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ローズとの対話①
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◆ローズとの対話
なんだか、飯山商事に行きづらくなったな。
山田課長も奥さんの不倫が発覚して、ご機嫌斜めだろう。それに内海に会うのもイヤだな。山田課長は内海の上司だから、彼は配置転換にでもなるのだろうか?
そんなことを考えながら、わが社とは大きさでは比べ物にならない飯山商事の巨大ビルに入った。
ここのロビーは、イズミの監禁された場所を訊きだすために、A型ドールのエレナさんを呼び出し、サツキさんがエレナさんのAIからデータを抽出した場所だ。
そして、あの政治家の秘書のようなローズにも出くわした。
受付を済ませると、業務の打ち合わせまでにはまだかなりの時間があるので、待ち合わせ用のソファーに腰を沈め、文庫本を取り出した。
広いロビーには僕以外にも時間を潰している人がいる。飯山商事の社員バッジを付けている人間や、僕のように他の会社の人間たちだ。
すると、綺麗にワックスがけしたフロアの上を、一人の女がツカツカとヒール音を立て近づいてきて、僕の目の前のソファーにどかっと座った。その制服からして、飯山商事のOLだ。
顔を合わせないように、視線を文庫本に集中させる。
視線を文庫本に落としていても、女の脚は目に入るものだ。なぜなら、女は大きく脚を組んでいるからだ。それも短いタイトスカートだ。目の前にヒールが突き出ている。
何も僕の前に座らなくても・・他に空いている席はいくらでもあるのに。
そう思いながらひたすら無視を続けていると、
「えっと、お名前は何だったかしら?」と女がふいに言った。妙に艶っぽい声だ。だが、機械的な感じがする。
知っている女か? そう思うのと同時に顔を上げると、
それはA型ドールのローズだった。
かつて飲み屋でB型ドールのサツキさんを足蹴にし、あの廃屋で乱闘を繰り広げたドール。サツキさんを回し蹴りで吹っ飛ばしたほどのパワーの持ち主だ。
ローズは自分を神と呼ぶ如月カオリに仕えているが、その所有者は不明だ。
ローズは鋭い目で僕の顔を数秒見ると、
「確か、イムラミノル・・だったわね」と言った。
その顔の質感はドールそのものだ。といっても、少し離れて見ると人間の女と区別がつかないだろう。タイトなスカートスーツを着たローズは、ネックレス等のアクセサリーも身に着けているし、ご丁寧にストッキングも穿いている。そんな艶に惹かれる男たちも少なくはないと思われる。
特に目を引いたのは、ローズの唇には口紅が引かれていることだ。
ドールは人間の真似事をするのが好きなのか?
「僕は名乗った覚えはないが」と返すと、
「カオリさまのデータの中に残っているのよ」と答えた。
如月カオリとは、山田課長との三者面談時に互いに紹介し合っている。
その時のデータか? と思っていると、
「イズミという名のドールが、あなたの名前をしきりに呼んでいたのをカオリさまが憶えているわ」
あの廃屋倉庫で如月カオリがイズミにケーブルを繋ぎ、イズミのデータを抽出していた時のことか。
そんな時にも、イズミは僕の名を呼んでいたのか・・そう思うと切なくなる。
同時に、そんなひどい事をイズミにしていた如月カオリとローズに強い憤りを覚える。
だが、それよりも今は、
「あんたは、如月カオリの記憶がわかるのか?」
さっきローズは、イズミのことを「カオリさまが憶えている」と言っていた。
「あら、察しが早いわね」とローズはイヤな笑みを見せ、「ワタシたちのようなA型ドールは新型のドールであるカオリさまの支配下にあるのよ。指揮命令もそうだけど、データも必要な分だけ、カオリさまから支給されるわ」と言った。「もちろん、あなたの名前もカオリさまからのデータの中で分かったのよ」
そういうことか。
そして、おそらく如月カオリのデータの中には、イズミの記憶も入り込んでいるのだろう。イズミの記憶には、サツキさんや、植村のお母さんドール。当然、僕のこともそうだが、島本さんのことも刻まれている。
いずれにせよ、目の前のローズと如月カオリは、僕とイズミ、そして、サツキさんの敵であることには間違いない。
あの廃屋の乱闘では、イズミが気を利かして、如月カオリにケーブルを繋ぎ二人のドールを混乱させた。それで危うく難を逃れたのだ。
ローズがすっかり元に戻っているところを見ると、自分たちで元通りにしたのか、それとも誰かが直したのか。
いずれにせよ、この連中とは距離を置きたい。
「で、僕に何か用でもあるのか?」
と僕が言うと、「さっき、あなたはワタシのことを『あんた』呼ばわりしたけれど、ワタシには『ローズ』という名前があるのよ」と強く言った。
僕は「わかったよ。それで、ローズは僕に何か用かな?」と丁寧に言い改めた。
こんな場所でごちゃごちゃしたくない。周囲の目もある。
なんだか、飯山商事に行きづらくなったな。
山田課長も奥さんの不倫が発覚して、ご機嫌斜めだろう。それに内海に会うのもイヤだな。山田課長は内海の上司だから、彼は配置転換にでもなるのだろうか?
