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いじめ

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 今度は給食の私のスープにウサギの餌が入っていた。
 私は加奈ちゃんに見つからないようにそっと摘んで給食袋に入れた。あとでちゃんと捨てよう。
 今日、スープを入れたのは川田さんだ。
 これであの時、橋本さんのスープにウサギの餌を入れたのもおそらく川田さんなのだ、と思った。
 あれは大人しい伊藤さんではなく私を標的にしたものだったんだろう。
 腹が立つけれど、別に文句を言うつもりはない。
 こんな時は文句を言ったりしたら「相手の思う壺」なんだそうだ。
 お父さんがいつもそう言っている。
 だけど、川田さんがこんなことをする理由が私にはわからない。
「智子、どうかした?」
「何でもないよ」加奈ちゃんに訊かれても首を横に振る。

 最近、休み時間にトイレに行き中に入ると外からトイレの中に誰かが何かを放ってくる。
 それは「バカ」と大きく書かれてある画用紙だとか、何も書いていない紙くずだったりする。
 ショックだったのは何回目かの紙くずが教科書のページに見えたので開いてみると、以前に破られていた私の国語の教科書の一部だった。
 私は急いでトイレのドアを開けて投げ入れたのが誰かを見ようとしたけど、もうその時には誰もトイレの中にはいなかった。
 あとで教科書にセロテープで引っ付けておこう。私はくちゃくちゃになってしまった教科書のページを丁寧に伸ばして折り畳みポケットにしまった。
 昨日は用を足している時、水の入った紙コップが投げ入れられて頭に当たった。
 水が頭から肩にかけてかかって髪や服が濡れてしまった。
 紙コップは検尿の検査のコップだった。保健室から盗ってきたのかな?
 私の服が濡れているのを見て加奈ちゃんは「どうしたの?」と訊いてきたけど「手を洗った時、かかっちゃった」と笑顔で嘘をついた。
 これ以上、加奈ちゃんに嘘をつきたくないから、私はトイレは五年生の階のトイレに行かず、一階の一年生や二年生が使うトイレに行くことにした。
 そこまでは同じクラスの女の子はやって来ない。
 一年生や二年生に混ざって廊下を歩き、トイレの扉を開ける。
 トイレはどこの階も一緒だった。少し汚いだけだ。
 でも、こんなことをするのは、やっぱり悲しいことだ。
 一階の廊下を歩いていると自分がすごく浮いているのがわかる。先生まで、どうかしたの?という感じで私を見ているのがわかった。
 廊下を歩くのも気が引けたので今日から校舎の外の中庭側を通って教室に戻ることにした。
 中庭を通って校舎の端の階段のある入り口まで行き五年生の階まで上がる。
 これでもう大丈夫だ。
 授業が始まった。
 先生が昨日の宿題を提出してと言われたので、昨日しておいた宿題のプリントを出そうとランドセルを開けた。
 あれ?
 プリントがない?ランドセルの中に宿題の算数のプリントがなかった。
 教科書やノートの間や下敷きの裏とか探したけれど見つからない。
 昨日の夜、絶対に入れたはずだった。朝、家を出る時にも見た。
 先生に怒られる!
 宿題はちゃんとしたのに・・お母さんにも怒られる。
 もう一度ランドセルの中を調べる。中の別のポケットも見る。どうしてもなかった。
 自然と涙が溢れてきた。
 私はバカで成績もいつも悪いけれど宿題を忘れたことはなかった。

「珍しいわねえ。芦田さんが宿題を忘れるなんて」
 先生は怒らずにそう言った。
「でも、決まりだから、廊下に先生がいいって言うまで立っててちょうだい」
 廊下に立たされることになったのは私と、この前スープにウサギの餌が入っていた橋本さんだけだった。
「えへへ、宿題、忘れちゃったよ」私は頭をかきながら笑顔を見せた。
「芦田さん、私も」
 橋本さんも少し笑っているので私はもっと笑おうとした。
 友達が笑っている時は相手に負けないくらい笑いなさい、とお父さんがよく言っている。
 橋本さんは特に仲がいいわけではなかったけれど私の方を向いて笑っているので、もっと笑おうと思った。
 でも、もう笑えなかった。
 顔がこわばって引き攣っているのに気がついた。
 だって、私、ブスでバカだけど宿題を忘れたことがないことが自慢で、笑顔だけが唯一の取り柄なのに。
 それなのに宿題を忘れて、こんな変な顔になって、私、取り柄がなくなっちゃうよ。
「あの時ね。あとでよく考えたら、最初はスープにウサギの餌なんて入ってなかった気がするの」
 橋本さんは一体何をしゃべっているのだろう?
「私の近くの誰かが入れた気がするの」
 橋本さん、あれは私が悪いんだよ。
 あれ? 声が出てない?
 宿題を忘れただけのことなのに、どうしてこんなに落ち込んでしまうんだろう。
 加奈ちゃんは発表会を控えて毎日、頑張っているのに。
 はやく授業が終わって加奈ちゃんと一緒に帰りたい。たった十分くらいの時間だけど、私には素敵な時間だ。
 だから、加奈ちゃんと帰る時にはこんな顔は絶対見せられない。
 私はもっと頑張るんだ!
「芦田さん、聞いてる?」
 うん、うんと私は頷いてみせる。
「橋本さん、私、ちゃんと聞いてるよ」
 私の顔に笑顔が戻った。
「この前の藤田くん、かっこ良かったね」
 橋本さんがそう言うので私は身内を褒められたようで嬉しかった。
 藤田くんはお隣さんで幼馴染だ。洋(ひろし)なので、ひろちゃん、とそう呼んでいた。 小さい頃は一緒に銭湯に入ったこともある。
「えへへ。ひろちゃん、藤田くん、走るの、速いんだよ」
「芦田さんも速いじゃない」
「藤田くんには負けるよ」
 幼稚園の時はよく競争したっけ。いつも私が負けてばかりだったけど。
 そういえば、もうすぐ運動会だ。
 まだ私に取り柄があったな。走るのだけはクラスの中でも一番か、二番くらいに速い。

「こら、二人とも、廊下で話さないっ」
 教室の中から先生の顔が覗いた。
「芦田さん、橋本さん、もういいわよ。教室の中に入って」
 先生のお許しが出て私たちは教室に戻った。
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