血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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対立する存在

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◆対立する存在

 夢を見ていた。夢を見ていることを認識しながら夢を見ている。
 暗い夢だ。
 夢の中に明るさや彩度があるのかはわからないが、今見ている景色は暗いにも関わらず、はっきりした色彩を持っている。
 場所はどこなのだろう?
 草原? 断崖・・それとも山の頂なのか?
 そう思った瞬間、空が翳り、一瞬で暗黒の世界に変化した。
 空を見上げると、黒い雲以上に黒い色の何かが押し迫ってくる。
 それは無数の触手のようなものだった。
 黒い触手は空を覆い尽くしていく。まるで空を食べているようにも見える。

「うふっ・・」
 耳元で誰かの笑う声が聞こえた。昼間聞いたのと同じ声だ。
 伊澄瑠璃子に間違いない。
 だが、ここは夢の中だ。
 この声は僕が勝手に創り上げている声だ。
 そう頭では分かっていても、
「誰だ!」と声を出さずにはいられない。
 伊澄瑠璃子の声はこう答えた。
「ワタシはあなたの中にいるわ」
 そう言った後、僕をあざ笑うような高笑いが巻き起こった。

 僕とはまるで次元の違う位置にいる存在。
 人類を超越した高次元的存在だと定義づけるような声。
 そんな意味を込めて、伊澄瑠璃子は笑っている。
 
 このまま彼女の声を聞き続けていたら頭が変になる。
 やめてくれっ!
 僕は夢の中から抜け出そうと必死でもがいた。
 意識的に夢から現実に戻る。そう試みた。

 そして、
 目を開くと、真上には微かに天井の木目が見えた。
 よかった。やはり、あれは夢だったんだ。
 寝汗でパジャマがびっしょり濡れていることに気がつく。
 異様に汗をかいている。
 今までこんなに汗をかいたことがあっただろうか?
 それに、汗のせいなのか、体の周りの空気が妙に湿気ている気がする。
 汗が首筋をつーっと伝う。
 ・・ポタリ。
 頬に冷たい水滴が落ちたようだ。
 僕の汗? 汗が天井から落ちてくるわけがないだろう。
 そう思った次の瞬間、天井の木目が視界から消えた。
 現実世界が、また夢の中のように暗黒になった。
 そして、
「・・ねえ、屑木くん」
 暗黒の中から僕を呼ぶ声が聞こえた。今度は頭の中の声ではない。
 間近に聞こえる生の肉声だ。これは夢ではない。
 僕の顔の両サイドにはらりと髪の毛のようなものが舞い降りた。
 目を見開く。
 そこには伊澄瑠璃子の切れ長の目があった。
 その瞳の底が闇の中で光っている。
 いったい彼女はどこから僕の部屋に?

 僕は、今の僕の立ち位置を確認した。
 僕はベッドに仰向けになっている。
 伊澄瑠璃子は両手で体を支え、僕に覆いかぶさっている。
 僕は彼女と向き合っている。
 逃げようにも体が固まって動かない。金縛りにあったようだ。
 そして、こう思った。
 こんなに近く、同世代の女の子と顔を合わせることは初めてだ。
 僕の頬に落ちたさっきの水滴は彼女の汗だったのか? それとも・・

 そんなことを考えていると次の異変が起きた。
 僕の体がベッドの中に沈みかけているのだ。
 ベッドがありえない動きをしている。ぐにゃぐにゃと波打っている。
「うふっ・・屑木くん、怖い?」
 伊澄瑠璃子は笑いかけたが、
 答えようにも声が出ない。
 声を出す代わりに僕はガクガクと頷いてみせた。
 すると、
 闇の中でざわざわと音がし始めた。草木が揺れるような音にも聞こえ、茂みをかき分ける音にも聞こえた。
 沈みかける僕の体を支えてくれる何かががある。
 それは無数の糸のようなものだ。それが僕の足や腕に絡みつき僕の体を支える。だが、同時にそれは体を切り刻むような痛みを伴った。
 一体何だ?
 僕は闇の中で、何とか腕を動かし、目の前にかざして確認した。
 それは髪の毛・・伊澄瑠璃子の髪が僕の体全体を底から回し込んで支えている。
 そして髪の力で、ベッドに沈み込む僕の体を抱き抱えようとしているのだ。
 伊澄瑠璃子は人間ではない・・

「私が、こうしていないと、屑木くんは、沈んじゃうわね」
 そうなのか?
 僕は伊澄瑠璃子に助けてもらわないと、このまま地の底に沈んでしまうのか。
 僕には彼女の力が必要なのか。
「どう・・助けて欲しい?」
 僕は頷いた。
「だったら、私にこう言えばいいのよ」
 伊澄瑠璃子はそう言った。
 僕は心の中で「何て言えばいいんだ?」そう尋ねた。
「うふっ・・『伊澄さん・・僕を助けて』・・そう言えば、屑木くんを助けてあげるわ」
 だったら、そう言おう。簡単だ。言うだけで僕は地の底に沈まず、彼女に引き上げてもらえる。なりふり構ってられない。

 そう思った時、
「和也くんっ」
 僕を呼ぶ別の女性の声が聞こえた。
 伊澄瑠璃子よりも遥かに情を含んだような声。
 どこから聞こえたんだ? これは夢なのか?
 そう思っても、首を動かせない。いつのまにか伊澄瑠璃子の髪で頭が固定されている。
「その子から離れなさい!」
 声はそう伊澄瑠璃子に命じた。
 伊澄瑠璃子は声の主を探しているように顔を動かした。
「その子に近づかないでっ」
 再び、僕を呼ぶ声・・厳しく、優しさの混ざった声。
 伊澄瑠璃子は僕から離れ、がばっと起き上った。
 伊澄瑠璃子は「誰なの!」と瞳を光らせながら言った。
 次の瞬間、
 無数の髪が僕の体から離れると同時に、僕の体はベッドに沈み始めた。

「和也くん」女性の声はそう呼び「よかった・・」と胸を撫で下ろすように言った。
 そして「和也くん、目を覚ますのよ」と続けて言った。

「和也! 起きなさいっ!」
 あれ? 
 また別の女の声。今度はずっと年上の、それもぐんと身近な女性。
 僕は目を開けるのと同時に起き上った。蛍光灯の灯りが目を刺した。
 眩しい・・
 さっきのも夢の続きだったんだ。辺りを見ても伊澄瑠璃子はいない。もう一人の女性もいない。
 近くにいたのはお母さんだった。
「和也、そんなに大きな声を出して、どうしたの?」
「夢を見ていたんだ・・僕、そんなに大きな声を出していた?」
「よくわからないけど、たすけて・・とかじゃなかったかしら?」
 助けて・・実際に声を出し、それを人に聞かれるなんて初めてのことだ。
「熱でもあるんじゃないの」母はそう言って僕のおでこに手を当てた。
 母の体温を感じた。「熱はないようね」
 母は「勉強のし過ぎなんじゃないの」と言って部屋を出ていった。
 
 夢・・そして、また更に夢を見た。
 夢の中の女性の声・・伊澄瑠璃子を僕から引き剥がしてくれたのは・・お母さん、だったのか?
 いや、違う・・お母さんは僕のことを「和也くん」とは言わない。

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