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国産B型ドール①

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◆国産B型ドール

 会社に戻っても、仕事に身が入らない。
 山田課長と話した内容もそうだったが、家で待っているドールのイズミが気がかりだからだ。
 一人身の男が家で大型犬を飼っていたらこんな心境なのだろうか? ちょっと違うな。
 まさか、父子家庭の男が保育所に子供を預けるように、ドールを誰かに託すわけにもいかない。
 ふと、隣の島本さんの顔が脳裏をかすめたが、彼女も一人身のようだ。昼間は働いていることだろう。留守中をお願いすることなんてできない。
 残業の少ない会社にいることを有難く思いつつ、何度も時計を見る。

 それにしても、この前から、驚くことばかりだ。
 ネットでフィギュアプリンターの販売サイトを見つけてから、いきなりのプリンターの即購入。ドールの作成。 イズミの誕生。そして、隣のおばさん、島本さんとの関わり。
 それに今日は国産型ドールを見ることになった。
 まるで、僕の周りの世界が一変したようだ。

 一変したと言っても、この会社・・僕の会社にはそんなフィギュアプリンターで作られたようなドールは一人もいない。ごく普通の会社だ。
 そんな普通の世界に、山田課長所持の美人秘書ドールや、僕のイズミが現れたら、社員はみな驚くことだろう。
 そんなことを思いながら、取引先の山田課長から預かった資料をコピーしている時、声をかけてきたのは同期の植村だった。
「よお、井村、この後、飲み会があるんだけど、行かねえか? 残業ないんだろ」
 僕は即座に「すまん。今日は、早く帰らなくちゃならないんだ」と即答した。
「何だそれ。家でママでも待っているのかよ」
 そんな冗談を返すこともできないし、まさか、フィギュアドールが家で待っているとも言えない。
 植村とは会社の上司の悪口とか言える仲だが、こればっかりは僕の秘密にしておかないと。
 植村は「今日は、経理の清水さんも来るぜ」と言った。
 経理の清水さん・・少し心が揺れる。
「ごめん。やっぱり。今日は無理!」と言って僕は会社を出た。清水さんが来るのは少し魅力的だったが仕方ない。
 今は、ドールがどうなっているか? というよりもドールのイズミが部屋を荒らしてはいないかどうか、それが心配なのだ。
 
 急ぎ足で駅に向かった。
 こうして街の中を歩いていても、電車に乗っても、AIドールなんて見かけない。
 やはり、AIドールは誰も持ち出していないのか、会社の中だけにいるのか、それともわからないように・・例えば車の中にいたりするのだろうか?
 僕自身がAIドールとすれ違っても気づいていない可能性だってある。
 車・・
 そうか、車か・・車に乗せてなら、イズミをどこかに連れ出すこともできる・・
 喜ぶかもな・・イズミ・・
 ・・って、僕は何を考えているんだ!
 どうして、ただのフィギュアドール、ただの玩具を喜ばせてやらなくてはならないのだ!

 そんなことをずっと考えながら町を歩く。
 いた!
 対岸の舗道を急ぎ足で歩いている女性。
 一見、どこかの美人OLのようだが、あれはAIドールだ。
 遠目でも認識できる。端正過ぎる顔立ち、そのスタイル。
 山田課長の所持しているタイプと似ている・・が、その制服は異なる。どこかの会社の制服なのだろうか?
 ドールは一人きりで歩いている。
 買い物か何かの用事を頼まれているのだろうか?
 だが、様子がおかしい。歩みが速い。
 何かから逃げているように見える。時々後方を振り返りながら様子を伺っているようにだからだ。
 知りたい・・
 ドールのイズミのセリフ「ワタシはシリタイ」じゃないが、無性に知りたくなった。
 あのAIがどこへ向かっているのか? 
 何から逃げているのか?

 どうする?
 体の奥底から湧き出るような好奇心を満たすため、道の向こう側に行くか?
 自分の家・・イズミの元へと急ぐか?
 電話でイズミの無事を確認できればいいのだが・・イズミが今どうしているか、それも気になって仕方がない。
 
 ドールは信号待ちのため立ち止まった。その間、僕も考える。
 家の固定電話にかけてみるか?
 イズミ・・電話の出方、わかるかな?

 僕はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。自分の家に電話をかけるのは初めてだ。家に固定電話はいらないと思い、つける予定はなかったのだが、実家の母が「やっぱり電話はちゃんとしたのがないと」と不安がるのでつけただけだ。かかってくるのは、母とおかしなセールス電話だけだ。
 信号が変わった。
 ドールは対岸の道を直進するものだとばかり思っていたが、こちら側に渡ることにしたようだ。
 ドールはこの舗道に渡ると、僕の前を通り過ぎた。
 当たり前だが、僕には目もくれない。彼女は駅に向かうようだ。僕と同じ方向だ。
 
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