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わが家

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◆わが家

 屋外駐車場の中、エレナさんが動きが鈍い。
「先輩、エレナさん、何かおかしいですよ」
「いや、充電が切れかけているのかもしれない」
 エレナさんは何も言わず、その目を点滅させている。

 僕では、わからない。だが、ドールのイズミや、サツキさんならわかるだろう。
「井村先輩、これからエレナさんをどうしたらいいんですか?」
 不安そうな表情の佐山さんに僕は、
「僕に考えがある」と言った。
 僕がそう言うと、佐山さんは「やっぱり、井村先輩はすごいです。いつもちゃんと先のことを考えているんですね」と褒め称えた。
「いや、そんな大した考えじゃない」
 本当に大したことじゃない。
 僕はエレナさんをドールショップに連れて行こうと思っている。
 B型ドールからセクサロイドのSドールとなったサツキさんを購入した場所だ。
 確か、店のフロントに、「ドールの修理承ります」と書いてあった。但し、いくらかかるのか見当もつかない。
 だが、ドールショップに行く前に、わが家に帰りたい。
 その理由は、エレナさんの体をイズミやサツキさんに見てもらうためだ。
 それには、佐山さんが一緒にいてはまずい。
 サツキさんのことは、フロンティアに消え去ったが、Sドールを購入し、並列思考を利用してサツキさんのオリジナル思考を取り出し、新たなドールとして復活したと言えばいいことだ。佐山さんなら、むしろ喜んでくれるかもしれない。元々、サツキさんは佐山さんのお願いで預かったのだから問題はない。
 しかし、イズミはサツキさんとは異なる。趣味嗜好の領域に入る。僕の性癖と勘違いされる。
 僕は、
「佐山さん、エレナさんのことは僕にまかせてくれ、まず家に帰ってから、ドールショップに行こうと思っている」と言った。ここで佐山さんとお別れだ。
「ええっ、先輩、水臭いですよ。私も行きますよぉ。前から行こうと思っていたんですから」佐山さんはそう言って、
「それより、どうして先に先輩の家に行くんですか?」と尋ねた。
 しまった。余計なことを言わなければよかった。
 まずいな。自宅に立ち寄ることの言い訳が思いつかない。

 いや、待て、
 この際、イズミを見られても、誰かの預かりものだと説明すればいいではないか。
 丁度旨い具合に、イズミには島本さんの娘であるという思念がある。隣の島本さんの家から、僕の家に遊びに来ているドールだと言えばいいだけのことだ。

 僕は佐山さんにぶちまけるように、サツキさんの復活の話、そして、家に来ているイズミのことを話した。
 すると、佐山さんは、
「ええっ、イムラ先輩って、本当にいい人なんですねっ」と笑顔で言って、
「私がお願いしたサツキさんばかりか、そんな女の子ドールも、預かってお世話するなんて、もう尊敬の領域ですよ」と笑った。
 そう言われると、僕の嘘に罪の意識を感じる。

「井村先輩、それじゃ、今はドール二人と同棲状態なんですね」
 そう無邪気に話す佐山さん。
 僕は吹き出しそうになったが、「ドールとの同居、それは同棲とは言わないだろ」と返した。

 そんな話をしながら、
 エレナさんを僕の車の後部席に担ぎ入れた。シートが少し汚れるが、この際、仕方ない。佐山さんの高級車を汚すよりはましだ。
 エレナさんは、ローズが手配した所有者情報の書き換えのおかげなのか、抵抗なくシートに体を横たえた。

 僕の軽自動車のあとを佐山さんの高級車が追う格好で、自宅に着いた。
 こんな形で、佐山さんを自宅に招き入れるとは思いもしなかった。
 近所の目を気にしながら、アパートの階段を上がる。
 そして、僕たちを出迎えた二人のドール。
 サツキさんは島本さんのお下がりの洋服。白のブラウスにベージュのスカート。
 イズミも島本さんセレクトのワンピース。そして、髪にはバレッタ。
 いつも清楚な雰囲気を漂わせるサツキさんに、最近、その姿が愛らしく見えるイズミだ。

