初恋フィギュアドール

ローズの心の隙

◆ローズの心の隙

「さっき、ローズは山田課長のことをバカにしたが、少なくとも彼は狡猾のようだぞ」
　僕がそう言うと、ローズは「何のことかわからない」と言いたげな顔となった。
　ローズは更に、
「あれはトウヘンボクのうすらトンカチよ」と俗語を並べて嘲笑した。
　そんな不敵な笑みを浮かべるローズに、
「そうでもない」と僕は言った。「実は噂で聞いたが、山田課長は、秘書ドールのエレナさんを使って、自分の妻の浮気調査をさせていたようだ」
　山田課長は、内海に安く譲ったエレナさんの所有者情報を内海に変更しないでいた。
　そんな高度なテクニックをカードに施したのは誰だ？

「あら、そんなことをワタシが知らないと思うの？　その細工をしたのは、建前上、山田課長が所有者になっている如月カオリさまなのよ」
　僕は言葉を詰まらせた。　
　そうだった。如月カオリの配下のローズが知っていて当然の事実だ。
　何も言えない僕にローズは、
「それに、それは狡猾とは言わないし、ワタシから見れば、あの山田は、ただの嫉妬深い男に過ぎないわね」
　なんだよ、その言い方は・・まるで、人間の女が冴えない中年男を侮蔑する時のような言い方じゃないか。
「おい、ローズ。さっきから聞いていると、まるで人間の女のような口の聞き方だな」と僕は言った。
　うすらトンカチ、トウヘンボク、それに嫉妬深い男、と人間を罵るローズの口調に僕は口調を改め、
「ローズの話し方は、僕の嫌いなタイプの女の話し方だ。僕は、そんな女を一人知っている」と強く言った。
　僕が、そう言った瞬間、
　ローズの瞳が、二度三度ほど黄色く点滅した。
　そして、まるで僕の言葉が想定外だったように、
「きらいなタイプ。そんな女をボクは一人知っている」とぎこちない口調で繰り返した。意味がわからなかったのか？
　だが、それはほんの一瞬だった。
　一瞬だったが、今の現象が、不敵なローズの欠点のように思えた。
　それにしても変なところに反応するんだな。「嫌いなタイプ」そして「そんな女を知っている」そのどちらに反応したのだろう？

　ローズの目はすぐに元の妖しげな瞳に戻り、
「つまり、あなたのその言葉を要約すると、『あなたにとって私は苦手な存在』ということなのかしら？」と言った。
　話し方がずいぶんとまどろっこしくなったな。
「ローズ、話し方が少しおかしいぞ」
　僕がそう言うと、ローズは「えっ？」と小さな声を放ち、
「そ、そうかしら？」と、まるで人間の口調のようにどもった。

　おかしい。今まで流暢にしゃべっていたローズが、何かの言葉によって躓いたような感じを受ける。
　特に予想外の言葉を言ったつもりはないが。

　それよりも、腕時計を見ると、仕事の打ち合わせの時間が迫っている。
「そろそろ、失礼するよ」
　僕がそう言うと、「あら、そう」と返した。元の冷静なローズの反応だ。一体さっきのは何だったのだろう。
「色々話してくれたが、ローズはどうしてそんな小難しい話を僕にしたんだ？」
「あら、わからないの？」
「わからないよ」
「ワタシたち、カオリさまとワタシは、あなたたちに怒っているのよ。だから、いろいろ、説明が必要だと思ったの」
　あなたたちというのは、僕とイズミ、そして、サツキさんのことだろう。
「僕たちが何か悪い事でもしたのか？」
　僕がとぼけて言うと、
「したじゃない。カオリさまにケーブルを差し込んで、カオリさまを混乱させたわ」と憤った。
　そして、混乱した如月カオリは、ローズを引っ叩いた。ま、二人が怒って当然だろうな。

　そんな話をしていると、
「あれっ、井村先輩！」
　その声で、ローズとの会話の世界に浸っていた僕は我に返った。
　声の方を見上げると、そこには、
　わが社の制服を着た営業課の佐山さんが立っていた。