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対峙②
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そして、何かの劇の場面が変わるように、
「ええっ?」と、
いきなり現実的な声が教室に響いた。
上里先生の声だ。どうやら気がついたようだ。
「お、降ろして・・先生は大丈夫よ」
上里先生を担いで、教室を出ようとしたところ、目が覚めたらしい。
そのまま気絶していれば、あの吉田女医のいる保健室に連れて行かれるところだった。
それも、危ない気がする。
男子が用意した椅子に座った先生に、神城が委員長らしく駆け寄り、
「上里先生・・本当に大丈夫なんですか?」と訊いた。「どこか、ぶつけたところがあるんじゃ?」
「え、ええ・・なんとか大丈夫みたい・・」
上里先生は、頭を左右に振った。これまでの記憶を呼び戻そうとしているようだ。
だが、次の問題は僕の感覚の方だった。
吉田女医の信じられないような行為の中で、今まで忘れていた感覚。
それは僕の・・肉を・・肉の中のものを欲する欲望だった。
それは張り詰めた肉の中を駆け巡る血を欲する欲望だ。
上里先生のタイトスカートから伸びた脚・・ストッキングの上からでも、その皮膚の上に毛細血管が見える。
神城のうなじにも目がいく。
そして、近くの佐々木奈々の腕・・
そんなものばかりに目が行き、そこから離れない。その欲望は前より強くなっている。
これでは、まるで、僕も吸血鬼の仲間みたいじゃないか!
僕は、何かを確かめるように首筋に手を当てた。
・・ない!
小さな穴だったが、無くなっている。
近くの鏡で確認しても、やはりない。吉田女医や、松村と同じ現象だ。
念のため・・伊澄瑠璃子の両脇の白山あかねと黒崎みどりも見てみる。
・・やはり、ない。
しかし、穴は絶対にあったはずだ。時間が経つと消えるのか? あるいは消してしまうのか?
まるで、何事もなかったかのように。
様々な疑問が渦巻く中、神城が伊澄瑠璃子の前に進み出た。
「伊澄さん・・さっき、吉田先生に、首の穴が・・って言っていたけど・・どういうこと?」
神城がここぞとばかりに問い詰める。「あれ、どういう意味なの?」
そして、神城は続けて、
「それに・・あの屋敷でも、伊澄さんの行動や言動・・全部、おかしいわよ」とこれまでのことを吐き出すように言った。
神城のきつい問いかけに、腰巾着の一人の黒崎みどりが、
「ちょっと、神城さん・・委員長だからと言って、伊澄さんに失礼よ」と抗議した。
黒崎みどりは、屋敷内で相方の白山あかねに血を吸われていた。
その白山も「そうですわ」と黒崎に同調している。
そして・・その白山あかねの首筋に穴を開け、血を空中に出したのは、いったい誰なんだ?
伊澄瑠璃子が、特殊な能力で血を吸い出したのか?
それとも、あの屋敷内にいた別の何者・・なのか?
すると、伊澄瑠璃子は取り巻きの二人をまあまあと抑えて、
「神城さん・・あなたは何かを勘違いしているようねえ」と言った。
「勘違い・・ですって?」
感情の昂ぶっている神城は、そんな言葉では納得できない様子だ。
「私には、あなたには見えないものが見える・・それだけよ」そう伊澄瑠璃子は淡々と応えた。
首筋の穴のことか?
「それって・・絶対におかしいわよね」と神城がきつく言う。
「正確には・・あなたが見えなくなったものが・・私には見える・・そういうことかしら?」
「ちょっと・・それ、どういうこと?」更にきつく神城は問い質す。
そんな神城を再び取り巻きの二人が、「しつこいですわ」と戒めた。
神城はそんな二人を無視して、「伊澄さん、ちゃんと説明してよ」と言った。
神城の友達の佐々木奈々も前に出て、
「私たち、分からないんですよ・・何が起きているのか、さっきの教室でのこともそうですし」と強く言った。
「私は・・ただ、補っているだけに過ぎないのよ」と伊澄瑠璃子は言った。
「補っている?」佐々木が疑問を呈した。
「ええ・・中身を補っているのよ」
神城が「全然、わかんないんだけど」と憤った。そして僕に「屑木くん。伊澄さんが何を言っているのか、わかる?」と尋ねた。僕は首を左右に振った。
すると、伊澄さんは「うふっ」と笑い。
「人間は・・すぐに中身が欠如してしまうの・・だから、私はその足りないものを補っているに過ぎないのよ」
そう言った途端、何かの雑音のような音がし始めた。
耳を塞ぐ者、音を無視する者がいる中、僕は耳を傾けた。
すると、伊澄瑠璃子の声が二重に聞こえ始めた。くぐもって聞こえる。中性的な声に変化した。
「人間は、不完全な生き物だ・・だから、完全な形を与える・・それだけのことだ」
左右の黒崎と白山は、信仰者のように静かに聞いている。
伊澄瑠璃子のぶ厚い声は続けて、
「そして・・中身の変わった吉田センセイは、勝手に自立歩行を開始した・・」
自立歩行? 中身が変わった?
