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祭りの日②

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「村上くん!」
 そう僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
 少し離れたところにサイダーとお菓子を持った二人の少女がいた。
 香山さんと小川さんだ。僕はこんな女の子たちと知り合いなんだ、と改めて思う。
 こんな大勢の人がいる中、僕の知っている限りおそらく誰よりも幸せなはずの女の子たちだった。
 二人はいつのまにか僕にとって特別な存在になっている。
「文哉くんと修二くんに言われて、仁美ちゃんと、ここにいたの」
 香山さんと小川さんは神社でお参りをすませると、修二たちに会って一緒にこの場所でお菓子の箱が置かれるのを待っていたのだ。
「走ってんけど、間に合わんかった」
 しばらくして松下くんがひいひいと息を切らしながら現れた。
 サイダーの箱の中はもうとっくに空っぽになっていた。
「おい、松下、これ一本やるよ」
 文哉くんが二本のサイダーのうち一本を松下くんに渡した。
「え、ええんか? 文哉くん」
「かまへん、松下の店で買ったテレビ、よう映るしな」
 そう言いながら、なぜか文哉くんは照れ顔だ。
「文哉くんにはお世話になりっぱなしやな」
 二人が笑い、修二も一緒になって笑っていた。
 文哉くんはそれからもう二度と小川さんのことを「妾の子」と言わなくなった。

「悠子っ!」
 突然、背後で大きな女の人の声がした。
 振り返ると小川さんのお母さんが怖い顔をして仁王立ちしていた。今日はちゃんと服を着ている。
「敏男に聞いてきたんや、香山の娘と一緒のところ見たって」
 最悪の状況だ・・
「お母さん!」
 小川さんの顔が引き攣り今にも泣き崩れそうだった。
「お母さん、違うのっ、私の話を聞いてっ」
 香山さんはギュッと小川さんの手を握り締めている。
「ほら、陽ちゃんの出番よ」
 叔母さんはそう言うと僕の背中をトンと押した。
 嘘やろ、なんでここで僕が出なあかんねん。
「あの、小川さんのお母さん・・」
 叔母さんに突き動かされるように前に出た僕は恐る恐る言った。
「なんや、あんたか。友達と親戚と一緒や言うとったの嘘やったやないか」
 怖い顔だ。なんでこの人、こんな怖い顔が出来るのだろう?
「嘘やありません。友達と親戚が一緒です」
 僕は修二たちを指して語気を強めて言った。
「親戚なんておらへんやないか。ええ加減にせえっ」
 周囲の人も僕たちに気づきだして様子を見ている。
「悠子のお母さん、ちょっと言い過ぎや思いますけど」
 香山さんが我慢できなくなったように割って入る。
「あんたは黙っとけ!」
 小川さんのお母さんの凄まじいまでの口調に香山さん怯んでしまう。
「ぼ、僕の叔母さんがいます」そう言った自分の声が震えているのがわかった。
「どこにやっ」
 僕は叔母さんを指差した。
「あんた、ほんまに、この子の叔母さんか?」
 これで小川さんのお母さんも納得してくれるだろう。
「姉です・・」
 叔母さんは落ち着いた口調で静かに言った。
 えっ、叔母さん、何を言うてるんや?
 修二たちも互いに顔を見合わせている。
「嘘や、似てへんやないか」小川さんのお母さんは不信顔だ。
 似てないはずだ。お姉さんではなく叔母さんやから。
「よく言われます」叔母さんはそう続けた。
 けれど、僕と叔母さんはどうして似てないんだろう。
「でもこの子たちはすごく似てます。どこからどう見ても姉妹やいうの一目見てわかります」
 叔母さん、それを言ったらあかん。
 香山さんの顔を恐る恐る見ると体中がガタガタと痙攣しているようだった。
 小川さんの顔はもうそれを通り越してしまっているような顔をしている。
 ただ、それ以上に小川さんのお母さんがダメージを受けているように見えた。
「あの、さっきから聞いていて思うんですけど、姉妹でお祭りに来て、何があかんのんですか?」
 ここにいる全員が叔母さんの言う事を聞いていた。
「叔母さん、違うねん。この二人は姉妹とちゃうからっ」
 僕が叔母さんを止めた。
「えっ、違うの? 私、この二人があんまり似てるから、てっきり、そうやとばかり」
 恥ずかしいことを言っていたことに気づいて叔母さんが小さくなってしまった。
 小川さんと香山さんって似てるかな? イメージが全然ちゃうし。
 ひょっとして叔母さんは知っていて、わざとそんな事を?
