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エレナさんの心
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◆エレナさんの心
それから、僕と佐山さんはそれぞれの会社の上司に電話をかけ、ひたすら謝った。
僕は内海との打ち合わせだったが、佐山さんは別の担当者との会議だった。彼女は、それをすっぽかしたというわけだ。
「明日、また上司に謝り続けますよぉ。他の人にも迷惑をかけたし」と佐山さんが嘆く。
そんな会話を続けていると、
ギギギッと、硬い物が擦れ合うような音がした。
「あっ、エレナさんが」佐山さんが声を上げた。
エレナさんが目覚めたのだ。半身を起こし真正面の壁を見ている。充電が完了したようだ。
「充電をカンリョウしました」エレナさんはイズミがいつも言うようにそう言った。その言葉は外製でも国産でも変わらないようだ。
エレナさんは目を点滅させ、そのまま立ち上がると、
「両脚に問題があります。右腕を損傷・・」と自分の体の状態を確認するように言った。
佐山さんが「エレナさん、無理しないでください」と年寄りを労わるように声をかけた。
すると、エレナさんは、「体に問題はありますが、歩行は可能」と言って、
今度は、周囲の状況を確認し始めたのか、僕やイズミ、サツキさんの顔を見た。
「取引会社のイムラさん。サヤマさん。それに、外製の少女ドールが一体。更にS型ドールを一体、確認しました」
そう機械的に僕たちのことを指したエレナさんに、僕はそれぞれの紹介をした。
「ワタシは、なぜここにいるのですか?」
そうエレナさんは尋ねた。
エレナさんに、飯山商事での経緯を話してわかるかどうかはわからないが、話さないわけにはいかない。
まず、佐山さんが、
「エレナさんは、エスカレーターの上から突き落とされたのよ。憶えてる?」と話を切り出した。
エレナさんは思い出したのか、小さな声で「そうでしたね」と言った。
「誰に突き落とされたか、わかる?」
佐山さんは隠さず言うつもりだ。山田夫人の仕業だということを。僕も止めない。
「ハイ、ヤマダさまの奥様ですね」
エレナさんはそう答えた。
後ろにいた山田夫人。その行動がわかるのか?
「けれど、それは仕方のないことです」
自分が監視をしていたからか? その報いだというのか。
「エレナさん、ローズに腕をもがれたことも、仕方ないというのですか?」僕は訊いた。
そんな僕の問いかけにも、
「それは、ワタシが、大きな失敗をしたからです」と応えた。
エレナさんは、さも自分が悪いと言わんばかりだ。
僕がサツキさんを使って、エレナさんからデータの抽出をしたこと、僕にとってはイズミの居所を突きとめるためだったが、如月カオリにとっては、エレナさんの失態となっていた。だが、あの時は、そうするより仕方なかった。
すると、イズミの入れたティーカップに手を添えているサツキさんが口を開いた。
「イムラさん、差し出がましいようですが、これ以上、エレナさんに問うのは、酷かと思います」と言った。
そして、僕がサツキさんの話を聞く姿勢をとると、
「イムラさん、ワタシがB型ドールだった頃の経験でお話しします」と話を切り出した。
「ワタシたちは、並列思考であるゆえに、指揮命令系統は、全て統一されていました。ですから、単純かつ持続的な労働に向いている、そう言われているそうです。実際にその通りで、ワタシたちは、業務に従事している間、何が楽なのか、何が苦しい事なのかを知ることなく、又は、知りたいとも思わないで、日々を過ごしていました」
「そうでしたね」
すると、サツキさんは、こう言った。
「知らなければいい・・何が幸福であるのか、知らなければ、ワタシたちは、何も苦痛ではありませんでした。自分たちの単純作業。こういうものだ。ワタシたちはこの業務に携わり、そして、短い生を終えていく。そこには何の問題もありませんでした」
そう語るサツキさんの話を僕も、佐山さんも黙って聞いている。
果たしてエレナさんの耳にはサツキさんの言葉は届いているのだろうか?
