血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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鏡に映ったもの②

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 なぜ、わかる? 伊澄瑠璃子に何かを入れてもらっていないこと。僕が少量なりとも血を吸われたことが、なぜわかるんだ!
 僕の数々の疑問に答えるように吉田女医は「うふふっ」と微笑み、
「顔を見れば、わかるのよ・・」と言った。
「顔ですか・・僕の顔・・そんな顔をしているんですか?」
「もちろん、あなたのお母さんや、血を吸われていないお友達が屑木くんの顔を見ても、何もわからないわよ・・でもねえ、私たちにはわかるのよ」
「私たち?」
 よくわからない・・そんな僕の顔を伺い、吉田女医は更に体を寄せてきて、
「屑木くんは、今までに、血を吸われた人間の顔を見たことがあるでしょ・・ほら、あの体育の大崎先生の顔とか」
 吉田女医の組んだ脚のヒールのつま先が、僕のふくらはぎにコツコツと当たる。
 まるで僕の体をもてあそびたいかのようだ。

「あ、あのことですか・・顔が変に見えることですか?」
「変に?」吉田女医は僕の言い方に解せない顔を浮かべ、
「変、じゃないでしょ・・顔に穴が空いている・・でしょ?」と訂正した。
 僕は吉田女医の迫力に、たじろぎながら、
「でも・・吉田先生の顔は・・」
 そう・・松村や、体育の大崎、白山あかねたちの顔は目を細めて見ると、顔の中心に穴が空いているように見える。
 しかし・・吉田女医の顔は、そうは見えない。
 だが、僕は見ている・・吉田女医の鏡に映った顔を・・
 あの顔は確かに・・

「いろんなタイプがあるのよ」と、吉田女医は言った。
「タイプ・・ですか?」
「そう・・タイプよ」吉田女医はそう繰り返し、
「人間は不完全な生き物なのよ・・」と言った。
「不完全?」
「そう・・不完全」と、また吉田女医は復唱し、
「私たち、人間は武器を持たないのよ・・ほら、いろんな生物は身を守るための術や、敵を攻撃する武器を持っているでしょう」
「はあ・・」言っている意味がよくわからない。
「熊はあの腕力に牙・・大きな牙を持つ動物は多いわよねえ・・他には、毒を持つ昆虫や爬虫類もたくさん世の中には溢れ返っているわ・・・けれど、人間には牙も、毒もない」
「そうですね・・人間にはそんなものはないし、必要でもない・・多分、それは人間が優れた知能を備えているからだと思います」
 僕がそう対抗するように言うと、吉田女医は冷やかに笑い、
「頭脳だけで、他の生物に対抗するのは、限界ってものがあるのよ」と言った。
「けれど・・他の動物に対抗することなんて・・ないじゃないですか?」
 と言葉を返すと、
 吉田先生は、
「あら、そう?」と笑って、
 更に僕の方に体を寄せてきた。
 ムンと匂い立つような香りが僕の周りに広がる。
 そして、「うふふっ」と息がかかるような位置で、
「これを見てもそんなことが言えるかしら?」
 と言って、吉田女医は赤い口紅で彩られた口を開けた。
 当然、口の中には、歯があり、舌がある。
 僕の目は、その中の異常に吸い寄せられた・・
 ・・歯が、伸びてきたのだ。いや、もう歯とは呼べないもの、
 それは、鋭利な刃物のような「牙」だった。
「ほら、これが私の武器よ・・いいでしょう?」吉田女医はそう言って不気味な笑みを浮かべた。

 僕は慌てて、
「血を・・血を吸われて、伊澄さんに体の中に何かを入れてもらった人は、血を吸わないんじゃ・・」としどろもどろに言った。
「あ~ら・・誰がそんなことを言ったのかしら?」
 違うのか・・
「私の場合・・この体を維持していくのは、けっこうなエネルギーがいるのよね」
 吉田女医はその豊満な体をくねらせながら言った。
 大きな胸が突き出され、体ごと迫ってくる気がした。
 そして、その口・・牙のような歯が、はみ出ている。その剣先のような歯から涎のような液体が糸を引き、垂れ出した。
 吉田女医は舌を伸ばし、垂れる涎を絡め取った。

「そして、もう一つ・・武器の話とは別に・・タイプの違いの話をしていたわよね」と言って、
 吉田女医は黒のバッグの中から何やら取り出した。
 それはコンパクトだった。彼女はコンパクトをぱかっと開いた。
 片方には鏡がある。

「屑木くん、見てご覧なさい・・これが私の現在の姿よ。顔に穴は開いていないけれど・・」
 そう言って、吉田女医は自分の顔が映るように角度を保ち、僕に差し出した。
 僕は吸い寄せられるように鏡に映る吉田先生の顔を見た。

「うわああっ!」
 僕は叫び声を上げるのと同時に、腰が抜けたようになった。
 支えを失った体は、そのままベンチからずり落ちてしまった。みっともないが、恐怖に耐えられなかった。
 気がつくと、僕は無様にも地面に尻もちをついていた。
 何だったんだ・・さっきの鏡に映った顔は・・
 保健室で見た際には、遠くてよく分からなかったが、
 さっきはまともに見てしまった・吉田女医の顔は、腐って・・ドロドロに溶けていた。
 その肌はどす黒く・・いや、紫色に変色していて、口は歯茎が剥き出していて、目には瞼がなく飛び出ているようだった。
 それはまさしく「腐っている」と呼ぶのに相応しいものだった。 
 あんな顔・・見なきゃよかった・・
 一刻も早くこの場を立ち去りたい。そう思っても、立ち上がれない。

「あら、そんなに私の顔・・ひどかった?」
 上から声がした。僕を見下ろす吉田女医の声だ。
 見上げると、脚を組んだままの吉田女医の太腿が目に入った。
 吉田女医は僕を見下ろしながら、
「これって・・どうしようもないのね」と言った。
 腐った顔のことか?
「でも、人って・・そんなに、鏡を通して私の顔を見たりしないでしょう? だから、まあいいかなあ・・って」
 実際はどうなんだ? 本当に腐っているのか?
 吉田女医は、「ほら」と言って僕に手を差し伸べた。
 僕は吉田女医の手につかまってベンチに座り直した。しばらくは彼女から逃げられない・・そんな気がした。

「あ、あの・・今、僕が見たのは、先生の本当の姿なんですか?」
 僕は吉田女医の方を見ず、俯いたまま尋ねた。
「さあ、どっちでしょうね」
 吉田女医はそう言って「そんなこと、別にどっちでもいいじゃない」と吐き捨てるように言った。「鏡を見なきゃ済む話なんだから」

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