「水の行方」~ 花言葉の裏側で(水シリーズ②)

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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差し出されたハンカチ

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「これ、使って」
 差し出されたのは白いハンカチだった。
 やっちゃたあ。廊下を給食の当番で牛乳を運んでいる時、躓いて転んじゃった。
 箱の中の牛乳が何本か転がってそのうちの一本がひび割れてしまった。
 中から牛乳が零れだしてきた。ひび割れた瓶を回収しても廊下がびしょ濡れだ。
 その時、目の前に白いハンカチが現れた。
 長田さんが私の方にハンカチを差し出していたのだった。
 長田さん、こんな時は、ハンカチではなくて雑巾だよ。
 そんなもの廊下を拭けないよ。それに長田さんのハンカチで廊下を拭いたりなんかしたら、それこそ又いじめられる。
「ごめんなさい、長田さん、それを使うわけにはいかないの」
 周りの人が私たちを見ているのがすごくわかる。
「どうして?」
 長田さんには理解できないようだった。
「ちょっと待ってて」私はそう言い残すと教室に戻って雑巾とバケツを取ってきた。
 驚いたことに牛乳の零れた場所に長田さんはまだ立っていた。
 牛乳の零れた廊下とは合わない綺麗な金色の髪がふわふわっとしているように見える。
 あの髪、すごく柔らかそう。いいなあ・・羨ましい。
 私は「ちょっと待ってて」を言ってしまったことを思い出した。それで長田さんはここで私を待っていたのだ。どうして私はそんな事を長田さんに言ってしまったのだろう。
 私は近くの水汲み場でバケツに水を入れた。
 長田さんのグループの人、誰もいないのかな?みんな通り過ぎていくだけだ。
「こういう場合はね。これで拭くものなの」
 私はそう言ってバケツの水で雑巾を絞るとしゃがんで廊下を拭いた。
 長田さんは何もせず突っ立って私を見下ろしているだけだ。
 別に手伝ってもらおうとも思わないけど、ちょっと邪魔。
 廊下が牛乳臭くなっちゃった。
 長田さん、あなたのような人には牛乳臭い場所は似合わないわよ。
「もうきれいになったから、ここにいなくてもいいよ。」
 私は雑巾を何度もバケツの水につけて絞りながら言った。
「これ、受け取って」長田さんはさっきのハンカチのように私に押し花を差し出した。
 また、スミレの押し花だった。
 あれ、この人、前に私に渡そうとしたの忘れてるの?
 これを渡すためにここで私を待っていたの?
「これを受け取ったら、あなたは今日から私の配下だから。花言葉知ってるわよね?」
 そのセリフ、全く同じのを前に聞いた。
 花言葉は「忠実」でしょ、忠実な配下になれって言うことだよね。
 やっぱり、あの時、受け取らなくてよかった。
 私はお父さんに言われた言葉を思い出していた。
 あの時、私は「これ頂くの、少し、考えさせてください」と言った。
 お父さんから「何かを判断する時にはそう答えなさい」といつも言われていたからだ。
 お父さんは絶対に間違ったことは言わない。
 もし、あの時、押し花を受け取っていたら加奈ちゃんと友達としてちゃんと向き合えなかったもしれない。
 断ったら、またいじめられるかもしれないけど、それでもいい。
 前は「少し考えさせてください」と言ったから今回は「ごめんなさい、理由もなく人から頂けません」と言った。
「どうして?」
 長田さんも今回は違うことを言った。前は確か「それなら、いいわ」と言って去って行った気がする。ちゃんと理由がないから受け取れない、って言ったのに。
 それに長田さんも私みたいなブスに押し花を渡しても何の得にもならないと思うけどな。
 でも今回、どうして?と聞かれたからには私は長田さんに答えないといけない。
「私が長田さんの配下っていうことは、長田さんは私の目上の人っていうことよね?同じ生徒の間で上下関係があるなんておかしいと思うよ」
 長田さんはきょとんとした顔で私の言うことを聞いていた。
「私は上下がある関係なんていらない・・私は大事な友達がいればそれでいいの」
 すごいこと、言っちゃった。誰も見ていなかったかな?
「だから、私には押し花なんていらないの」続けて私はそう言った。
 数人の生徒が私たちの横を通り過ぎていった気がする。
「あなた、友達がいるの?」
 長田さんから質問された。
「うん、いるよ。すごく大事な友達」
 その時に見た長田さんの表情を見て長田さんのことが少しわかった気がした。