 小川さんのお母さんは叔母さんの話を聞いているうちに、さっきまでの意気込みを失くしているように見えた。
「あんたらに私の何がわかるんや」小川さんのお母さんはそう呟いた。
 小川さんはお母さんに駆け寄った。
「お母さん・・これ、お母さんの分・・」
 小川さんは二本のサイダーのうち一本を渡した。
「こ、こんなものっ!」
 小川さんのお母さんは受け取るとサイダーを振り上げ地面に叩きつけようとした。
 そして小川さんの顔が引き攣ったその時、
「おい、おばはん、大の大人が、みっともないで」修二が言い出した。
「ほんまや、なんやよう知らんけど、お祭りの日にそんな怖い顔して」
 松下くんだ。また洟が垂れだしている。
「この二人が会うたらあかん理由、俺にもわからんなあ。明日、商店街のおばちゃんらに聞いてみよかな」
 おそらく文哉くんの言葉は効いたのだろう。
 小川さんのお母さんはふうっと大きな息を吐きながら振り上げたサイダーを降ろした。
「お母さん、サイダー、家に帰って飲も・・」
 小川さんはいつもよりすごく力のこもった口調で言った。
「悠子、お祭り終わったら、みんなと一緒に帰ってき・・」
 お母さんはそう言ってサイダーを小川さんに返した。
「これ、家に持って帰ったら、盗られるで、わかるやろ?」
「うん」
 小川さんはこくりと頷いて、サイダーを手提げの中に入れた。
 再び公園でどーん、バチバチッと夜空に花火が打ち上げられる音が響いた。
「悠子、花火や!」香山さんが小川さんに言う。
「うん、きれい」小川さんが空を見上げた。
 小川さんのお母さんはそんな二人を黙って見ている。
「悠子、あんまり遅うならんようにしいや」
 小川さんのお母さんは叔母さんの方をちらりと見て頭を下げ鳥居の方へ向かった。
「お母さん、ありがとう・・」
 小川さんの小さな声はたぶん誰の耳にも聞こえていないだろう。
「おいおい、香山と小川って姉妹なんか?」小川さんのお母さんが去ると松下くんが誰ともなく興味津々顔で言い出した。
「あほか、ぜんぜん似てへんやろ」文哉くんが松下くんの言葉を上手い具合に否定した。 文哉くんには助けられっぱなしやな。
「村上、その人、叔母さんやって言うとって、お姉ちゃんやったんやないか」
 修二と文哉くんが僕に迫ってきた。
「すごく綺麗なお姉さんやな。羨ましい、俺の姉ちゃんとえらい違いや」
 松下くんが洟をすすりながら言った。
「違うって、本当に叔母さんなんや」
 僕が言ってる横で叔母さんは楽しそうにみんなとのやり取りを聞いている。
「なあなあ、陽ちゃん、花火がもっとよう見えるとこ行こ」
 そう言いながら叔母さんは僕のシャツをくいくいと引っ張った。
 いつのまにか叔母さんと二人できたつもりが、みんなと一緒になっていることに今更に気づいた。
「向こうの公園の小高いところ、よう見えるらしいで」修二が僕たちに教える。
「俺ら、たこ焼き食いに行ってくるわ」
 文哉くん、松下くん、修二が屋台の方に向かった。
「二人も僕らと一緒に行こう」僕は香山さんと小川さんを誘った。
「お邪魔やない?」小川さんは僕の顔を伺うように言った。
「村上くん、本当にいいの?」香山さんまで真顔で訊ねる。
「かまへんよ。二人とも変なこと言うなあ」
 僕たちは公園の少し小高くなったところまで歩いた。
 僕と叔母さんが先を行き、その後を二人が手を繋ぎながらついてきた。
「陽ちゃん、さっきの人、怖かったなあ」叔母さんが思い出したように言った。
「叔母さんの言うたこと、おかしいところだらけやった」と僕が言うと「陽ちゃん、しっかりしてたけど、声が震えとったよ」と言い返された。

 僕たちは芝生の上の空いている一つのベンチに四人一緒に座った。窮屈だったけど誰も文句は言わない。むしろベンチが空いていることの方が奇跡だった。
 みんな夜空を見上げていた。
「また花火が上がった!」小川さんが大きな声で言った。
 空は花火の出した煙でもうもうとしている。
「お空、あんなに汚れてしもうてるわ」
 さすが小川さんは見るところが普通の人と違う。
「ほら、悠子、煙の上はお星さんが一杯や」
 この二人は花火を見ながら、ずっと遠くにあるものを見ているのだろう。
 二人だけでなく横にいる叔母さんもきっと僕と違うものを見ている気がした。
 だけど今夜、ばらばらの人たちが少しの間だけ繋がった気がした。
 何もしないでいると深い海に流れ込んでしまいそうな川の水を塞き止めた。
 誰がそんなことを?