「けれど・・」とサツキさんは、一旦、言葉を切り、
「ワタシは、サヤマさんや、イムラさん、みなさんの優しさに触れ、並列思考では知り得なかった感覚、それは人間で言うところの幸福、それを知ることになりました。花を愛でたり、海を眺めたりもしました。そんな日々の中で私はこう思ったのです」
サツキさんの目は遠くを見ている。
「もっと、この時間、この素敵な時間が続けばいい、と」
それは、サツキさんにとってよかったことなのか、知らなければよかったことなのか。
「イズミさん、頂きますね」と言って、サツキさんは、手に添えたティーカップに口をつけた。そして、
「ワタシは、A型ドールについてはそう詳しくは知りません。おそらく、エレナさんは、まだ人間の優しさには触れていないと推察します。エレナさんだけでなく、ワタシやイムラさんを襲ったA型のローズもそうではないかと思います」
だろうな。だが、エレナさんはともかく、あのお色気レディのローズはそんなことを知りたいとも思わないだろうな。
そう語るサツキさんに佐山さんがこう尋ねた。
「サツキさんは、井村先輩やイズミちゃんの優しさに触れなかった方がいいと思いますか?」
佐山さんが訊ねたことの答を僕は知っている。
サツキさんは優しい笑みを浮かべて、首を振り「いいえ、そんなことはありませんよ」と言った。「何も知らずに、寿命を終えた他のドールに比べたら、ワタシはよほど幸せです」
「けれど」
「けれど、何? サツキさん」
佐山さんがサツキさんに尋ねた。
「こちらのエレナさんが、ワタシのように思うとは限りません」
サツキさんはそう言った。
「そうなのかな?」
「エレナさんは、逆に苦しむ・・そんなことを考えられます」
サツキさんが、そうだったが、エレナさんがそうだとは限らない。そういうことなのか。
A型ドールには、人間の優しさが不必要だというのか。
そうならば、あえて関わることはないのでは? とも思う。
だったら、僕たちは、いったいここで何をしているのだろう? エレナさんにとって僕たちの好意はいらぬお節介なのか?
そして、サツキさんは、自分自身の境遇と比較して、
「A型ドールは、ワタシのようなB型のAI、つまり、並列思考でない代わりに、ご主人様である所有者ただ一人が絶対的存在なのです」
持ち主が、A型ドールにとっての絶対者。神のようなものなのか?
それから、僕と佐山さんはそれぞれの会社の上司に電話をかけ、ひたすら謝った。
僕は内海との打ち合わせだったが、佐山さんは別の担当者との会議だった。彼女は、それをすっぽかしたというわけだ。
「明日、また上司に謝り続けますよぉ。他の人にも迷惑をかけたし」と佐山さんが嘆く。
そんな会話を続けていると、
ギギギッと、硬い物が擦れ合うような音がした。
「あっ、エレナさんが」佐山さんが声を上げた。
エレナさんが目覚めたのだ。半身を起こし真正面の壁を見ている。充電が完了したようだ。
「充電をカンリョウしました」エレナさんはイズミがいつも言うようにそう言った。その言葉は外製でも国産でも変わらないようだ。
エレナさんは目を点滅させ、そのまま立ち上がると、
「両脚に問題があります。右腕を損傷・・」と自分の体の状態を確認するように言った。
佐山さんが「エレナさん、無理しないでください」と年寄りを労わるように声をかけた。
すると、エレナさんは、「体に問題はありますが、歩行は可能」と言って、
今度は、周囲の状況を確認し始めたのか、僕やイズミ、サツキさんの顔を見た。
「取引会社のイムラさん。サヤマさん。それに、外製の少女ドールが一体。更にS型ドールを一体、確認しました」
そう機械的に僕たちのことを指したエレナさんに、僕はそれぞれの紹介をした。
「ワタシは、なぜここにいるのですか?」
そうエレナさんは尋ねた。
エレナさんに、飯山商事での経緯を話してわかるかどうかはわからないが、話さないわけにはいかない。
まず、佐山さんが、
「エレナさんは、エスカレーターの上から突き落とされたのよ。憶えてる?」と話を切り出した。
エレナさんは思い出したのか、小さな声で「そうでしたね」と言った。
「誰に突き落とされたか、わかる?」
佐山さんは隠さず言うつもりだ。山田夫人の仕業だということを。僕も止めない。
「ハイ、ヤマダさまの奥様ですね」
エレナさんはそう答えた。
後ろにいた山田夫人。その行動がわかるのか?
