血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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今そこにある景色②

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「だったら、何で二人の体は元に戻ったのよ! 白山さんなんて、顔が萎んでいたのよ。説明がつかないじゃない」
 大きな声の神城に、
「そんなに大きな声を出さなくても」と佐々木が制した。
 周囲の客が僕たちを見ていた。「顔が萎む」という言葉は人の好奇心を煽る。
 佐々木に注意された神城は、
「それで、松村くんの首に穴は開いていたの?」と僕に訊いた。
「そこまで見ていなかった・・顔ばかり見ていたから」
 穴が開いていたのかもしれない。
「もし、松村くんの首に穴が開いていたら。誰かの血を吸うんじゃないの?」
 そう言った神城に佐々木も「そうですよね」と同調した。
「松村くんや白山さん、それに黒崎さんがみんな吸血鬼になっていたら・・みんな血を吸われて、そこらじゅうの人が吸血鬼になってしまうわよ」

 そう言った神城の言葉を踏まえながら僕は、
「ここからが、僕の推測なんだ」
「さっきの、吸血鬼化は屑木くんの推測じゃないの?」と神城がきつく問うた。
「更に、これも僕の憶測だ」
「屑木くん・・聞かせてください」と佐々木が言った。
 それは伊澄瑠璃子のことだ。
「僕と佐々木は、ある行為を見ている」
 すると佐々木が、
「もしかして、伊澄さんが体育の大崎先生としていたことですか?」と訊いた。
 神城は「私は見てなかったけど、やっぱり、いやらしいこと?」と尋ねた。
 そう言った神城に佐々木は、
「イヤらしいと言えば、そうかもしれませんね」と答えて「確かに伊澄さんは大崎先生の口の中に何かを入れていたように見えたんですよ」と言い辛そうに説明した。
 舌より、太く見えた。
「屑木くんも見たのよねえ」と神城に尋ねられると、
「ああ・・最初は伊澄さんが先生を食べている・・そんな風に見えた」と僕は言って、
「あれと同じような光景を、あの幽霊屋敷内でも見たんだ」と言った。
 僕は黒崎に噛まれている時、死んだはずの白山あかねに伊澄瑠璃子が覆いかぶさっていた。そして、大崎の時と同じように白山あかねの口の中に何かを入れていた。
 僕がそう説明すると神城は、
「あの時、伊澄さんはそんなことをしていたの? 暗くてよく見えなかったけど」と言った。
 
「それで・・何を口の中に入れていたの?」と神城が訊いた。
 僕は「さっきも言ったように、僕の憶測だ」と前置きし、
「何か・・血液の代わりになるようなものだ・・」
「ええっ・・血の代わり?」神城の大きな声が飛んだ。
 佐々木が口に人差し指を立て「涼子ちゃん、静かに」と言って。
「あれって、そんなことをしてたんですか?」と驚きの表情を見せた。
「だから、僕の憶測に過ぎない」
 続いて神城が声を落として、
「伊澄さん・・そんなことをしてどうするの?」と興味深げに訊いた。
「わからないよ・・でも、その後、白山さんは元に戻っている。それだけは事実だ」
 あんなに体中の血を失った体。あんなに萎んだ顔が元通りになっていた。
「でも、そうねえ・・血のない体の中に何かを入れたとしたら、白山さんが元に戻ったのも頷けるわねえ」と神城が納得したように言った。
「体育の大崎先生を見たのは、血を失った後、だったのでしょうか?」と佐々木が言った。
「わからない・・でも、そうだとしたら、辻褄が合う」
 そう言った僕に、神城が、
「元に戻ったとしても、顔が空洞のように見えるのよね」と確認するように言った。
 僕はしばらく考え、
「それが、吸血鬼に血を吸われた人間の『証』じゃないのかな」と言った。

 しばらく何かを考えていたような佐々木は顔を上げ、
「昨日の救急隊員もやっぱりそうなのでしょうか?」と言った。
「そう思う。推測だけど」と僕は言った。
 あの人たちも何者かに血を抜かれていた。しかし、そんなに多くは抜かれなかったのではないだろうか? そして、あのような悲惨な事故に。

 いずれにせよ、僕たち三人はこの件の共通の認識を得た。
 人の首に突然、穴が開く。穴から血が吹きだし・・死ぬ。
 だが、伊澄瑠璃子がその人間の口の中に、血液の代わりの物を入れると元通りになる。
 元通りと言っても・・目を細めて見れば、顔の中ががらんどうに見える。

「その後の様子が・・おかしいですよねえ」と佐々木が言った。
「そうよね。大崎先生も、松村くんも・・そして、白山さんと黒崎さんも、様子が変よ」と神城が言った。
「・・となると」と神城涼子が更に声を落とし、
「伊澄さんて・・人間じゃないんじゃないの?」と言った。
 佐々木は「うーん」と唸るように腕組みをした。
 僕も「そんな気がする」と同調した。

 伊澄瑠璃子は、人間ではない・・
 そう思いながら、
この話の中で大事なことが抜けている・・僕はそう気づいた。
 話の中に一人の人間が抜け落ちている。
 それは保健室の女医、吉田先生だ。あの鏡に映った姿は、松村や白山さん、そのどれにも属さない顔をしていた。

 その話を二人にしようにもできなかった。
 突然、僕の体に異変が起きたからだ。

 ・・まず、ひどく体がだるくなり始めた。
 目の前の光景に変化が訪れた。
 体がだるいのに、高揚する・・おかしな気分だ。
 神城の胸元に目が行ってしまう。その肌が異様に白く映る・・血が透けて見えるようだ。
 佐々木の腕・・なぜかムッチリと見える。
 僕は欲情しているのか?
 二人には申し訳ないが。今まで神城と佐々木に女を感じたことはない。
 確かに神城は胸は大きい・・かといって欲情はしない。
 佐々木も丸顔で可愛い・・人懐っこいところは好感が持てる。
 だからと言って・・女性として好きか? と訊かれると、特にそんな気持ちが沸いたことはない。
 だが、今の気分の高揚は一体何だ?
 女性を好きだ、と言う感情とは別の欲望。
 彼女たちの体の中に流れるものを自分の中に取り込みたい。
 僕の目は二人の喉元に移った。

「屑木くん?」
はっと我に帰ると神城が心配そうに僕の顔を見ている。
「どうかしたんですか? 突然、黙っちゃって・・」と佐々木も不安げな表情だ。
「な、何でもない」
 僕は首を振って、さっきまでの変な欲望を打ち消した。
 僕は手を付けていなかったコーヒーを飲み干した。

 ・・味がしなかった。

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