 僕の傍で叔母さんが「空をずっと見てたら、私の体、吸い込まれそう」と言った。
 叔母さんも流れそうな体を誰かに受け止めて欲しいのだろうか?
「今ので、何発目?」香山さんが花火の打ち上げられた数を小川さんに聞く。
「数えだしてから、35発目やわ」
 小川さんはもう空が汚れてるとか言わなくなり、うっとりと花火を数えながら空を見上げている。
 花火が終わると小川さんは「終わってしもうた」と寂しそうに言って立ち上がった。
 続いて三人もベンチから離れ屋台に向かった。
「二人とも神様にお参りしたんか?」僕が小川さんと香山さんの方を見て言った。
「したよ」二人揃って返事が返ってくる。
「何を祈ったんや?」
「そんなん恥ずかしくて言えへんわ・・なあ」香山さんは小川さんと顔を見合わせ笑った。
「二人が言わんかったら、僕も言わへん」
「何を言ってるのん。村上くんが何を祈ったんかなんて、訊かんでもわかるわよ」
 香山さんがそう言うと小川さんが「ちょっと、仁美ちゃん、それ以上言うたら、あかん」と言いながら香山さんの服の袖を引っ張る。
「陽ちゃん、私、たこ焼き食べたい」歩きながら叔母さんが思いついたように言った。
「叔母さんが驕ってあげるから、みんなで一緒にたこ焼き食べよ」
「はい!」二人は嬉しそうに返事をした。

 屋台の方へ向かう途中、香山さんは「なんか悪いわね、お邪魔して、その上ご馳走になるなんて」と言った。
 叔母さんはたこ焼きを売っている屋台でたこ焼きを五人分買ってきた。
「叔母さん、なんで五人分?」
「だって陽ちゃん、一人分やったら足りんやろ?」
 叔母さんはそう言いながら小川さんと香山さんにたこ焼きを手渡した。
「いただきます」と言う二人の声がした時には、もう叔母さんがたこ焼きを一つ頬張っていた。
 僕はたこ焼き二人前を少し小川さんと香山さんに分けてあげた。かつお節やあおのりが風で四人の間を舞った。
 たこ焼きを食べ終わると二人が帰ると言い出したのでみんなで帰ることになった。
「陽ちゃん、さっきのひょっとこのお面着けて、二人に見せてあげて」
 僕が叔母さんの言葉にうろたえているとすかさず香山さんが「村上くん、ひょっとこのお面、買ってもうろうたん?」とからかうように訊いてきた。
「香山さん、ちょっとこれには訳があったんや」と言っても叔母さんは「はよ、はよ」とはやし立てた。
 僕はこんな所でひょっとこのお面なんて絶対かぶらない。
 石畳の上は帰る人でもう一杯になっている。
 小川さんは「家に帰るのちょっと怖いけど、なんか今すごく楽しい」と香山さんに言った。
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