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フロンティア①

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◆フロンティア①

 ようやくの思いで僕たち三人は、アパートに辿り着いた。
 会社に電話をすると、緊急早退の件は予想通り上司に叱られた。だが、幸いにも、山田課長から僕のことは連絡がいっていなかったようだ。山田課長は一応、僕に悪いと思っているのだろう。

「サツキさんは、ここに住んでいたんですよ。憶えていますか?」
 部屋の中を興味深げに眺め渡すサツキさんに僕はそう言った。
「ハイ、憶えています」
 振り向いたサツキさんはニコリと微笑んだ。
 さっそく充電にとりかかったイズミは居間で横になっている。

 サツキさんは、「ここで数日過ごしたことも憶えていますし、思考の海からお料理のレシピを取り寄せて、カレーをお作りしたのもちゃんと憶えています」と記憶を引き戻すように言った。
 そして、僕は訊いた。
「一緒に、フロンティアに行ったことも?」
 サツキさんは、あの巨大ホールのドールの廃棄場をフロンティアと呼び、自ら飛び降りた。あまり思い出したくない記憶だろう。
 けれど、サツキさんは、こう返した。
「あの時のワタシは壊れかけていたので、はっきりとは憶えてはいませんが」と小さく言って、
「けれど、今の私にとっては、ここが、このお部屋がフロンティアのような気がするのです」と強く言った。
 そうか・・今のサツキさんにとっては、
 いや、あのB型ドールだった頃のサツキさんにとっても、ここが、僕の部屋がフロンティアだったのかもしれないな。

 S型ドールとなったサツキさんの寿命、そして、イズミの命がいつ消えるのか、今のところ分からないが、それまで、僕の家を彼女たちのフロンティアにしておいてあげよう。
 そう・・ここがサツキさん、そして、イズミのフロンティアだ。

 それから、充電を終えたイズミと三人で買い物にでかけた。
「おい、イズミ、僕たちは、買い物をしている所、盗撮されていたみたいだぞ」
 飯山商事の社員にいつのまにか写真を撮られていた。
「トウサツ?」とイズミは首を傾げた。
「盗撮とは、隠れて写真を撮られることだ」
 そう僕が説明すると、「ワタシは、ゲイノウジンなのですね」となぜか誇らしげに言った。
「いや、芸能人以外にもされるぞ・・特に女性は狙われやすい」
 すると、サツキさんが、
「イズミさんは可愛いですから」と微笑んだ。「写真に撮りたくなるのかもしれませんね」
 サツキさんの言葉にイズミは案の定、「ワタシはカワイイ」と何度も復唱を始めた。「写真に撮りたくなる」という言葉もついでに復唱した。
 そっか・・写真か。
 自称フロンティアとなった僕の部屋で、ドールとの記念写真を撮っておくのもいいかもしれないな。ま、人には見せられる写真ではないが。

 そう思った時、ふと隣の島本さんの顔が浮かんだ。
 今回、島本さんからの連絡がなかったら、イズミを救うことはできなかった。
 彼女にも何らかのお礼をしないと・・
 みんなと一緒に食事でも・・といっても食べることが出来るのは、人間である僕と島本さんだけだな・・
などと考えながら、僕は思った。
 ・・島本さんのフロンティアはどこなのだろう?
 今のアパートが、島本さんの望む家なのだろうか。
 島本さんは独り身で、娘はいない、と言っていたが、
 イズミの思考の海・・というかイズミの情報によると、
 島本さんには娘がいて、元気で生きているということだ。
 娘はいない、と言い張るところから想像するに、結婚で家を出たとかではなく、何か、人には言いたくないような事情があると推測される。
 
 島本さんは初めて、イズミを見た時、「ミチル」と小さく言った。
「ミチル」というのが、島本さんの娘さんの名前なのだろうか?

 そのミチルさんに島本さんは会えない事情がある。
 しかも、そんな想いが思念となって、イズミの中に入り込んでいる。
 ・・イズミの思考の中に、ミチルがいる。それは島本さんの娘だ。 
 島本さんの強い思念が創り上げた娘だ。

「イムラさん、お食事が出来上がりました」
 そうサツキさんが声をかけた。
 いい匂いがすると思っていたら、カレーが出来上がったらしい。
 カレーを食べたのは、つい最近のことなのに、ずいぶんと久々のような気がする。
 そして、いったん口にすると、いつもの味。
 何だか嬉しく、また泣きそうになっていると、イズミが顔を寄せ「ミノルさん、今日はお泣かれにならないのですか?」と冷やかした。

 そんな二人のドールを見ると、服が汚れているのに気づく。洗濯で間に合うものでもなさそうだ。
 特にサツキさんの服は、ローズとの荒い戦闘で所々が破れている。本人は何とも思っていないかもしれないが痛々しく映る。
 
 僕が食べている間、
 サツキさんは、日本茶を飲み、イズミはティーパックの紅茶を飲んで、カフェインに酔い、ぐだーっと横になっている。
 そんな光景が僕にはたまらなく、愛おしい。
 そっか・・この部屋は、彼女たちにとってだけではなく、僕にとってもフロンティアなんだな・・そう思った。
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