血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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教室での出来事②

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「ちょっと、大崎先生・・今は授業中なんです・・」
 担任の上里先生は、大崎を制しようと、前に立った。
「あああ・・」
 どう見ても普通じゃない大崎の様子に、上里先生は少し怯んだが、
「大崎先生、聞こえてますか? 教室から出て行ってください!」と強く言った。
「おおっ・・」
 まるで極度に知能が低下した人間に見える。
 伊澄瑠璃子との交配で、そうなったのか?
 同じように伊澄瑠璃子の接触した松村は成績が下がった。
 では、僕は?

「あっ」と言う小さな叫び声と共に、
 ずだーんっ、と大きな音が教壇に響き渡った。
 女子生徒、男子生徒の驚く声が巻き起こる。
 大崎が上里先生を突き飛ばしたのだ。
 その力と勢いは、ありえないものだったようだ。
 上里先生の体は、窓際まで吹き飛んでいた。
 スカートスーツのタイトスカートが、腰まで捲れ上がり太腿の付け根まで丸見えになっている。
 その顔の様子を見ると、上里先生が気絶したことがわかる。
 上里先生のあられもない扇情的な姿を見入る男子、逆に目を背ける者が入り乱れる中、
「きゃああっ!」
 ようやく女子生徒の一人が叫んだ。それまで状況をうまく掴めなかったのだろう。
 一人が叫ぶと、次々と声が沸き上がった。

 この瞬間、僕たちのクラスは、
 担任の上里先生の保護を失った。

 そんな僕たちに大崎はゆっくりと、しかし、確実に向かってくる。
 扉側の女子が立ち上がって、後退った。一人が後退すると、つられて他の生徒も立ち上がった。ガタガタと椅子の音が続く。
 伊澄瑠璃子も同じように立ち上がったが、その場所から動かない。
「おおっ・・おおっ」
 意味をなさない声をだけを発し、大崎はその目をぎょろぎょろ光らせている。

 その時、委員長の神城が立ち上がってこう言った。
「みんなっ・・男子・・特に運動部の男子は協力して、大崎先生を押さえてちょうだいっ」
 委員長の号令に力のある男子が立ち上がった。
「しゃあねえ。神城委員長の命令だ」
「あとで、委員長に飯でも奢ってもらうぜ」
 そう言いながら数名の男子が大崎を取り囲んだ。

「おいっ、大崎っ、教室から出ていけよ!」
 運動部の近藤が第一声を出すと他の男子も声を上げた。
「こいつ、前から気に入らなかったんだ。俺たちに自習ばかりさせてよ」
「本当だ。それで何をやってるかと言えば、大人しい女子をつかまえて淫行だとよ・・笑わせるよな」
 男子の罵声が飛び交った。
 大崎はそんな声を無視しながらひたひたと進む。
 ずるっ、ずるっ、
 普通ではない歩き方。足を引き摺っているわけでもないのに遅い。
「おいっ、大崎、聞いてないのかよ!」
 一人の男子が「やっちまおうぜ」と言った。そう言ったのはいつも暴力沙汰を起こす、内海だ。
 内海の一言に他の男子がじりじりと進み出た。大崎を襲うつもりだ。
 そんな様子を見て神城が慌てて、
「押さえて、とは言ったけど、暴力はいけないわよ」とはやる男子を制した。
 そう言っても一度火が点いた男子の心は治まる気配はなかった。
 女子は女子で、
「なんだか、変よ、大崎先生、様子が普通じゃないわ」
「見て・・あの顔・・皮膚が捲れ上がっているわ」
「顔もへこんでいるわ」そう口ぐちに言う。

 そんな中、男子の内海が、大崎に飛びかかった。内海はボクシング部だ。腕には自信がある。そんな内海は大崎を押さえつけるのではなく、いきなり殴りかかった。
 神城の「内海くん、やめてっ!」と言う声は誰にも聞こえなかったようだ。
 同時に、内海のストレートパンチが大崎の顔面を直撃した。
 更に同時に女子たちの悲鳴が上がった。
「きゃああっ!」
 その次に目に飛び込んできたのは、
 大崎先生の頬にめり込んだ内海の拳だった。拳は見事に大崎の顔面を捕えていた。
 だが、その状態が・・停止していた。
 ああ・・こんな感じの瞬間を以前に見たことがある。
 松村のデッドボールの時と同じだ。
 松村の頬を直撃したボールは、回転しながらも松村の頬の上で停止していた。あの光景と似通っている。

「おふっ・・んほおっ・・おっ」
 大崎は、意味不明の声を発している。その声は口からではなく、腹の中から出ているように思えた。
「なんだぁ?・・これ」
 そう言った内海を見ると、拳を大崎の頬から外すのに腕をひねったりしている。
「くそっ、手が離れねえっ」
 そう喚きながら、内海が拳を大崎の顔面から引き抜くと、顔の皮膚片が糸を引きながら散った。
「ひっ」
 女子の声と共に内海が自分の手を見て、「何だ、これ? きたねえっ・・」と言う声が聞こえた。だが、教室にいる者たちは、内海の声を最後まで聞き取ることはできなかった。
 その瞬間、内海のデカい体が吹き飛ばされたからだ。突き飛ばしたのは大崎の拳だ。
 それは先ほど、大崎が上里先生を突き飛ばした勢いを遥かに上回っていた。
 内海の体は、教室の最後部の壁に激突していた。
 それも、天井に近い位置に・・一瞬、大の字になって、壁に貼り付いていた。
 そして、内海の体はズルズルとずり下がっていった。

「どういうことなの?」
「あれ、人間の力じゃないわよ」
「大崎先生って、本当に人間なの?」

 そんな疑問に応えることなく、
 大崎は着実に自分の目的に向かって歩いているように見える。
 内海がいとも簡単にやられたことで、怯んだ男子は後ずさりしている。大崎はそんな男たちに目もくれない。
 そもそも大崎は何をしに教室に入ってきたのだ?
 大崎の目的の対象・・それは内海のような男子ではなさそうだ。
 ならば、女子か?

 そう思った瞬間、女子生徒の中で「ひいっ」が何かを裂くような声が上がった。
 声の主は、君島律子だった。
「か、体が動かないわ・・」
 君島さんはそう言った。
 彼女の体がガクガクと痙攣しているのが見て取れた。動かない・・彼女の体が何かに魅入られている・・そんな気がした。 
 それは、屋敷で黒崎みどりに喉元を噛まれた時、僕が体を動かせなかった・・それと同じ現象だ。
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