「お父さん、ずっと前のことだけど、覚えてるかな?」
 私はどうしても知りたかった。
 加奈ちゃんが言うのには私が川田さんたちからイジメを受けていたのは長田さんが女の子たちに配った押し花のせいだからだ。
 どうしてなの?長田さんはどうしてそんなことするの?
「智子、何のことや、お父さん、仕事のことやったら、何でも覚えてるで」
「長田さんの家に大福を配達に行ったでしょ」
 あの時、長田さんはお母さんとお店に来て私の方を見て微笑んでいた。
「ああ、女の人と来てた子のことかいな。あの時は、たくさん、買ってもろうたなあ」
「長田さんの家、大きかった?」
 誕生会に行った人からは聞いていたけどクラス全員が入っても余るような大きな家だということだ。
「あの家、この町で一番大きいやろな」
 へえ、そんなに大きいんだ。
「あれ、智子の友達かいな?」
「友達じゃないけど。知り合いの子、一組、お父さんが外国人でお母さんは日本人って聞いてるよ」
「あの時、来とったんは、あの子のお母さんとちゃうで」
 あの時の綺麗な女の人は長田さんのお母さんと違うの?
「あの家のお手伝いさんみたいなもんや」
 そういえば、服装がごく普通だった。上品だけどそんなにすごい金持ちには見えなかった。
「あんな数の大福、誰が食べるの?」
 たしか二百個だった。そんな注文はこれまで受けたことがなかったから、よく覚えている。
「ああ、あれはな、あそこの家、大きいから、家族以外にいろんな人たちがおるんや。その人たちのおやつみたいなもんや」
「そんな人たちを相手するの、家の人、大変だね。お母さんがするのかな?」
「あれくらいの金持ちになると、自分で相手はせえへん。ちゃんと管理する人がおるんや」
「へえ、すごいなあ」
 そう私は言ったけど、それはすごいとは言わない。私にはわかる。
 それは寂しい、と言うんだよ、きっと。



「加奈ちゃん、いよいよだね、発表会」
 二人仲良くランドセルを背負って下校する時間だ。
「うん、すごく緊張してる」
 この時間が私は一番楽しい。
「今も?」智子の顔が私の顔を覗き込む。
「今は智子がいるからそうでもない」
「それならよかった!」安心した時の智子の表情だ。
「運動会の日、もう大丈夫だって言ってたけど、どうしてそう思ったの?」
 発表会のこともあるけれど私は智子に対するイジメが気になっていた。
「なんとなくだよ」
 そう言うと智子の顔がいつもより丸い。
「川田さん、あれから何かしてこない?」
 智子は首を横に振った。
「前にも言ったけど、一組の長田さんが押し花なんて配るから、変なことになったんだよね」
「違うよ。加奈ちゃん」私の言葉に智子はまた首を横に振った。
 えっ?
「どちらにしても私はいじめられてたと思う。押し花はちょっとしたきっかけだったんじゃないのかな」
「でも、きっかけをつくった長田さんも悪いと思うよ」
「長田さんがまさかそんなことになるなんて思ってもみなかったりしたら?」
 智子はいじめた人に対してもきっかけを与えた長田さんに対しても悪く言わない。
 それが智子という女の子なんだろう。
「私が加奈ちゃんに大福をあげて、それがきっかけで加奈ちゃんがいじめられたりしたら、私だって責任とれないよお!」
「それはそうよね」
 私たちはそう言いながら笑った。

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