血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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伊澄瑠璃子が憎むもの②

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 伊澄瑠璃子は、静かに「何でも訊いてください」と言った。
 さっそく渡辺さんが何かを言おうとすると、
 それを遮るように君島さんが口を切った。
「ねえ、伊澄さん」
 君島さんがきつい口調で声をかけると、伊澄瑠璃子は素直に「はい」と言って、聞く姿勢を見せた。
「ねえ、伊澄さんは、どうやって、クラスの女子を手なずけているのよ!」
 この場に相応しくない質問が飛び出した。
 君島さんは、吸血鬼問題より、自分が高嶺の花の座を奪われたことの方が、関心があったようだ。僕とは全く違う。
 やはり、ここに来た目的は人それぞれなのかもしれない。
 そんな君島さんの場違いの質問に、
「それについては・・」と言って、僕の方を向いて、
「屑木くんが、ご存知なのでは?」と冷ややかに言った。
 その言葉に残り三人が僕を見る。
「催眠のことか?」
 伊澄瑠璃子は、結界に守られ、その上、催眠を使い他人を自分の配下のように操る。
 だが、それは僕の憶測なのか?
「サイミン?」
 私は知らない、何の事? とでも言いたげな顔だ。
 切れ長の瞳のその奥。何を考えているのか、わからない。
 心の読めない伊澄瑠璃子は、暫く沈思した後、こう言った。
「もし、屑木くんの言う催眠のようなものがあるとしたら、それはこの町の人達のみんながかかっているのではないでしょうか」
 その抽象的な言葉に激怒したのは神城だ。
「伊澄さん、話をはぐらかさないで! 君島さんが訊きたいのは・・」と言いかけると、その後に続けるように君島さんが、
「私が訊きたいのは、どうして、あなたの周りには配下のような女子がいるのか、って言うことよ!」と言った。 二人の口調が妙に合った。
 渡辺さんが「まあまあ、彼女の話を聞こうじゃないか」と二人をなだめた。

 伊澄瑠璃子は、そんな二人の顔を微笑ましく見比べ、
「それは、私の外見だけを見られて、寄って来られるのではないでしょうか?」と言った。
 絶対に嘘だ。その場しのぎの嘘だ。
「それって、私に対する嫌味?」すぐに君島律子が突っ込む。よほど伊澄さんのことが嫌いなようだ。
 そう言った君島さんに、伊澄さんは「いえ」と首を振り、
「どうも私は、人を引き寄せてしまうところがあるようです」と言った。
「やっぱり、嫌味じゃないの」君島さんが繰り返し言った。
 そんな君島さんに、
「いえ、君島さんが言うような意味ではありません」と強く返した。その声に君島さんも神城も黙った。渡辺さんはさっきから口を開かない。
 
「私は、幼い頃、周囲によく人が集まってくるのを感じていました。私は、他の女の子よりも、人を呼び寄せてしまう。そんな女の子だったようです」
 それは特別な体質なのか? それとも、それ以上の何かなのか。
「何も知らない幼い私は、そういうものだ思っていました」
 いつもの伊澄瑠璃子の冷やかな瞳が僅かに潤んでいるよう見えた。
 そんな目を僕たちに向けながら伊澄瑠璃子は更に話を続けた。
「けれど、集まってくる人たちは良い人ばかりとは限りません。その中には邪心を抱いて寄ってくる者もいました」
 伊澄瑠璃子の表情を伺った神城が、
「もしかして、それって、男性?」と問うた。
「ええ、そうです。男です。体の中の欲望を解放しようとする男です」
 男が無垢な少女に向ける欲望。確かに醜い。
 しかし、それが吸血鬼化の話とどういう関係がある?
 それに、それは伊澄さんが何歳の頃の話なんだ? 幼い頃、と言っていたが。
「私が10歳の頃のことです」
「10歳!」神城が呆れた声を出す。渡辺さんは興味が出たのか、身を乗り出す。
 君島さんは「私には関係ない話だわ」という顔をしている。

 その時、
 醜いものは嫌いだ・・
 伊澄瑠璃子のいつもの心象風景が、心の中に飛び込んできた。

 神城が恐る恐る、「それで、伊澄さんは何かされたの?」と尋ねた。
 返ってくる返事が分かり過ぎて切ない。
 しかし、伊澄瑠璃子はこう言った。
「いえ、私は何もされませんでした」
 神城は、ほっとしたような声を出した。しかし、
 その言葉に違和感があった。伊澄瑠璃子は「私は・・」と言った。

 すると渡辺さんが、「ひょっとすると、君以外に、誰か性的虐待を受けた人がいたのかい?」と言った。
 伊澄瑠璃子の表情が翳った。
「そのようなことを、されたのは、私の姉です」
 伊澄瑠璃子の姉?
 伊澄瑠璃子の言葉から、この話をしたくない。本当は隠していたい。そんな心情が伺えた。けれど、彼女は語っている。どうして、このような話を僕たちにするのだろう。

 神城が、「伊澄さんのお姉さんが?」と驚き、「というか、伊澄さん、お姉さんがいたの?」と訊いた。
 伊澄瑠璃子は静かに答えた。
「ええ、男の人に、淫らな事をされたのは、私ではなく、姉の方です」
 そう言って顔を伏せた。

 ふと気がつくと、僕の横で渡辺さんがイラついているのがわかった。
 伊澄瑠璃子の身の上話が進むにつれ、イライラが増しているように見える。渡辺さんの知りたいこと、それは何だ。記者としての好奇心だけではないのか?
 そんな渡辺さんに対して僕と神城は伊澄瑠璃子の過去の話に耳を傾けた。
 部屋の中に、時計の振り子と伊澄瑠璃子の声だけが響く。

「私たちは、大変よく似た姉妹でした。年は二つほど違うのに、まるで双子のように見える二人だったようです。それに仲もよかった」
「お姉さんも伊澄さんに似て綺麗なんでしょうね」神城が言った。君島さんは「そんな話は聞きたくもない」という姿勢を維持している。

 僕は「伊澄さんもお姉さんも、人を引き寄せるようなものを持っていた、そういうことなのか?」と訊いた。
 その質問に対して、
「いえ、人を惹きつけたのは、私の方だけだったようです」と答えた。

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