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願望機
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◆願望機
「あのさあ、井村」
次の日、そう話しかけてきたのは、同僚の植村だ。
植村は伝票の整理、僕は企画書の作成をしているところだった。
植村には昨日、飲みに誘われたが断った。経理の清水さんも来ると言っていたから、少し後悔している。昨日はイズミが気になってしようがなかったから断ったが、今日は、心にゆとりがある。
清水さんが来るのなら・・いや、二日続けて、あの清水さんが来ることはないか・・
植村が僕に何の話だ? と思っていると、
「おまえ・・『お母さん』とか・・欲しくないか?」
何だよ、それ。
それ、日本語としておかしいだろ!
お母さんが欲しい・・って。
こんな楽な仕事の会社で頭がおかしくなったのか・・
僕は植村に「ごめん。何を言っているのかわからない」と返した。
「だよなぁ」と植村は弱く反応した。
植村は困っているように見えた。
彼とはそんなに仲がいいわけでもないが、会社で唯一冗談とか言い合う間柄だ。無視もそうそうできない。
「昼飯でも食いに行くか?」
僕が珍しく誘うと、植村は、
「いや、今日の昼は・・弁当なんだ・・」と、これまた弱々しく答える。
弁当? コンビニじゃないよな?
「それ、おかしくないか? 植村が弁当なんて・・自分で作ったのかよ?」
植村の手作り弁当なんて話、頂けないな。
植村は独身だし、僕と同様に一人暮らしだ。おかしい。
「それじゃ、僕がコンビニで弁当を買ってきて、植村の弁当につき合うよ」
と僕は言って「たまにはゆっくり話をしよう」と続けた。
そして、昼休み、少し風の吹く会社の屋上で植村から聞かされた話は信じられない話だった。いや、僕だけが信じることのできる話だった。
「俺さあ・・フィギュアプリンターなんて、柄にもない物を買っちゃってさあ・・」
僕は危うく飲みかけた缶コーヒーを噴き出すところだった。そこは堪える。
僕は植村の言葉に反応しないでいると、
「井村はもう知ってるだろ? フィギュアプリンターのことを?」
僕は「ああ、聞いたことはある・・」と濁した。知らないとも言えない。
僕が知ったのはつい最近だが、世間的には既に常識らしい。
僕は「思念で自分の理想通りのドールを作れる・・っていう機械だろ?」とあくまで噂で聞いたように言った。
そのうち、僕がフィギュアプリンターを持っていることも、部屋でイズミが待っていることも植村にはバレそうだな。
そうか、植村も買ったのか・・
で、これまでの植村の話を大雑把に推測すると、
「植村・・お前、まさか、フィギュアプリンターでお母さんを作ったのか?」
そう僕が訊ねると、
「その通り・・よくわかったな」と植村は答えた。
それにしても、お母さんを作るって・・それ、
僕にはそんな発想はないけどな。どうせなら恋人とかだろ。
しかし、植村は僕に「お母さんが欲しくないか?」と言っていたな。作ったのはいいが、もういらないのかよ。
と、思ったが、
「最初は・・お母さんなんて、作る気はなかったんだよ」
・・お母さんを作る?
そう植村は言った。ここが屋上でよかった。誰かが聞いたら、異様な言葉だ。
子供を作るんじゃなくて、お母さんを作るだものな。
「悪いけど、ちゃんと最初から話してくれないか? 混乱する」
僕がそう言うと、植村は順を追って話し始めた。
植村が話すところによると、
まず、僕と同じように通販で安価のフィギュアプリンターを買った。
植村曰く「俺、金がないからさ・・」ということである。といっても20万円だ。
僕のような衝動買いと違って、結構悩み抜いた末の買い物だったらしい。
「世の中には、国産の性能のいいのがあるのは知っていたけれど、高くて、とても手が出ない」
「そもそも、何でそんな物を買うことにしたんだ?」と僕が訊ねると、
「俺、もてないからさ、せめて、家の中だけでも彼女みたいな人がいてくれたらな・・って思ったんだよ。ネットの掲示板を見てたら、いい思いをした奴が多かったからさ」
あまり、植村を責めることもできない・・僕も当初は似たような理由だったからだ。
それで・・どうしてお母さんなんだよ!
「フィギュアプリンターは思念で人間そっくりのドールを作れるっていうことは、井村も知ってるよな?」
僕は「ああ、知ってる」と答えた。
イズミは僕の思念の結果、この世に誕生した。加えて、島本さんの思念もあるが。
すると植村はこう言った。
「俺は願ったんだ・・理想の彼女の顔を頭に思い浮かべて・・スリーサイズまで念じたんだぞ」
嬉しそうに植村は語る。
・・で、なぜに母親?
その理由はすぐにわかった。
「俺さ・・そのまま寝てしまったんだ」
そう植村は言った。
植村は思念の伝達のツール・・ヘッドホンを付けたまま熟睡したらしい。
なるほど・・もしかして、無意識の願望が・・
「俺、母親を知らないんだ」
そうだったのか・・植村には母親がいなかったのか。
「もの心ついた時には、俺の母親は病気で亡くなっててさ・・これは俺の推測なんだけど、寝てる時に母親の夢を見ちまったみたいなんだよ」
植村、やっちまったな。
その思念がドールに入り込んだというわけか。
僕は植村に、
「プリンターの箱を開けた時には驚いたろ?」と僕の体験を言った。
植村は「そりゃあ、もう・・」と言って「箱を開けるって、おまえよく知ってるな?」と訊ねた。
今のところは隠しておく。「ネットで見て、知ってるんだ」と誤魔化した。
僕の場合は箱を開けるのは島本さんとの共同作業だったけどな。
「最初は見たこともない女の人が、ばちって目を開けたんだ。それはもうびっくりだ」
と植村は言って、
「『これが俺の理想の女か!』と思わず口に出して言ったよ」
植村は興奮してしゃべっている。
考えてみれば、こうやって包み隠さず話している植村は、今のところ、隠している僕よりある意味偉い・・そう思った。
「本当に最初はそう思ったんだ。理想の彼女なんて・・心に思い浮かべただけじゃ、顔がくっきりわかるわけじゃない・・ああ、このドールが俺の理想の女なんだな・・本当にそう思った」
僕の場合は、具体的にイズミ・・浅丘泉美の顔を浮かべた。だから、ある程度は似ているドールが生まれた。だが、顔が少し違うし、年齢も異なった。
「何度も言うが、本当にびっくりしたよ。ドールって最初から服を着てるんだ・・地味な服だけどな」
地味?・・服が安物なのか? 安物の服はドール共通なのか?
「そしたらさ・・その理想の彼女に思えたドールは、俺にこう言ったんだ」
僕は「何て言ったんだ?」と訊いた。
「その女・・『コウイチ』って、俺の名を呼び捨てで呼んだんだ」
植村公一・・その名を・・
「最初はさ・・そういう設定の彼女だと思ったんだ。呼び捨てで呼び合う仲のいいカップルっていう設定の彼女、って。俺がそう願ったのかな、って」
そう言った後、植村は、
「でも違った・・その女はこう言いだした・・『ごめんねえ・・お母さん、長い間コウイチのことをほったらかしにして』としきりに謝りだしたんだ」
そのドールは自分自身を「お母さん」と言った。
AIの思念は、機械の所持者の思念をそこまで取り込む能力があるのか?
無意識の記憶、潜在的願望を具現化する技術・・
それ、凄すぎないか?
山田課長の所持していた国産A型ドールはそこまでの物には見えない。
安価ドールの方がはるかに優れている。
「それで、今・・植村のお母さんドールは家で何をしているんだ?」
イズミみたいにじっとしているのか?
「家事全般だよ」
家事だって!
「掃除や、片づけ、洗い物をしている・・そして、晩ご飯の用意も・・」
何だ、そりゃ、
ん?
ひょっとして、イズミにもそれできるんじゃないか?
だったら、僕の薄汚れた部屋は綺麗になるぞ!
「・・ということは、おまえのその弁当は?」
僕が植村の食べている弁当を指して訊いた。
「ああ・・ドールの作った手作り弁当だ」
そう言って植村は卵焼きを口に放り込んだ。
植村は食べながら言った。「これが結構美味い!」
そして、植村は「もっと俺が若けりゃな・・俺が子供だったら、感激するんだけどな。俺、もう30だぜ・・いまさらお母さんなんて・・」と遠くを見ながら言った。
そんな植村を見ながら、僕は全く違うことを考えていた。
手作り弁当・・僕のドールのイズミは作れないのか?
