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如月カオリ③

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 山田課長の横にとても観葉植物とは思えない完璧な女性型ドールが静かに佇んでいる。
 青い瞳が僕の顔を真っ直ぐに見据えている。決して目をそらさない。
 相手がドールだとは分かっていても気恥ずかしい。僕の目の方が泳いでしまう。

 カオリさんの無表情さの中に、何かの信念が感じられるのは気のせいなのだろうか?
 ・・ドールは基本的に無表情だ。
 しかし、僕たち人間は、ドールの無表情の中に、感情を読み取ろうとする。
 イズミの場合は、少女のようなあどけなさ。悪戯っぽさ・・
 サツキさんからは、相手を包み込むような優しさを感じた。
 山田課長の所持していたA型ドールは女性フェロモン全開のセクシードール。
 しかし、カオリさんの場合・・A型のセクシーさに加えて・・氷のような硬い信念。
 氷ゆえに、砕けば粉々に散ってしまうようなイメージ・・そんな感じがした。

 山田課長曰く、「これからは、このタイプのA型が増えていくと思うよ。おそらくメーカーのコストカットなんだろうけどね。こっちは楽だからかまわない。自分でインプットして、変なのが出来たら困るしね」
 変なのが・・前にあった秘書ドールは、変なものの部類に入るのか?
 そんな山田課長の横で、カオリさんは静かに相槌を打ちながら聞いている。

 僕はついでに、気になることも訊いてみる。
「カオリさんは・・山田課長の持っているフィギュアプリンターで創られたんですか?」
 フィギュアプリンターは、高い材料費を購入すれば、ドールを何体でも作ることが出来る。
 だが、更に維持費が高くつくので普通は何体も作らない。それに場所もとる。
 僕の場合を考えても、イズミが何人もいたら、大変だ。
 
「そうだよ。私のフィギュアプリンターで創ったんだ。けれど、面倒なデータは、サイトから送られる。私は、ドールのカタログからカオリを選んだ。それだけだ。どうだ、井村くん、簡単だろう」
 僕は山田課長に押されながら、「そうですね、簡単ですね」と応えた。

 簡単?・・果たして、そうなのだろうか? 
 僕はカオリさんのポニーテールを見ながら、
「その髪型は山田課長の好みですか?」と尋ねた。
 訊かれた山田課長は、しばらく考えた後、
「ああ・・髪留めか・・これは、私の好みではなく、彼女の好みだよ・・というか、彼女自身が、束ねていた方が動きやすいからそうしているだけだ」
 山田課長がそう言うと、カオリさんが自分の髪に触れながら、
「そうです。この方がワタシには活動しやすいし、ワタシの好みです」と合わせた。
 カオリさん自身の好み?
 それは、明らかにAIドールの意思だ。所有者の感知しない所で、いろんな意思を持って動いているのではないだろうか?

「実は『カオリ』という名前は、私の初恋の人の名前でね」
 そう言って山田課長は、くっ、くっと変な笑い声を出した。「如月かおり、というのがフルネームだ。だが、私はカオリと呼んでいる」
 初恋?
 僕と山田課長は同じ発想じゃないか。いや、苗字を付けている時点で僕以上だ。
 だったら僕は、こう言えばいいのか、
「いやあ、すごいですね。実は僕もなんですよ。僕もドールに初恋の女の子の名前・・イズミっていう名前をつけているんですよ」・・と。
 だが、僕はそう言わずに、
 その逆のことを言った。
「山田課長・・でも、カオリさんの顔は、課長の初恋の人の顔とは、全然違う顔なんでしょう?」
 個人の好みのデータのインプット方式ではなくメーカー供与のドールならば、顔を自分の思い通りに似せることは不可能だし、そもそも定型的に決まった顔なので絶対に似ていないはずだ。

 そう言うと、山田課長はムッとした顔で、
「だから、名前だけだよ」と答えた。「私は顔の事は言っていない」

 そんな山田課長の顔を見ながら、僕は別のことを考えていた。
 それは、佐山さんたちと行った飲み会での席のことだ。
 あの時、B型ドールのサツキさんは、A型ドールに足蹴にされていた。芸の出来ないB型をA型が虐待していた格好だ。
 だったら、このカオリさんは、どの位置に属するドールなのだろう?
 あの時のA型のように、サツキさんたちB型を足蹴にするのだろうか?

 そして、山田課長からカオリさんに目を移すと、
 決して目を外さない青い瞳がそこにあった。
 カオリさんは僕の視線を感じたのか、薄らと微笑んだ。
 僕はその時、思った。
 これはもはや僕の知っているAIドールの域を超えた存在だと。

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