 佐山さんは、まずサツキさんの姿に感激し、
「サツキさん、生まれ変わったのね!」と言った。サツキさんの体型はセクサロイドであるSドールだけあって、若干ふくよかになっているが、顔は、B型ドールの数少ないパターンなのでそう変わらない。
「サヤマさん。ゴブサタしております」
 サツキさんは、佐山さんの姿を見て丁寧に腰を折った後、「サヤマさんが、飯山商事から引き取ってくださった おかげで、ワタシはここで暮らしています」と礼を述べた。
 そう言ったサツキさんに佐山さんは「ううん」と首を振り、
「私は何にもしてないわ。全部、井村先輩のおかげよ」と言った。「さっき、先輩から聞いたけど、いろいろあったんだってね」
 そう佐山さんが嬉しそうに言うと、
 その様子を見ていたイズミが「センパイ?」とぽつりと言った。
 その声に、イズミに視線を走らせた佐山さんが、
「わあっ、可愛い!」と、声を上げた。「この子が噂のドールね」

「ねえっ、井村先輩、このドール、何ていう名前なの?」
「イズミという名前だ」
「先輩、イズミちゃんに触っていい?」
 僕が「かまわない」と言うと、佐山さんはイズミに駆け寄って、イズミの肩に触れたり、その手を握ったりした。
 そして、「かわいいっ」と言って、頭を撫でた。「お人形さんみたい!」
「お人形ではありません、ドールです」イズミが抗議する。
 イズミは若干迷惑そうに頭を揺らしているが、そうイヤでもなさそうに見える。
 イズミは佐山さんに頭をなでなでされながら、
「ミノルさん、さっきから気になっているのですが、『センパイ』とは何ですか?」と尋ねた。
 僕が会社での佐山さんとの関係を説明すると、
「てっきりワタシは、この方は、ミノルさんのご愛人、もしくは運動部の指導者か何かと思いました」と言った。
 愛人? 運動部の指導者?
 僕が「おいっ、イズミ、意味がわからないぞ!」と言うと、佐山さんが「わっ、イズミちゃんて、面白いことを言うのね」と更に喜んだ。
 サツキさんは、さっきから気になっているのか、僕の後ろをチラチラと見ている。
「あのぉ、イムラさん、そちらのドールさんは?」と
 何も言わず虚ろな表情で立っているエレナさんのことを訊ねた。

「この人は、A型ドールのエレナさんだ」と僕は言った。「色々とあって、エレナさんの
修理をしなければならない」
「右側の腕が、ないようですが・・」
「腕は、もぎ取られた。他にも何か所か損傷している。足もおかしい」
 そんな会話をしていると、エレナさんが力尽きたようにガクッと膝をついた。
 すると、イズミが、「この方は、充電がお切れのようです」と変な日本語で指摘した。
 やっぱり、そうか。
 もしかすると、内海のことだ。ろくに充電もされていなかったのかもしれない。

 エレナさんは膝をついたかと思うと、そのまま玄関に突っ伏した。
 それまでイズミの頭を撫でていた佐山さんが、エレナさんに駆け寄って抱き起した。
 まず充電だ。
 僕は佐山さんとエレナさんを担ぎ、居間まで運び、その痛々しい体を横たえさせ充電を開始した。
 ケーブルを差し込んだエレナさんの裸身のあちこちに、柔肉が捲れ上がったような痣や、切れ込みがある。
 僕と佐山さんは一度目にしているが、イズミとサツキさんにとっては初めて見る光景だ。
 サツキさんは「右腕もそうですが、イムラさん、この背中の傷は?」と尋ねた。
「エレナさんの所有者がやった跡だ」
 そうエレナさんをこんな姿にしたのは人間だ。それは、内海、もしくは山田課長の奥さんだ。
 すると、サツキさんは、ポツリとこう言った。
「B型ドールだった頃のワタシは、A型ドールに、無茶をされたことはありますが、A型ドールは、人間にこんな酷いことをされていたのですね」
 サツキさんの言う通り、ひどい所有者・・それは人間だ。
 サツキさんは思うところがあるのか、エレナさんの充電中、ずっとエレナさんの体を見ている。
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