに来た理由はそれだ。神城の苛立つ気持ちがよくわかる。
だが、もし、伊澄瑠璃子の身の上話と吸血人の事件が繋がっているとしたら、
この場における僕たちと、伊澄瑠璃子の話した強姦事件が、どこかで密接に繋がっているとしたら。
それは、一体・・この話のどの箇所なのだ?
神城に続いて、言葉を発したのは、渡辺さんだった。
「まあまあ、君たち。伊澄さんの話は、すごく興味深いよ」
そう言って渡辺さんは、
「でも、君たちが知りたいのは、君たちのお友達の体から『あいつ』をどうやったら、取り除けるのか、だよね?」と言った。
神城が「そうですよ」と言った。君島さんは「私、どうでもいいわ」と小さく言った。
ずるっ、ずるっ・・
何かが這っている音がする。さっきより迫っている感がある。
しかし、部屋の中を見ても何もない。神城も君島さんも何も言わない。僕が異常なまでに神経を尖らせているせいなのか。
ここは屋敷内と違って、狭い部屋の中だ。何かが潜むような場所もない。「あれ」がいたら、すぐにわかるはずだ。
仮に、何かがいるとしたら、それは外だ。しかし、外には平屋の住人がいる。数人の老人たちがたむろしていた。そんな所を自立歩行型の「あれ」が這うはずもない。
心臓の鼓動が高まる。柱時計の振り子のリズムが遅くなっているような気がする。
いや、確かに遅い。この部屋の中の時間が、ゆっくりと流れている。
気づかないほどの遅さだ。
心臓の高まりに反比例して、時間が遅くなっていく。そう感じた。
渡辺さんは話し続ける。
「その事件を機に、君を性的な目で見る人間は、周囲から消えた。そういうことだよね」
「ええ」伊澄さんは頷く。
「けれど、君たち、つまり、君と、その家族はこの町を去り、再び、この町に戻ってきた」
「ええ、そうよ」
伊澄瑠璃子は少し笑みを浮かべている。
「どうしてだろうね。この町は君にとっては、イヤな思い出しかない町だ。そんな場所にどうして戻って来たんだい?」
伊澄瑠璃子は黙っている。しかし、その顔を見てみると、渡辺さんの質問に答えられないのではなく、敢えて口を閉ざしているように思えた。
渡辺さんにどんどん話をさせている。そんな感じだ。
すると、渡辺さんは、
「君のお姉さんが引き寄せたんじゃないかな」
唐突にそう言った。
「ちょっと、渡辺さん、変なことを言わないでください」神城が「不謹慎ですよ」とでも言いたげに言うと、
君島さんが渡辺さんを指し「この人、最初から変だから」と言った。
君島さんがそう言っても、渡辺さんは、僕たちが体験した出来事を唯一理解してくれる大人だ。貴重な存在でもある。
ずるっ、ずるっ、這う音が近い。
ごつごつ・・いや、這う音ではない、何かを引き摺りながら歩いているような音だ。
自立歩行型の「あれ」ではないのか?
人間なのか?
「君のお姉さんは、まだ山の中にいるかもしれない」
渡辺さんが続けて意味不明のことを言った。
「まだ生きているかもしれない」
そう言った渡辺さんに神城が「渡辺さん、さっきからおかしいですよ」と制した。
「渡辺さん、良くご存知ですね」
伊澄瑠璃子がようやく口を開いた。だが、その言葉も意味が分からない。
まるで渡辺さんのおかしな言葉を肯定するように聞こえる。
「少し調べたんだよ。この町の事を、そして、当然、君のことも調べた」
渡辺さんはそう言った。そして更に、
「この町の伝説になっている。骨のない人間の話。いや、骨が柔らかい人間の話だったかな。そんなことまで調べたよ。君に関係があるんじゃないか、と思ってね」と言った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕のみる世界
雪原 秋冬
ホラー
学校の七不思議である「イザナイさん」をきっかけに、日常の歯車が狂いだす。
あるいは、元々おかしかった世界を自覚していくだけなのかもしれない。
---
アドベンチャーゲーム用に考えていた話を小説化したものなので、小説内の描写以外にも道は存在しています。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
初恋フィギュアドール
小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。
主な登場人物
井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン
島本由美子 ・ ・・41歳 独身
フィギュアドール・・・イズミ
植村コウイチ ・・・主人公の友人
植村ルミ子・・・・ 母親ドール
サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール
エレナ・・・・・・ 国産A型ドール
ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール
如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
時々、僕は透明になる
小原ききょう
青春
影の薄い僕と、7人の個性的、異能力な美少女たちとの間に繰り広げられる恋物語。
影の薄い僕はある日透明化した。
それは勉強中や授業中だったり、またデート中だったり、いつも突然だった。
原因が何なのか・・透明化できるのは僕だけなのか?
そして、僕の姿が見える人間と、見えない人間がいることを知る。その中間・・僕の姿が半透明に見える人間も・・その理由は?
もう一人の透明化できる人間の悲しく、切ない秘密を知った時、僕は・・
文芸サークルに入部した僕は、三角関係・・七角関係へと・・恋物語の渦中に入っていく。
時々、透明化する少女。
時々、人の思念が見える少女。
時々、人格乖離する少女。
ラブコメ的要素もありますが、
回想シーン等では暗く、挫折、鬱屈した青春に、
圧倒的な初恋、重い愛が描かれます。
(登場人物)
鈴木道雄・・主人公の男子高校生(2年2組)
鈴木ナミ・・妹(中学2年生)
水沢純子・・教室の窓際に座る初恋の女の子
加藤ゆかり・・左横に座るスポーツ万能女子
速水沙織・・後ろの席に座る眼鏡の文学女子 文芸サークル部長
小清水沙希・・最後尾に座る女の子 文芸サークル部員
青山灯里・・文芸サークル部員、孤高の高校3年生
石上純子・・中学3年の時の女子生徒
池永かおり・・文芸サークルの顧問、マドンナ先生
「本山中学」
紺青の鬼
砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。
千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。
全3編、連作になっています。
江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。
幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。
この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。
其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬
──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。
その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。
其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉
──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。
その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。
その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。
ワールドミキシング
天野ハザマ
ホラー
空想好きの少年「遠竹瑞貴」はある日、ダストワールドと呼ばれる別の世界に迷い込んだ。
此処ではない世界を想像していた瑞貴が出会ったのは、赤マントを名乗る少女。
そして、二つの世界を繋ぎ混ぜ合わせる力の目覚めだった……。
【表紙・挿絵は「こころ」様に描いていただいております。ありがとうございます!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる