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思念のコピー①
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◆思念のコピー
サツキさんが語る中、僕の脇腹をちょんちょんと小突く小さな指があった。イズミの人指し指だ。
イズミが話を聞いて欲しそうな顔をしているので促すと、
「ミノルさん、今までは、それで問題は無かった・・そう思います」と語り始めた。
イズミにしては、珍しくきっちりした話し方だ。
如月カオリのような新型ドールが登場する前は何も問題はなかった。
「けれど、A型ドールにとって、所有者が絶対的であったところに、如月カオリのような存在が介入してきたのです」
「そのようだな。A型ドールは所有者の意に反して、如月カオリの指示に従ったりするようになった」
僕が既に知っていたように答えると、イズミはつまらなそうな顔になった。
その顔を見て、佐山さんが「先輩、そんな言い方、イズミちゃんが可哀想ですよ」と抗議した。
僕はイズミの顔を立ててやろうと、
「イズミ、如月カオリのような新型のドールは、この国に、いったい何体いるんだ。わかるか?」と質問した。
イズミは「ミノルさん、少々お待ちください」と嬉しそうに言って、ネットからの情報を収集し始めた。
しばらくすると、
「ミノルさん、新型ドールは、バカ売れのようです」と答えた。
「バカ売れ?」
「ハイ、バカ売れです」
「イズミ、僕はそんな抽象的な表現を望んでいない。何体売れているのか、と訊いたんだよ」
そう強く言うと直ちに佐山さんが、「先輩、またそうやってイズミちゃんをイジメるんだから」と抗議した。
イズミは、佐山さんの抗議には耳を貸さず、
「正確には、1000体以上です・・けれど」
「けれど?」
「如月カオリのようなタイプのドールは、他には見当たらないようです」
他にいない?
「如月カオリのように、誰かの脳、あるいは、思考をコピーしたドールは他にいないのか?」
「ええっ、先輩、脳のコピーって、何それっ」
佐山さんが驚きの声を上げた。
僕は「佐山さんにはまだ言っていなかったな」と言って、如月カオリや、ローズから聞いた話をした。同時に、イズミもサツキさんも聞いている。
「正確には、思考や、記憶の複写だと思う。それ以上の詳しいことはわからない」
「先輩、それって、神に対する冒涜ですよぉ」
そんなドール、如月カオリを所持しているのは、山田課長だが、
実際に、如月カオリのAIに人間の思考を複写させたのは、大会社のトップ、草壁会長だ。おそらく、彼自身にはそのような技術はないだろう。自分の愛人ドールであるローズを使って、あるいは、別の組織の人間を使って、コピーを施したのかもしれない。
その思考、もしくは思念の複写の元は、
草壁会長の亡き妻だ。
そのことにどんな意味があるのか、それは当の草壁会長にしかわからないことだろう。
「しかし、それにしても」
「ミノルさん、何か、お考えですか?」
「イズミ、僕だって、いろいろと考えるよ」
「そうですか」とイズミは納得し、「何をお考えですか?」と訊いた。
「脳のコピーだ。あのドールたちはそう言ったが、正しくは、『思念のコピー』だと思う」
「ワタシもそう思います」イズミは同意した。
そして、こう言った。
「ワタシと同じです。正しくは、コピーではありませんが」と僕の言い方を真似して、
「ワタシと同じく、思念で創られていることに変わりはありません」と言った。
「だがな、イズミ、国産型のドールは、A型もB型も、人間の思念で創られることは、なかったんじゃないのか? それがタブーなのかもしれないし、メーカー側の制約もあるのかもしれない」
すると、その疑問に答えたのは、エレナさんだった。
「ワタシ、知っています」かすれた声、ようやく話すことができたような声でそう言った。
「エレナさんは、何かご存じなのですか?」
エレナさんは、山田課長の傍にいたし、ローズや、如月カオリとも関わっている。何か知っているかもしれない。
そんなエレナさんは、僕たちの会話を聞いて思うところがあったのかもしれない。
エレナさんは「ハイ」と答え、こう言った。
「如月カオリさまは、A型ドールと、こちらのイズミさんのような外国製のドール、つまり思念送信型のドールとの融合体なのです」
イズミのような中○製のドール。思念を送り込むことによって製作されるドールと国産型のドールとの融合。それなら辻褄は合う。
話が見えてきたが、一つ、わからないことがある。
「先輩、何のことか、さっぱりわかりませんよ」佐山さんが困惑の表情を浮かべる。
そんな佐山さんに、サツキさんが優しく解説した。
「ええっ、それじゃあ、おかしいですよ」そう佐山さんは言った。佐山さんは気づいたのだろう。「如月カオリっていうドールのAIは、草壁会長の亡くなった奥さまの思念を送って創られたものなんですよね」
サツキさんが「そうです」と言って、僕も頷く。
「だったら、その思念は、既に亡くなった方の思念っていうことになりますよね」
佐山さんは、そんな疑問を呈した。
その通りだ。
それがわからない。人類の科学を総動員しても、死者から、その思念や思考を取り出すことなど不可能だろう。
僕は、さりげなくイズミの顔を見て、
「イズミ、何かわかるか?」と訊いた。
ネットの情報で何かわかるかもしれない。
すると、イズミは、佐山さんの言い方を真似て「ワタシにも、さっぱりわかりません」と答えた。つまり、ネットの膨大な情報の中にも、そのような事例はない。そういうことだ。
草壁会長は、何か他の特殊な方法を使ったのか?
すると、エレナさんが再び口を開いた。
「あの、ワタシが、お話してよろしいでしょうか?」と様子を伺いながら言った。
「もちろんですよ、エレナさん」
「ワタシが知り得ている話では・・」とエレナさんは説明を始めた。
エレナさんの話によると、草壁会長は、奥さんが亡くなる前、その思念をフィギュアプリンターに送り込んだのだ。
もちろん、国産のプリンターは、A型もB型もそのようなことはできない。
国産のフィギュアプリンターは全て、インプットシートで行う。思念で作成するものはない。
そういうことだ。
草壁会長は、外製のフィギュアプリンターに奥さんの思念を送り込ませたのだ。
中○製のプリンターは、イズミや、植村のお母さんドールのように、人の思念でドールを作成する。
これは僕の想像だが、死期が近づいた奥さんは、自分の思念を必死の思いで、プリンターに送り込んだのに違いない。少なくとも、僕のような不純、かつ軽い気持ちではなかっただろう。その奥さんの思念には、夫を愛する心。そして、子供がいるのなら、家族みんなを思う気持ちがあったのに違いない。
何のためにそんなドールが必要だったのか?
それは草壁会長とその妻しか知らないことだ。もしかすると、奥さんは自分の亡きあと、夫を世話するドールを欲したのかもしれない。
「その時、会長のお手伝いをしていたのが、ローズさんです」
エレナさんはそう言った。
現在、草壁会長の愛人となっているローズは、その頃、会長の秘書をしていたんだな。
フィギュアプリンターの手配や指導もローズがしていたということか。
そんな経緯で、草壁会長は、外製のフィギュアプリンターでドールを創り上げた。
当然、出来上がったドールは、草壁会長の念願のドール、そして、奥さんとしても理想の自分の代わりのドール・・そのはずだった。
だが、
「けれど、出来上がったドールの容姿に、大きな問題があったようです」
エレナさんはそう言った。
「容姿に大きな問題が?」
ドールの心は、奥さんの思念の模写だったが、その姿かたちに問題があったのか。
佐山さんは、「でも、そうやって、思念のコピーを作成できるなんて、すごいですよね」と言っている。
そして、続けて佐山さんは、
「心がコピーできたんだから、容姿なんて少しくらい違ったって、我慢すればいいことじゃないですか」と言った。僕もそう思う。
僕がイズミを作成した時だって、完全だったわけじゃない。初恋の女の子に似ていることを願ったが、違った。 加えて、隣の島本さんの思念も混在し、理想とはかけはなれたものとなった。