意味が分からない。
それに、中身を補っている・・という言葉。
思い返してみれば・・
校庭の物置小屋で、伊澄瑠璃子は口を使って、大崎の口の中に何かを入れていた。
同じように、屋敷内で血が噴き出て死んだと思われる白山あかねも伊澄瑠璃子に口を使った交配をされていた。
松村も屋敷の廊下で女性に抱き締められた、そう言っていた。松村はそこからの記憶がない。
松村も口の中に・・いや、体の中に何かを入れられていたのではないだろうか?
・・血を失った者は・・伊澄瑠璃子によって体の中に何かを入れられる。
だったら、僕は・・僕の場合は?
伊澄瑠璃子に何もされていない・・
この教室で今の伊澄瑠璃子の言葉を聞いた者はいったい何人いるのだろうか?
そして、その意味を理解した者は、何人いることだろう。
人は、意味不明の言葉はすぐに忘れてしまう。
けれど、何らかの心当たりがある者は、それを記憶に刻みつける。
そして、僕は思った。
二重に聞こえた伊澄瑠璃子の声は、誰かと同時にしゃべってるのではないだろうか? と・・
だが、そのことについて考える暇もなく、
すっかり回復した上里先生が、
「みんなっ・・とにかく、席を元に戻してちょうだい。教室内がめちゃくちゃだわ」と生徒たちに指示した。「どうして、こんなことに・・私の責任だわ」
上里先生が嘆く中、僕らは協力し合って、教室を元の状態に戻した。
だが、机や椅子は元に戻ることはあっても、
その心や体は元には戻らない。
「ええっ?」と、
いきなり現実的な声が教室に響いた。
上里先生の声だ。どうやら気がついたようだ。
「お、降ろして・・先生は大丈夫よ」
上里先生を担いで、教室を出ようとしたところ、目が覚めたらしい。
そのまま気絶していれば、あの吉田女医のいる保健室に連れて行かれるところだった。
それも、危ない気がする。
男子が用意した椅子に座った先生に、神城が委員長らしく駆け寄り、
「上里先生・・本当に大丈夫なんですか?」と訊いた。「どこか、ぶつけたところがあるんじゃ?」
「え、ええ・・なんとか大丈夫みたい・・」
上里先生は、頭を左右に振った。これまでの記憶を呼び戻そうとしているようだ。
だが、次の問題は僕の感覚の方だった。
吉田女医の信じられないような行為の中で、今まで忘れていた感覚。
それは僕の・・肉を・・肉の中のものを欲する欲望だった。
それは張り詰めた肉の中を駆け巡る血を欲する欲望だ。
上里先生のタイトスカートから伸びた脚・・ストッキングの上からでも、その皮膚の上に毛細血管が見える。
神城のうなじにも目がいく。
そして、近くの佐々木奈々の腕・・
そんなものばかりに目が行き、そこから離れない。その欲望は前より強くなっている。
これでは、まるで、僕も吸血鬼の仲間みたいじゃないか!
僕は、何かを確かめるように首筋に手を当てた。
・・ない!
小さな穴だったが、無くなっている。
近くの鏡で確認しても、やはりない。吉田女医や、松村と同じ現象だ。
念のため・・伊澄瑠璃子の両脇の白山あかねと黒崎みどりも見てみる。
・・やはり、ない。
しかし、穴は絶対にあったはずだ。時間が経つと消えるのか? あるいは消してしまうのか?
