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遠野静子②

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 そこまで言って私は思い出した。
 ピアノの発表会の時、長田さんが「他の人が譜面を間違えて弾いてくれたらいいのに」と面白くもない冗談とも本気ともつかないことを言っていたのを。
 その時、私は思ったはずだ。
 何て不器用な人なんだろう、と。
 そして、人とあまり話したことがないとそんな話し方になる、と。
「友達」と言わずにあえて「配下」と言った長田さんのつまらない冗談。
 面白くも何ともない冗談。
 たとえば仲のいい友達に「配下になってよ」と言えば「何、言ってるのよ!」とすぐに返して冗談の会話になるけれど、長田さんのような人が言えばもう冗談ではない。
 冗談は成立せずに「命令」になってしまう。
 学校の生徒たちは大金持ちのお嬢さんにそう言われて本気にとったのだろう。
 長田さんは話し方どころか、言葉が持つ意味もわかっていなかった。そして、生徒たちも。
「遠野さん、私、長田さんのことが少しわかったような気がします」
 だからと言って長田さんのことを許せるわけではない。
「石谷さん、あなたも含めて、恭子さまも、クラスの方たちも、まだ小学五年生の子供なのですよ」
「だから、いろんな間違いや誤解をして当然だということですね」
 そんな間違いを娘がしないようにするのが親の役目だけど長田さんにはそんな親が・・
「でも遠野さん、長田さんはひとつ間違っています。長田さんは大勢の女の子に押し花を配りました。友達は大勢いればいいというものではありません。大事な人は一人でいいと私は思っています」
「石谷さん、誤解のないように言っておきます。恭子さまはそれは重々承知だと思います」
「それなら、どうしてっ!」
「一人も友達がいない人は、そう願うのが普通ではないでしょうか?」
 そうか・・確かにそうかもしれない。
「友達が一人できますように」と祈るよりも「友達がたくさんできますように」と祈るのが普通なのかもしれない。
 友達が一人もいない子にとって、それは悲しい祈りだ。
 けれど、私も智子という唯一無二の親友が出来る前、たしか小学校低学年の時だったろうか、そう願った気がする。
 その頃、お父さんも言ってたっけ「友達をたくさん作りなさい」って。
 何だか、おかしい。長田さんも結構普通なところがあるんだ。
 押し花をもらったことを他の人に伝えない人にも渡していれば、その中に友達になってくれる人がいたかもしれなかったのに。
 でも、無理だ。長田さんには友達はできないし、私は長田さんと友達になることはできない。
 でも・・

「ごめんなさい、無理です、私には長田さんと友達になることはできません」
「どうしてですか?」
「私には荷が重過ぎます」
 やはり、友達といる時は楽しい方がいい。智子といる時はすごく楽しかった。
 長田さんと一緒にいるようになっても、絶対に楽しくはないだろう。
 私には絶対に無理!
 私には無理でも・・
「それにもうこの町から出て行くことになったんです」
「出て行くって?」
「父の転勤で仙台の方に引っ越すんです」
「そうですか」
 遠野さんは残念そうにしたあと、コーヒーをスプーンでゆっくりかき混ぜはじめた。
 そんなにがっかりしたような顔をされても私にはどうすることもできない。
 どうすることもできないけれど、私はもう話しだしていた。
「あの、私じゃないといけないのでしょうか?」
 私は何を言っているのだろう。
「申し訳ありません。私は石谷さんしか知らないのです・・」
 私は遠野さんの言葉を途中で切った。
「智子がいます!」
 もうダメだ。私は言ってしまった。
 でも、もう遅い。止められなかった。
 しかし、さっきからずっと口に出かかっていた言葉だ。
 智子、ごめん!
「芦田智子といいます。私の大切な友達です」
 いつからだったろう。私の心の中にある考えが芽生えていた。
 そう、長田さんを理解し友達になることができるのは智子しかいないと私は思うようになっていた。
 あの発表会の時、長田さんのピアノの音を聴いてから、少しずつそう思うようになっていた。
「アシダトモコさん?・・」
 遠野さんは私の声を復唱した。
「こう書きます」
 私はランドセルからノートを取り出し「芦田智子」と書いて遠野さんに見せた。
「和菓子屋の「芦田堂」の娘さんです」
 智子ならきっと大丈夫だ。
「ああ、その店なら、恭子さまとお邪魔しましたことがあります」
 羊羹が美味しかった。どら焼きもちょっと甘いけど美味しかった。
「丸くて可愛い顔をしてるからすぐにわかると思います」
 智子に出会った時、本当にそう思った。
「その人なら、たしかお店にいたと思います」
 顔を見たことがあるのなら、今度会えばわかる。
「それで、私は芦田さんにどう言えばいいのでしょうか?」
「智子には私から言います」
 智子はわかってくれるだろうか?
 私が去っていくから智子が寂しくないように友達を作ってあげるのではない。
 それはきっと智子が私の大切な友達だからだ。

「遠野さん、一つ訊いていいですか?」
 遠野さんは静かにコーヒーを飲んでいた。
「何でしょうか?」
 遠野さんはコーヒーカップを静かにテーブルに置いた。
「長田さんのご両親はどうして自分の娘の発表会に来られなかったのですか?」
 遠野さんは窓の外を少し見た後、顔を私の方に戻して静かに言った。
「恭子さまに本当のご両親はもうおられません」

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