もし、イズミが弁当を作れるのなら、コンビニ弁当を買わずに済む・・と。
「あのさあ、井村」
次の日、そう話しかけてきたのは、同僚の植村だ。
植村は伝票の整理、僕は企画書の作成をしているところだった。
植村には昨日、飲みに誘われたが断った。経理の清水さんも来ると言っていたから、少し後悔している。昨日はイズミが気になってしようがなかったから断ったが、今日は、心にゆとりがある。
清水さんが来るのなら・・いや、二日続けて、あの清水さんが来ることはないか・・
植村が僕に何の話だ? と思っていると、
「おまえ・・『お母さん』とか・・欲しくないか?」
何だよ、それ。
それ、日本語としておかしいだろ!
お母さんが欲しい・・って。
こんな楽な仕事の会社で頭がおかしくなったのか・・
僕は植村に「ごめん。何を言っているのかわからない」と返した。
「だよなぁ」と植村は弱く反応した。
植村は困っているように見えた。
彼とはそんなに仲がいいわけでもないが、会社で唯一冗談とか言い合う間柄だ。無視もそうそうできない。
「昼飯でも食いに行くか?」
僕が珍しく誘うと、植村は、
「いや、今日の昼は・・弁当なんだ・・」と、これまた弱々しく答える。
弁当? コンビニじゃないよな?
「それ、おかしくないか? 植村が弁当なんて・・自分で作ったのかよ?」
植村の手作り弁当なんて話、頂けないな。
植村は独身だし、僕と同様に一人暮らしだ。おかしい。
「それじゃ、僕がコンビニで弁当を買ってきて、植村の弁当につき合うよ」
と僕は言って「たまにはゆっくり話をしよう」と続けた。
そして、昼休み、少し風の吹く会社の屋上で植村から聞かされた話は信じられない話だった。いや、僕だけが信じることのできる話だった。
「俺さあ・・フィギュアプリンターなんて、柄にもない物を買っちゃってさあ・・」
僕は危うく飲みかけた缶コーヒーを噴き出すところだった。そこは堪える。
僕は植村の言葉に反応しないでいると、
「井村はもう知ってるだろ? フィギュアプリンターのことを?」
僕は「ああ、聞いたことはある・・」と濁した。知らないとも言えない。
僕が知ったのはつい最近だが、世間的には既に常識らしい。
僕は「思念で自分の理想通りのドールを作れる・・っていう機械だろ?」とあくまで噂で聞いたように言った。
そのうち、僕がフィギュアプリンターを持っていることも、部屋でイズミが待っていることも植村にはバレそうだな。
そうか、植村も買ったのか・・
で、これまでの植村の話を大雑把に推測すると、
「植村・・お前、まさか、フィギュアプリンターでお母さんを作ったのか?」
そう僕が訊ねると、
「その通り・・よくわかったな」と植村は答えた。
それにしても、お母さんを作るって・・それ、
僕にはそんな発想はないけどな。どうせなら恋人とかだろ。
しかし、植村は僕に「お母さんが欲しくないか?」と言っていたな。作ったのはいいが、もういらないのかよ。
と、思ったが、
「最初は・・お母さんなんて、作る気はなかったんだよ」
・・お母さんを作る?
そう植村は言った。ここが屋上でよかった。誰かが聞いたら、異様な言葉だ。
子供を作るんじゃなくて、お母さんを作るだものな。
「悪いけど、ちゃんと最初から話してくれないか? 混乱する」
僕がそう言うと、植村は順を追って話し始めた。
植村が話すところによると、
まず、僕と同じように通販で安価のフィギュアプリンターを買った。
植村曰く「俺、金がないからさ・・」ということである。といっても20万円だ。
僕のような衝動買いと違って、結構悩み抜いた末の買い物だったらしい。
「世の中には、国産の性能のいいのがあるのは知っていたけれど、高くて、とても手が出ない」
「そもそも、何でそんな物を買うことにしたんだ?」と僕が訊ねると、
「俺、もてないからさ、せめて、家の中だけでも彼女みたいな人がいてくれたらな・・って思ったんだよ。ネットの掲示板を見てたら、いい思いをした奴が多かったからさ」
あまり、植村を責めることもできない・・僕も当初は似たような理由だったからだ。
それで・・どうしてお母さんなんだよ!