まるで、何事もなかったかのように。
様々な疑問が渦巻く中、神城が伊澄瑠璃子の前に進み出た。
「伊澄さん・・さっき、吉田先生に、首の穴が・・って言っていたけど・・どういうこと?」
神城がここぞとばかりに問い詰める。「あれ、どういう意味なの?」
そして、神城は続けて、
「それに・・あの屋敷でも、伊澄さんの行動や言動・・全部、おかしいわよ」とこれまでのことを吐き出すように言った。
神城のきつい問いかけに、腰巾着の一人の黒崎みどりが、
「ちょっと、神城さん・・委員長だからと言って、伊澄さんに失礼よ」と抗議した。
黒崎みどりは、屋敷内で相方の白山あかねに血を吸われていた。
その白山も「そうですわ」と黒崎に同調している。
そして・・その白山あかねの首筋に穴を開け、血を空中に出したのは、いったい誰なんだ?
伊澄瑠璃子が、特殊な能力で血を吸い出したのか?
それとも、あの屋敷内にいた別の何者・・なのか?
すると、伊澄瑠璃子は取り巻きの二人をまあまあと抑えて、
「神城さん・・あなたは何かを勘違いしているようねえ」と言った。
「勘違い・・ですって?」
感情の昂ぶっている神城は、そんな言葉では納得できない様子だ。
「私には、あなたには見えないものが見える・・それだけよ」そう伊澄瑠璃子は淡々と応えた。
首筋の穴のことか?
「それって・・絶対におかしいわよね」と神城がきつく言う。
「正確には・・あなたが見えなくなったものが・・私には見える・・そういうことかしら?」
「ちょっと・・それ、どういうこと?」更にきつく神城は問い質す。
そんな神城を再び取り巻きの二人が、「しつこいですわ」と戒めた。
神城はそんな二人を無視して、「伊澄さん、ちゃんと説明してよ」と言った。
神城の友達の佐々木奈々も前に出て、
「私たち、分からないんですよ・・何が起きているのか、さっきの教室でのこともそうですし」と強く言った。
「私は・・ただ、補っているだけに過ぎないのよ」と伊澄瑠璃子は言った。
「補っている?」佐々木が疑問を呈した。
「ええ・・中身を補っているのよ」
神城が「全然、わかんないんだけど」と憤った。そして僕に「屑木くん。伊澄さんが何を言っているのか、わかる?」と尋ねた。僕は首を左右に振った。
すると、伊澄さんは「うふっ」と笑い。
「人間は・・すぐに中身が欠如してしまうの・・だから、私はその足りないものを補っているに過ぎないのよ」
そう言った途端、何かの雑音のような音がし始めた。
耳を塞ぐ者、音を無視する者がいる中、僕は耳を傾けた。
すると、伊澄瑠璃子の声が二重に聞こえ始めた。くぐもって聞こえる。中性的な声に変化した。
「人間は、不完全な生き物だ・・だから、完全な形を与える・・それだけのことだ」
左右の黒崎と白山は、信仰者のように静かに聞いている。
伊澄瑠璃子のぶ厚い声は続けて、
「そして・・中身の変わった吉田センセイは、勝手に自立歩行を開始した・・」
自立歩行? 中身が変わった?
意味が分からない。
それに、中身を補っている・・という言葉。
思い返してみれば・・
校庭の物置小屋で、伊澄瑠璃子は口を使って、大崎の口の中に何かを入れていた。
同じように、屋敷内で血が噴き出て死んだと思われる白山あかねも伊澄瑠璃子に口を使った交配をされていた。
松村も屋敷の廊下で女性に抱き締められた、そう言っていた。松村はそこからの記憶がない。
松村も口の中に・・いや、体の中に何かを入れられていたのではないだろうか?
・・血を失った者は・・伊澄瑠璃子によって体の中に何かを入れられる。
だったら、僕は・・僕の場合は?
伊澄瑠璃子に何もされていない・・
この教室で今の伊澄瑠璃子の言葉を聞いた者はいったい何人いるのだろうか?
そして、その意味を理解した者は、何人いることだろう。
人は、意味不明の言葉はすぐに忘れてしまう。
けれど、何らかの心当たりがある者は、それを記憶に刻みつける。
そして、僕は思った。
二重に聞こえた伊澄瑠璃子の声は、誰かと同時にしゃべってるのではないだろうか? と・・
だが、そのことについて考える暇もなく、
すっかり回復した上里先生が、
「みんなっ・・とにかく、席を元に戻してちょうだい。教室内がめちゃくちゃだわ」と生徒たちに指示した。「どうして、こんなことに・・私の責任だわ」
上里先生が嘆く中、僕らは協力し合って、教室を元の状態に戻した。
だが、机や椅子は元に戻ることはあっても、
その心や体は元には戻らない。
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