そんなことを考えながら、わが社とは大きさでは比べ物にならない飯山商事の巨大ビルに入った。
ここのロビーは、イズミの監禁された場所を訊きだすために、A型ドールのエレナさんを呼び出し、サツキさんがエレナさんのAIからデータを抽出した場所だ。
そして、あの政治家の秘書のようなローズにも出くわした。
受付を済ませると、業務の打ち合わせまでにはまだかなりの時間があるので、待ち合わせ用のソファーに腰を沈め、文庫本を取り出した。
広いロビーには僕以外にも時間を潰している人がいる。飯山商事の社員バッジを付けている人間や、僕のように他の会社の人間たちだ。
すると、綺麗にワックスがけしたフロアの上を、一人の女がツカツカとヒール音を立て近づいてきて、僕の目の前のソファーにどかっと座った。その制服からして、飯山商事のOLだ。
顔を合わせないように、視線を文庫本に集中させる。
視線を文庫本に落としていても、女の脚は目に入るものだ。なぜなら、女は大きく脚を組んでいるからだ。それも短いタイトスカートだ。目の前にヒールが突き出ている。
何も僕の前に座らなくても・・他に空いている席はいくらでもあるのに。
そう思いながらひたすら無視を続けていると、
「えっと、お名前は何だったかしら?」と女がふいに言った。妙に艶っぽい声だ。だが、機械的な感じがする。
知っている女か? そう思うのと同時に顔を上げると、
それはA型ドールのローズだった。
かつて飲み屋でB型ドールのサツキさんを足蹴にし、あの廃屋で乱闘を繰り広げたドール。サツキさんを回し蹴りで吹っ飛ばしたほどのパワーの持ち主だ。
ローズは自分を神と呼ぶ如月カオリに仕えているが、その所有者は不明だ。
ローズは鋭い目で僕の顔を数秒見ると、
「確か、イムラミノル・・だったわね」と言った。
その顔の質感はドールそのものだ。といっても、少し離れて見ると人間の女と区別がつかないだろう。タイトなスカートスーツを着たローズは、ネックレス等のアクセサリーも身に着けているし、ご丁寧にストッキングも穿いている。そんな艶に惹かれる男たちも少なくはないと思われる。
特に目を引いたのは、ローズの唇には口紅が引かれていることだ。
ドールは人間の真似事をするのが好きなのか?
「僕は名乗った覚えはないが」と返すと、
「カオリさまのデータの中に残っているのよ」と答えた。
如月カオリとは、山田課長との三者面談時に互いに紹介し合っている。
その時のデータか? と思っていると、
「イズミという名のドールが、あなたの名前をしきりに呼んでいたのをカオリさまが憶えているわ」
あの廃屋倉庫で如月カオリがイズミにケーブルを繋ぎ、イズミのデータを抽出していた時のことか。
そんな時にも、イズミは僕の名を呼んでいたのか・・そう思うと切なくなる。
同時に、そんなひどい事をイズミにしていた如月カオリとローズに強い憤りを覚える。
だが、それよりも今は、
「あんたは、如月カオリの記憶がわかるのか?」
さっきローズは、イズミのことを「カオリさまが憶えている」と言っていた。
「あら、察しが早いわね」とローズはイヤな笑みを見せ、「ワタシたちのようなA型ドールは新型のドールであるカオリさまの支配下にあるのよ。指揮命令もそうだけど、データも必要な分だけ、カオリさまから支給されるわ」と言った。「もちろん、あなたの名前もカオリさまからのデータの中で分かったのよ」
そういうことか。
そして、おそらく如月カオリのデータの中には、イズミの記憶も入り込んでいるのだろう。イズミの記憶には、サツキさんや、植村のお母さんドール。当然、僕のこともそうだが、島本さんのことも刻まれている。
いずれにせよ、目の前のローズと如月カオリは、僕とイズミ、そして、サツキさんの敵であることには間違いない。
あの廃屋の乱闘では、イズミが気を利かして、如月カオリにケーブルを繋ぎ二人のドールを混乱させた。それで危うく難を逃れたのだ。
ローズがすっかり元に戻っているところを見ると、自分たちで元通りにしたのか、それとも誰かが直したのか。
いずれにせよ、この連中とは距離を置きたい。
「で、僕に何か用でもあるのか?」
と僕が言うと、「さっき、あなたはワタシのことを『あんた』呼ばわりしたけれど、ワタシには『ローズ』という名前があるのよ」と強く言った。
僕は「わかったよ。それで、ローズは僕に何か用かな?」と丁寧に言い改めた。
こんな場所でごちゃごちゃしたくない。周囲の目もある。
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