血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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約束

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◆約束

 その後、君島さんが「口が気持ち悪いわ」と言って、うがいをしに教室を出て、
 トイレから戻ってきたかと思うと、大胆不敵にも伊澄瑠璃子の席に行き、
「伊澄さん。女子の私にキスをするなんて、どういうことですの!」と抗議した。「どうかしてますわ」
 君島律子の猛抗議に伊澄瑠璃子は、口に手を当て「まあっ。私、そんなことを?」と返した。白々しく答える彼女に、
「さっきのことを忘れたんですの?」と更に詰め寄った。
 まずいな。と僕は思い、伊澄さんの席に駆け寄り、「君島さん。もういいじゃないか。終わったことだし」となだめた。
 だが、君島さんの怒りは治まらないらしく、
「屑木くんは、意に反する人にキスをされて黙っていろ、と言うんですの?」と強く言った。
「いや、そんなわけじゃないが、今回は良しとしてくれ」
 僕の顔に免じて、という風に、君島さんをなだめていると、
 急に伊澄瑠璃子が椅子を引いて立ち上がった。
 僕も君島さんも、伊澄瑠璃子が何をするのかと、一瞬びくっとしたが、
 伊澄さんは、ぺこりと頭を下げ、
「君島さん、さっきはごめんなさい。謝るわ」
と先ほどの行為を認めるように言った。長い黒髪が、はらりと垂れた。
 拍子抜けした君島さんは「わ、わかってくれたのなら、別にかまいませんわ」と返した。
 さきほどの不気味な彼女はどこへ行ったのか。それに取り巻きの二人も寄ってこない。
 それとも、それは伊澄瑠璃子の指令なのか。

 君島さんは、その場を離れると、
「全くっ、私のキスの相手は、屑木くん、一人なのに」とぶつぶつ言っている。
 二人で神城と佐々木のいるところに戻ると、神城が、
「伊澄さん。謝っていたみたいじゃない」と安心したように言った。
 どうやら、今度は、一般人の神城にそう見えていたようだ。結界はない。
 いずれにせよ、君島さんの気は鎮まったようだ。

そんな君島さんの様子を見ている佐々木奈々に僕は訊いた。
「なあ、佐々木。さっき、『伊澄さんの血を吸うように』って言ったじゃないか。あれはどういう意味なんだ?」
 佐々木は僕を見て、
「私にも、よくわからないんですよ。気がついたら、そんなことを叫んでいて」と言った。「それに、誰かにそう言うように言われたような気もするんです」
 どういうことだ? 自分の意思とは関係なく口に出していたのか。
 よくわからないが、
「彼女の血を吸うと、何かが変わるのか?」
「わかりません」と佐々木は応えた。
 そんな会話を佐々木としていると、神城が「屑木くん」と、僕の体をちょんちょんと小突いた。
「なんだ? 神城」と尋ねると、
 神城が僕の後ろを小さく指差している。
「う・し・ろ」神城が強く言った。
 その言葉通り振り返ると、そこに伊澄瑠璃子の眉目秀麗な顔があった。
「わっ、びっくりした」と思わず退くと、
 伊澄瑠璃子はクスリと口元に手を当て微笑み、
「屑木くん、おおげさですね」と言った。
 いや、いきなり真後ろに立たれたら、誰でもびっくりするぞ。その容姿は恐怖以外の何ものでもない。
 それに、伊澄瑠璃子は、さっきまで僕の中に「あれ」を入れようとしていたではないか。

 僕が「なにか用か?」と尋ねる前に、
「何の用ですの? もうお話は終わったでしょう?」君島律子が再び神経を尖らせる。
 神城も眉をしかめている。
 佐々木奈々は、何か命令されると思っているのか、怯えているようだ。

「一度、みなさんとごゆっくりお話ができたらと思っているのよ」
 僕たちと話を?
 どういった風の吹き回しだ。
 だが、その言葉を無視するように神城が伊澄瑠璃子に向き合った。
「ねえ、伊澄さん」
「何でしょうか?」
「あなた、奈々を元に戻せるんでしょう?」
「ああ、そう言えば、先ほど、屑木くんも同じようなことを言っていましたわね」

 伊澄瑠璃子は、二人の内の一人はもう遅い。そう言っていた。
 それは、佐々木と松村のどちらなのか。
 順番を考えれば、先に「あれ」を入れられた松村の方だろう。

 そして、長い昼休みが終わりを告げた。

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