サツキさんが語る中、僕の脇腹をちょんちょんと小突く小さな指があった。イズミの人指し指だ。
イズミが話を聞いて欲しそうな顔をしているので促すと、
「ミノルさん、今までは、それで問題は無かった・・そう思います」と語り始めた。
イズミにしては、珍しくきっちりした話し方だ。
如月カオリのような新型ドールが登場する前は何も問題はなかった。
「けれど、A型ドールにとって、所有者が絶対的であったところに、如月カオリのような存在が介入してきたのです」
「そのようだな。A型ドールは所有者の意に反して、如月カオリの指示に従ったりするようになった」
僕が既に知っていたように答えると、イズミはつまらなそうな顔になった。
その顔を見て、佐山さんが「先輩、そんな言い方、イズミちゃんが可哀想ですよ」と抗議した。
僕はイズミの顔を立ててやろうと、
「イズミ、如月カオリのような新型のドールは、この国に、いったい何体いるんだ。わかるか?」と質問した。
イズミは「ミノルさん、少々お待ちください」と嬉しそうに言って、ネットからの情報を収集し始めた。
しばらくすると、
「ミノルさん、新型ドールは、バカ売れのようです」と答えた。
「バカ売れ?」
「ハイ、バカ売れです」
「イズミ、僕はそんな抽象的な表現を望んでいない。何体売れているのか、と訊いたんだよ」
そう強く言うと直ちに佐山さんが、「先輩、またそうやってイズミちゃんをイジメるんだから」と抗議した。
イズミは、佐山さんの抗議には耳を貸さず、
「正確には、1000体以上です・・けれど」
「けれど?」
「如月カオリのようなタイプのドールは、他には見当たらないようです」
他にいない?
「如月カオリのように、誰かの脳、あるいは、思考をコピーしたドールは他にいないのか?」
「ええっ、先輩、脳のコピーって、何それっ」
佐山さんが驚きの声を上げた。
僕は「佐山さんにはまだ言っていなかったな」と言って、如月カオリや、ローズから聞いた話をした。同時に、イズミもサツキさんも聞いている。
「正確には、思考や、記憶の複写だと思う。それ以上の詳しいことはわからない」
「先輩、それって、神に対する冒涜ですよぉ」
そんなドール、如月カオリを所持しているのは、山田課長だが、
実際に、如月カオリのAIに人間の思考を複写させたのは、大会社のトップ、草壁会長だ。おそらく、彼自身にはそのような技術はないだろう。自分の愛人ドールであるローズを使って、あるいは、別の組織の人間を使って、コピーを施したのかもしれない。
その思考、もしくは思念の複写の元は、
草壁会長の亡き妻だ。
そのことにどんな意味があるのか、それは当の草壁会長にしかわからないことだろう。
「しかし、それにしても」
「ミノルさん、何か、お考えですか?」
「イズミ、僕だって、いろいろと考えるよ」
「そうですか」とイズミは納得し、「何をお考えですか?」と訊いた。
「脳のコピーだ。あのドールたちはそう言ったが、正しくは、『思念のコピー』だと思う」
「ワタシもそう思います」イズミは同意した。
そして、こう言った。
「ワタシと同じです。正しくは、コピーではありませんが」と僕の言い方を真似して、
「ワタシと同じく、思念で創られていることに変わりはありません」と言った。
「だがな、イズミ、国産型のドールは、A型もB型も、人間の思念で創られることは、なかったんじゃないのか? それがタブーなのかもしれないし、メーカー側の制約もあるのかもしれない」
すると、その疑問に答えたのは、エレナさんだった。
「ワタシ、知っています」かすれた声、ようやく話すことができたような声でそう言った。
「エレナさんは、何かご存じなのですか?」
エレナさんは、山田課長の傍にいたし、ローズや、如月カオリとも関わっている。何か知っているかもしれない。
そんなエレナさんは、僕たちの会話を聞いて思うところがあったのかもしれない。
エレナさんは「ハイ」と答え、こう言った。
