血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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君島律子の欲望②

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  そう言った松村は佐々木を抱き上げ、広間の闇の向こうにある螺旋階段に向かった。
「おい、松村!」
 呼んでも松村は振り返らない。
 松村は佐々木を抱えたまま、二階に上がるつもりだ。止めないと・・
 松村は佐々木に何をするかわからない。
 そう思って、松村の方に向かおうとすると、ぐいと僕を掴む手がある。
 君島律子だ。
「屑木くん、あの二人は放っておいて、外に出ましょう」
「君島さん、悪い。僕は佐々木をあのままにしておくわけにはいかないんだ」
「佐々木さんには、松村くんがいるじゃない」
「佐々木は、友達なんだよ」
「友達?」
 君島律子はそう復唱した後、
「だったら、私が屑木くんの友達以上になってあげるわ」と大きく言った。
 ・・友達以上?
 僕が疑問に思った時には、君島律子は僕の体にきつく絡みついていた。更に君島さんの両腕が僕の首に回された。
「君島さ・・んっ」
 そう言おうとした僕の声は、君島律子の熱い唇によって塞がれていた。
 それは、僕の初めてのキスだった。
 
 かつて、父に聞いたことがある。
 人間は危ない目に出くわした時、恋愛感情がなかった二人に、疑似恋愛のようなものが生まれることがある・・と。
 今が、その状況なのだろうか?
 それとも、君島さん自身が何らかの催眠に陥っているのだろうか?

 君島さんの唇から解放された後、互いの体が緩んだ。
 僕の体に性的欲望が生じる・・そう思っていたが、どうも状況が違ったようだ。
 欲望を封じ込め続けていた力の神経が、プツンと切れた。

「屑木くん・・どうしたの?」
 君島さんの顔に怯えたような表情が浮かぶ。
「どうしたのって?」僕が君島さんに尋ねる。
「顔が怖い・・」君島さんが小さく言った。

「だろうな・・顔が怖くて当然だ」と僕は応えた。
 だって、血を吸いたくてしょうがないからだ。
 もう止めようがない。
 景子さんの血を吸った後、一時的に治まっていた衝動が、さっきのキスで一気に噴き上がった。
 君島さんが僕の欲望に火を点けたんだよ。

 ・・君が悪い。
 丁度、僕と君島さんの体勢は、僕が血を吸うのに最適の格好だ。

 僕は君島さんの体をぐいと引き寄せた。
「あっ」君島さんのか細い声が聞こえたような気がしたが、どうでもよかった。
 僕の歯は、君島律子の喉元に当てられた。
 ・・その時、気がついた。
 君島律子は、僕のしようとしていることを許しているのか、
 僕にされるがままになっている。
 これが、つまり催眠だ。
 血への衝動は、こんな風に自然と相手を催眠状態に陥れてしまう。

 君島律子の柔らかな皮膚に歯を立てると、「ひいっ」と正気に戻ったような声を発したが、もう止めようがない。
 僕の歯は、彼女の喉に綺麗に穴を開けていた。そして、噴き出す血を受け止めながら吸い上げていった。君島律子の足が爪先立つ。
 満たされる・・充足感。
 抑えていた衝動を解放すると、こんなにも気持ちがいいものなのだろうか。
 徐々に君島さんの体から力が抜けて、僕の体に寄り添うように更に密着していく。
 そんな君島さんは僕の体に、その全てを委ねているように思えた。

 だが、まだそんなに血は吸っていない。もっと吸いたい。
 その時の僕は、佐々木奈々や松村のことなど忘れていた。

 ・・そう思った時、
 君島さんの首が僕の口から勢いよく離れた。
「えっ」
 君島律子が僕と向かい合った。
 パンッ!
 僕の頬を強烈な痛みが襲った。
 君島律子の平手打ちだった。すごい剣幕、いきり立った表情。
 こんなに怒っている女性の顔を見たのは初めてだ。
 同時に、こんなに平手打ちの似合う女の子を他に僕は知らない。

「ちょっと、何するのよ!」
 君島律子がは首筋を手で押さえながら叫んだ。その手に血が伝っている。
「ひどいっ!」
 君島律子が元の様子に戻るのと同時に、僕も我に返った。
 
 ああ、そういうことか・・
 僕は、まだ完全な吸血鬼ではなかったんだ。
 欲望も中途半端だし、催眠の効果も短かった。
 君島さんは、僕が血を吸う途中で正気に返ったのだ。

「君島さん・・ごめん」僕はしきりに謝った。「僕は、どうかしていたんだ」
 僕が吸血鬼もどきであることは隠さなければならない。
 ・・いや、違う。
 隠すことなんてできない。
 なぜなら、
 君島律子も、僕の仲間入りをするからだ。

 伊澄瑠璃子が転校してくる前まで、
 クラスの高嶺の花的存在だった君島律子は、
 僕と同じ半吸血鬼になる。

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