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イズミの危機

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◆イズミの危機

 ドールは目を見開き続けていても疲れない。
 カオリさんの目が疲れ知らずの瞳で僕を凝視している。
 何を考えているのか全く掴めない。このようなドールと日々を過ごしている山田課長の気がしれない。
 それに、このカオリさんの醸し出す雰囲気は何だ?
 ドールは本来は無機物的なものだ。
 生物の生命とは一線を画するものだ。しかし、カオリさんを見ていると、はっきりとした目的意識があるように見えてならない。
 その目的は、決して山田課長の下位的なものではない。そんな気がする。

「・・井村くん。話を元に戻すが、私のカオリを紹介したんだから、君も、自慢のドールを見せてくれ」
 自慢の観葉植物、又は盆栽を見せたのだから、僕のも見せてくれ、というわけか。

「自慢・・じゃないですけど、僕のドールは料理とかできないんですよ。特に何ができるというわけでもないですし」
 とても相手には通じなさそうな言い訳を並べた。
「・・料理?」
 山田課長が呆れたように、あんぐりと口を開ける。
 それはそうだろう。山田課長は妻帯者だ。僕のようにドールに料理を作らせる必要はない。
 そう思っていると山田課長は、とんでもないことを言った。
「君は、観葉植物に、料理を作らせるのかね?」
 僕が吹き出しそうになるのを堪えていると、
 カオリさんの顔に、冷笑が浮かんでいるのが見て取れた。
 それは、山田課長が面白いことを言ったから笑っているのではない。
 ・・カオリさんは、山田課長を・・自分の主人を あざけ笑っているのだ。

 僕には彼女の笑みが、こう言っているように思えた。
「ワタシの主人・・バカでしょう?」
 ただそれは、僕が感じただけのことで、真意のほどは不明だ。
 
「そんな話は、どうでもいい。井村くん、君のドールを見せてくれ。ここに連れて来てくれ」煮えを切らしたように山田課長は言った。
 連れて来てくれ?
 イズミ一人を電車に乗らせてここまで来い・・そういう意味か?
 山田課長は、人のドールにそんなに興味があるのか。
 
「あの・・山田課長、僕のドールは中○製で、カオリさんのようには自立できないんですよ」と返した。
「買い物に言っているじゃないか?」
「あれは・・僕が同伴だからできるんですよ」
 それに盗難の可能性もある。
「僕のドールは、僕がいないと一人でどこにも行けないし、できることと言えば、自分で充電したり、水を飲んだりすることぐらいなんですよ」
「それじゃ、君が連れてくればいいじゃないか」
 畳み込むように山田課長が言う。
 その言葉に少し言い澱んだが、「僕のドールは、近所を歩くのが精一杯なんです」と返し、
「それに比べて、そちらのカオリさんはすごいですよ。電話に応対して、すぐに来るんですから
 僕はカオリさんを称賛し、イズミの価値を下げた。
 言葉通りのような気もするが、イズミに申し訳ない気もする。

 これだけ、イズミの評価を下げたのだから、もう勘弁されるだろうと思っていると、
 カオリさんが割り込み、
「イムラさん。ドールが一人で来られないようなら、ワタシが、イムラさんのお家の方にお伺いしましょうか?」と提案した。
 カオリさんが僕の家に来るだと? 
 そして、山田課長の元へと連れて行くっていうのかよ。その後、どうするんだ?
 イズミを見て何をしようっていうんだ! ただの鑑賞か?
 自分のドールだけで満足できないのかよ! こんな立派なドールがいるのに・・イズミなんて幼児体型だぞ!

 山田課長もカオリさん提案を褒め「それはいい・・カオリ、是非そうしてくれ」と指示した。
 これは、やり過ぎだ・・会社関係のおつき合いと言えども、それは断らねばならない。
 しかし、無下に断るのもダメだ。これからのこともある。
 どうすりゃいいんだよ!
 山田課長から、わが会社の上司に苦情が来そうだ。それがサラリーマンというものだ。
 イズミ曰く、「ミノルさんは、サラリーを受け取る人なのですね」だ。

 そして、僕の出した決断は、
「いいでしょう。カオリさんが、僕の家に来るのなら」
 そう僕は承諾した。

 僕は考えていた。
 山田課長に僕の所有するイズミを鑑賞させることは、僕にとって不快な出来事には違いない。
 子供の頃、自慢の自転車を友達に見せたいが、いじられたくはない、遠くで見るだけにして欲しい・・そんな相反する気持ちと同じなのかもしれない。
 少し違うのは、山田課長は、鑑賞するだけでは飽き足らず、確実にイズミに触りそうなことだ。あの厭らしい手で、幼児体型の清純なイズミを・・
 それは、不快極まりない。自転車どころではない。
 だからといって、山田課長の手を払いのけ、「やめてください」と断るのもダメだ。

 僕だけの力ではどうすることもできない。
 僕は非力だ。
 しかし、イズミは、僕の子供の頃の自転車とは違う。自転車は話すことはできないし、アイデアも出せない。
 イズミはAIだ。しかも高性能の、イズミ1000型だ。
 僕は、高性能AIのイズミ1000型の思考の意見を聞いてみることにした。
 ・・ひどく情けない。
 だが、それが人間・・いや、サラリーマンというものだ。
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