「けれど、それは仕方のないことです」
自分が監視をしていたからか? その報いだというのか。
「エレナさん、ローズに腕をもがれたことも、仕方ないというのですか?」僕は訊いた。
そんな僕の問いかけにも、
「それは、ワタシが、大きな失敗をしたからです」と応えた。
エレナさんは、さも自分が悪いと言わんばかりだ。
僕がサツキさんを使って、エレナさんからデータの抽出をしたこと、僕にとってはイズミの居所を突きとめるためだったが、如月カオリにとっては、エレナさんの失態となっていた。だが、あの時は、そうするより仕方なかった。
すると、イズミの入れたティーカップに手を添えているサツキさんが口を開いた。
「イムラさん、差し出がましいようですが、これ以上、エレナさんに問うのは、酷かと思います」と言った。
そして、僕がサツキさんの話を聞く姿勢をとると、
「イムラさん、ワタシがB型ドールだった頃の経験でお話しします」と話を切り出した。
「ワタシたちは、並列思考であるゆえに、指揮命令系統は、全て統一されていました。ですから、単純かつ持続的な労働に向いている、そう言われているそうです。実際にその通りで、ワタシたちは、業務に従事している間、何が楽なのか、何が苦しい事なのかを知ることなく、又は、知りたいとも思わないで、日々を過ごしていました」
「そうでしたね」
すると、サツキさんは、こう言った。
「知らなければいい・・何が幸福であるのか、知らなければ、ワタシたちは、何も苦痛ではありませんでした。自分たちの単純作業。こういうものだ。ワタシたちはこの業務に携わり、そして、短い生を終えていく。そこには何の問題もありませんでした」
そう語るサツキさんの話を僕も、佐山さんも黙って聞いている。
果たしてエレナさんの耳にはサツキさんの言葉は届いているのだろうか?
「けれど・・」とサツキさんは、一旦、言葉を切り、
「ワタシは、サヤマさんや、イムラさん、みなさんの優しさに触れ、並列思考では知り得なかった感覚、それは人間で言うところの幸福、それを知ることになりました。花を愛でたり、海を眺めたりもしました。そんな日々の中で私はこう思ったのです」
サツキさんの目は遠くを見ている。
「もっと、この時間、この素敵な時間が続けばいい、と」
それは、サツキさんにとってよかったことなのか、知らなければよかったことなのか。
「イズミさん、頂きますね」と言って、サツキさんは、手に添えたティーカップに口をつけた。そして、
「ワタシは、A型ドールについてはそう詳しくは知りません。おそらく、エレナさんは、まだ人間の優しさには触れていないと推察します。エレナさんだけでなく、ワタシやイムラさんを襲ったA型のローズもそうではないかと思います」
だろうな。だが、エレナさんはともかく、あのお色気レディのローズはそんなことを知りたいとも思わないだろうな。
そう語るサツキさんに佐山さんがこう尋ねた。
「サツキさんは、井村先輩やイズミちゃんの優しさに触れなかった方がいいと思いますか?」
佐山さんが訊ねたことの答を僕は知っている。
サツキさんは優しい笑みを浮かべて、首を振り「いいえ、そんなことはありませんよ」と言った。「何も知らずに、寿命を終えた他のドールに比べたら、ワタシはよほど幸せです」
「けれど」
「けれど、何? サツキさん」
佐山さんがサツキさんに尋ねた。
「こちらのエレナさんが、ワタシのように思うとは限りません」
サツキさんはそう言った。
「そうなのかな?」
「エレナさんは、逆に苦しむ・・そんなことを考えられます」
サツキさんが、そうだったが、エレナさんがそうだとは限らない。そういうことなのか。
A型ドールには、人間の優しさが不必要だというのか。
そうならば、あえて関わることはないのでは? とも思う。
だったら、僕たちは、いったいここで何をしているのだろう? エレナさんにとって僕たちの好意はいらぬお節介なのか?
そして、サツキさんは、自分自身の境遇と比較して、
「A型ドールは、ワタシのようなB型のAI、つまり、並列思考でない代わりに、ご主人様である所有者ただ一人が絶対的存在なのです」
持ち主が、A型ドールにとっての絶対者。神のようなものなのか?
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