「フィギュアプリンターは思念で人間そっくりのドールを作れるっていうことは、井村も知ってるよな?」
僕は「ああ、知ってる」と答えた。
イズミは僕の思念の結果、この世に誕生した。加えて、島本さんの思念もあるが。
すると植村はこう言った。
「俺は願ったんだ・・理想の彼女の顔を頭に思い浮かべて・・スリーサイズまで念じたんだぞ」
嬉しそうに植村は語る。
・・で、なぜに母親?
その理由はすぐにわかった。
「俺さ・・そのまま寝てしまったんだ」
そう植村は言った。
植村は思念の伝達のツール・・ヘッドホンを付けたまま熟睡したらしい。
なるほど・・もしかして、無意識の願望が・・
「俺、母親を知らないんだ」
そうだったのか・・植村には母親がいなかったのか。
「もの心ついた時には、俺の母親は病気で亡くなっててさ・・これは俺の推測なんだけど、寝てる時に母親の夢を見ちまったみたいなんだよ」
植村、やっちまったな。
その思念がドールに入り込んだというわけか。
僕は植村に、
「プリンターの箱を開けた時には驚いたろ?」と僕の体験を言った。
植村は「そりゃあ、もう・・」と言って「箱を開けるって、おまえよく知ってるな?」と訊ねた。
今のところは隠しておく。「ネットで見て、知ってるんだ」と誤魔化した。
僕の場合は箱を開けるのは島本さんとの共同作業だったけどな。
「最初は見たこともない女の人が、ばちって目を開けたんだ。それはもうびっくりだ」
と植村は言って、
「『これが俺の理想の女か!』と思わず口に出して言ったよ」
植村は興奮してしゃべっている。
考えてみれば、こうやって包み隠さず話している植村は、今のところ、隠している僕よりある意味偉い・・そう思った。
「本当に最初はそう思ったんだ。理想の彼女なんて・・心に思い浮かべただけじゃ、顔がくっきりわかるわけじゃない・・ああ、このドールが俺の理想の女なんだな・・本当にそう思った」
僕の場合は、具体的にイズミ・・浅丘泉美の顔を浮かべた。だから、ある程度は似ているドールが生まれた。だが、顔が少し違うし、年齢も異なった。
「何度も言うが、本当にびっくりしたよ。ドールって最初から服を着てるんだ・・地味な服だけどな」
地味?・・服が安物なのか? 安物の服はドール共通なのか?
「そしたらさ・・その理想の彼女に思えたドールは、俺にこう言ったんだ」
僕は「何て言ったんだ?」と訊いた。
「その女・・『コウイチ』って、俺の名を呼び捨てで呼んだんだ」
植村公一・・その名を・・
「最初はさ・・そういう設定の彼女だと思ったんだ。呼び捨てで呼び合う仲のいいカップルっていう設定の彼女、って。俺がそう願ったのかな、って」
そう言った後、植村は、
「でも違った・・その女はこう言いだした・・『ごめんねえ・・お母さん、長い間コウイチのことをほったらかしにして』としきりに謝りだしたんだ」
そのドールは自分自身を「お母さん」と言った。
AIの思念は、機械の所持者の思念をそこまで取り込む能力があるのか?
無意識の記憶、潜在的願望を具現化する技術・・
それ、凄すぎないか?
山田課長の所持していた国産A型ドールはそこまでの物には見えない。
安価ドールの方がはるかに優れている。
「それで、今・・植村のお母さんドールは家で何をしているんだ?」
イズミみたいにじっとしているのか?
「家事全般だよ」
家事だって!
「掃除や、片づけ、洗い物をしている・・そして、晩ご飯の用意も・・」
何だ、そりゃ、
ん?
ひょっとして、イズミにもそれできるんじゃないか?
だったら、僕の薄汚れた部屋は綺麗になるぞ!
「・・ということは、おまえのその弁当は?」
僕が植村の食べている弁当を指して訊いた。
「ああ・・ドールの作った手作り弁当だ」
そう言って植村は卵焼きを口に放り込んだ。
植村は食べながら言った。「これが結構美味い!」
そして、植村は「もっと俺が若けりゃな・・俺が子供だったら、感激するんだけどな。俺、もう30だぜ・・いまさらお母さんなんて・・」と遠くを見ながら言った。
そんな植村を見ながら、僕は全く違うことを考えていた。
手作り弁当・・僕のドールのイズミは作れないのか?
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