「如月カオリさまは、A型ドールと、こちらのイズミさんのような外国製のドール、つまり思念送信型のドールとの融合体なのです」
イズミのような中○製のドール。思念を送り込むことによって製作されるドールと国産型のドールとの融合。それなら辻褄は合う。
話が見えてきたが、一つ、わからないことがある。
「先輩、何のことか、さっぱりわかりませんよ」佐山さんが困惑の表情を浮かべる。
そんな佐山さんに、サツキさんが優しく解説した。
「ええっ、それじゃあ、おかしいですよ」そう佐山さんは言った。佐山さんは気づいたのだろう。「如月カオリっていうドールのAIは、草壁会長の亡くなった奥さまの思念を送って創られたものなんですよね」
サツキさんが「そうです」と言って、僕も頷く。
「だったら、その思念は、既に亡くなった方の思念っていうことになりますよね」
佐山さんは、そんな疑問を呈した。
その通りだ。
それがわからない。人類の科学を総動員しても、死者から、その思念や思考を取り出すことなど不可能だろう。
僕は、さりげなくイズミの顔を見て、
「イズミ、何かわかるか?」と訊いた。
ネットの情報で何かわかるかもしれない。
すると、イズミは、佐山さんの言い方を真似て「ワタシにも、さっぱりわかりません」と答えた。つまり、ネットの膨大な情報の中にも、そのような事例はない。そういうことだ。
草壁会長は、何か他の特殊な方法を使ったのか?
すると、エレナさんが再び口を開いた。
「あの、ワタシが、お話してよろしいでしょうか?」と様子を伺いながら言った。
「もちろんですよ、エレナさん」
「ワタシが知り得ている話では・・」とエレナさんは説明を始めた。
エレナさんの話によると、草壁会長は、奥さんが亡くなる前、その思念をフィギュアプリンターに送り込んだのだ。
もちろん、国産のプリンターは、A型もB型もそのようなことはできない。
国産のフィギュアプリンターは全て、インプットシートで行う。思念で作成するものはない。
そういうことだ。
草壁会長は、外製のフィギュアプリンターに奥さんの思念を送り込ませたのだ。
中○製のプリンターは、イズミや、植村のお母さんドールのように、人の思念でドールを作成する。
これは僕の想像だが、死期が近づいた奥さんは、自分の思念を必死の思いで、プリンターに送り込んだのに違いない。少なくとも、僕のような不純、かつ軽い気持ちではなかっただろう。その奥さんの思念には、夫を愛する心。そして、子供がいるのなら、家族みんなを思う気持ちがあったのに違いない。
何のためにそんなドールが必要だったのか?
それは草壁会長とその妻しか知らないことだ。もしかすると、奥さんは自分の亡きあと、夫を世話するドールを欲したのかもしれない。
「その時、会長のお手伝いをしていたのが、ローズさんです」
エレナさんはそう言った。
現在、草壁会長の愛人となっているローズは、その頃、会長の秘書をしていたんだな。
フィギュアプリンターの手配や指導もローズがしていたということか。
そんな経緯で、草壁会長は、外製のフィギュアプリンターでドールを創り上げた。
当然、出来上がったドールは、草壁会長の念願のドール、そして、奥さんとしても理想の自分の代わりのドール・・そのはずだった。
だが、
「けれど、出来上がったドールの容姿に、大きな問題があったようです」
エレナさんはそう言った。
「容姿に大きな問題が?」
ドールの心は、奥さんの思念の模写だったが、その姿かたちに問題があったのか。
佐山さんは、「でも、そうやって、思念のコピーを作成できるなんて、すごいですよね」と言っている。
そして、続けて佐山さんは、
「心がコピーできたんだから、容姿なんて少しくらい違ったって、我慢すればいいことじゃないですか」と言った。僕もそう思う。
僕がイズミを作成した時だって、完全だったわけじゃない。初恋の女の子に似ていることを願ったが、違った。 加えて、隣の島本さんの思念も混在し、理想とはかけはなれたものとなった。
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