血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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間にあう者と、そうでない者

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◆間にあう者と、そうでない者

 よかった。
 君島さんの体には、まだ「あれ」が入っていない。
 そして、今から気をつけることはただ一つ。
 伊澄瑠璃子と目を合わせてはいけない。目を合わせば体が動かなくなる。
 だが、彼女は僕の方を見ようと首をぐいぐいと動かす。僕は彼女が振り向けないようにその首を押さえ込んだ。

 侍女の白山と黒崎が声を仲良く合わせて、
「伊澄さんに何をするのっ!」と叫んだ。
 そんな二人に君島さんが「うるさいわねっ、金魚のフン女!」と叱咤した。
 そして、再び君島さんに襲いかかろうとする二人を交互に平手打ちした。
 君島さん、すごい!

 そんな光景を見ながら僕は、伊澄瑠璃子の首筋に歯を当てた。彼女の体温が伝わる。それは人間の温度だ。
 首を動かせないように渾身の力を腕に込める。
「ううっ」伊澄瑠璃子は首をガクガクと震わせるように動かす。
 彼女の体に血が流れているのか、どうかわからない。
 けれど、佐々木奈々は「伊澄さんの血を吸って」と言った。
 それで何かが変わるのならば・・やるしかない!

 かりっ・・僕は伊澄瑠璃子の白い肌を噛んだ。
 その瞬間、
「やめてくれっ」
 男子生徒の声が結界の中に入り込んできた。
「伊澄さんの血を吸うなっ!」
 そう言って僕の肩を掴んだのは、松村だ。
 松村、どういうことだ?
「おいっ、松村。何をするんだ!」
 あとちょっとで、伊澄瑠璃子の血を吸えるところだったのに。それを、松村は遮った。

 だが、そんな松村に対する怒りが僅かな隙を作ってしまった。
 僕の後ろにいる伊澄瑠璃子の存在を忘れていた。
 僕の背中に温もりを感じた。彼女の体温だ。
 今度こそ、「あれ」を入れられる。
 その後ろで「屑木くん」と大声を出す君島さんを取り巻き二人が抑え込んでいる。
 そんな中、伊澄瑠璃子は、
「うふっ」と笑みを洩らし、
「あなたは、面白いわね」と耳元で囁くように言った。

 そして次の瞬間、ふーっ、と気が遠のくような感じがしたかと思うと、教室内の喧噪が耳に飛び込んできた。
 伊澄瑠璃子の結界が解かれたのだ。
 教室のいつもの日常が戻った。
 見ると、伊澄瑠璃子は何ごともなかったように、教壇に向かって座って文庫本を読んでいる。
 取り巻きの白山と黒崎は、少し離れた席で談笑している。
 僕の腕に、君島律子が腕を回してべったりと寄り添って「一体、さっきの何だったんですの?」と狐につままれたような顔をしている、
 そんな僕と君島さんは少し浮いた存在となっていた。
 そのまま二人で元の席に戻ると、
「お二人は、そんな仲になっていたんですね」佐々木奈々が冷やかすように言って寄って来た。
 僕は慌てて君島さんの手を振り解いた。
 佐々木は続けて「涼子ちゃんが妬きますよ」と笑った。
「ちょっと、奈々。私は別に」
 佐々木の横に頬を赤らめた委員長の神城涼子がいる。
 まるっきし、いつもの日常だ。
 だが、佐々木奈々の顏の中心ががらんどうに見える。
「ねえ、屑木くん。さっきは、伊澄さんの席に言って何を話していたの?」神城が不思議そうに訊いた。
「神城には、僕と伊澄さんと取り巻き連中がもみ合っていたのが見えなかったのか?」
 
「え、もみ合っていたの? みんなで仲良く話していたのかと思ったわ」
「そんなわけないだろ!」
 神城は「そんな大きな声を出さなくても」と言って「何があったの? 聞かせて」と訊いた。
 僕が経緯を説明すると神城は「信じられない」と言った。

それより、
「佐々木、松村はどこだ?」と佐々木に訊いた。佐々木の言う通り伊澄瑠璃子の血を吸おうとしたところを松村に妨害された。
 佐々木は少し悲しそうな顔を見せ、
「もう松村くんは、伊澄さんのものみたい」と応えた。
「どういうことだ?」
「さっきの松村くんを見たでしょ? あれは、伊澄さんの命令で動いているの」
 伊澄瑠璃子が、僕をのけるように松村に指示をしたっていうのか。 
 もう松村には自分の意思がない。彼女の言いなりだ。
「佐々木は、まだなのか?」まだ間に合うのか?

 僕の小さな声の質問に佐々木は、「うん」と頷き、
「まだ自分の意思があるから」と言った。
 佐々木は続けて、「私には伊澄さんの声は聞こえなかった」とはっきりと言った。

そんな切ない話を傍で聞いていた神城涼子が、
「ねえ、屑木くん。奈々を元の体に戻せないの?」と言った。
 僕が答えないでいると、神城は、「私、つらいの。いつもの奈々じゃない顔を見るのが」と言った。
 僕だって辛い。誰だって親友の顏に穴が開いているのを見たくはない。

 そう言った神城に、君島律子が、「佐々木さんのことなんて、屑木くんとは関係ありませんわ」と他人事のように強く言った。
 僕は声を落とし、「いや、君島さん。それは違うよ」と言った。「君島さんが僕のせいで吸血鬼になったように、佐々木がこんな風になったのは、僕のせいなんだ」
 そう言った僕に「あら、私はこうなって嬉しいんですけど」と言った。
 そんな君島さんを見て佐々木が、
「血を吸われると、こうなるんですよねえ」と苦笑いした。
 佐々木の言う通り、君島律子は僕にべったりだ。

 いずれにせよ、僕が悪い。
 だから、僕は考えた。ずっと深く考えた。そして、
「なあ、神城、佐々木」と呼びかけた。そして、君島さんの顏も見ながら、
「伊澄さんに教室で話しかけるのは、無理だ。変な結界が敷かれるし、目障りな取り巻きの黒崎と白山がいる」と言った。
「確かにそうね。松村くんもそうだけど、あの金魚のフンたちがいたら、話せるものも話せないわね」と神城は同意した。
「やっぱり、あの二人は金魚のフン的女よね。ほんと、気に入らないですわ」
 君島律子が神城の「金魚のフン」という言葉に強く同意した。
 そんな君島さんを神城は軽く無視して、
「だったら、いつ話すの? 伊澄さんと」と言った。
 そして、神城は待ってられないように「昼休み、まだ時間があるから、私が伊澄さんに頼み込んでこようか? 奈々を元に戻してあげてって」と言った。
 神城は伊澄さんの力を知らない。
「もう休み時間はダメだ。金魚のフンがいるし」と応えた。
「じゃあ、いつ話すっていうの?」苛立つ神城が訊いた。
「放課後だ」と僕は言った。「と言っても、学校じゃない。伊澄さんの家だ」

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