上 下
293 / 330

そして、僕の心は・・②

しおりを挟む

「あの時のこと?」水沢さんはそう言って思い出すような表情で、
「鈴木くんが、私のことを思ってくれていた」とさらっと言った。
「えっ?」
 ドキッとした。
「最初、そう思ったのだけど、違ったわ。さっきと同じだったわ」
「同じって?」
「・・こんな僕なんて、この世界から消えてしまえばいい、って」そう水沢さんは言った。
 花火大会の時も、今日も余程強く念じたのだろう。同じなのは、どっちも透明化が失敗したことだ。
僕の頭から溢れ出る心は・・水沢さんに伝わる心は、それだけになってしまった。なんと滑稽なことだ。僕の想いは伝わっていなかった。

「私、鈴木くんの本当の心が知りたい」
 水沢さんは気持ちを切り替えるように言った。
「えっ、この世界から消えてしまいたい、って、ちゃんと伝わっているよ」
「その心の向こうにあることが知りたい」
 水沢さんの表情は、僕に悩みを打ち明けたことで、吹っ切れたのか、楽しんでいるかのように見えた。

「こんな風に、人の心を読むのは初めて」
 水沢さんは心を読む仕草のように、すっと目を閉じた。
 えっ、
「ちょっと待って! 人の心を勝手に読むなんて」と言う暇もなかった。
 慌てた僕は、必死で如何わしいこと、イヤらしいことを考えないように努めた。
 だが、それよりも、
 あの水沢純子が、目の前でその瞳を閉じている。
 心を読むのに、目を閉じる必要があるのかどうか知らないが、余計に変なことを考えてしまいそうだ。
 無心になるんだ! 何も考えてはいけない。
 ダメだ、そんなのできるわけがない!
 男として無理だ。何かを考えずにいるなんて絶対に無理だ。
 時間が止まった。心臓がドクンドクンと鳴った。
 水沢純子の閉じた瞳にも、当然目が行くし、その薄い唇にも目が釘付けになった。
 僕と水沢さんの間には、冷たい空気しかない。間を遮るものがない。 

 僕は、一学期の間、ずっと水沢純子を見ていた。初恋の女の子の面影を重ねてはいたが、水沢純子は、別箇の女の子だった。決して、あの冷たい石山純子ではなかった。
 その女の子が目の前で目を閉じている。
 だが、それは望んでそうなったのではない。

 緊張の時間はものの数秒で終わりを告げた。水沢さんの大きな瞳が開いた。
 そして、ニコリと微笑んだ。
「ごめんね、いきなり、こんなことをして」
「び、びっくりしたよ。突然だったから」
 驚きよりも、今、変なことを考えていなかったか、如何わしい妄想を抱いてはいなかったか、そればかりが気になる。
「いつも勝手に心が入り込んできたから、一度、自分から心を読んでみたかったの」水沢さんは、はにかみながら微笑んだ。自ら人の心を読んだことはない、ということだ。
 何か気恥ずかしい気もした。僕は水沢さんに選ばれたということだ。
 喜んでいいのか分からないが、
 今度こそは、僕の気持ちが正確に伝わったのだろうか?

 水沢さんは、少し微笑んで、
「鈴木くん、さっき、『水沢さんに触るなっ』って、言ってくれたのね」と言った。
 それは、さっき自主透明化しようとした時の言葉だ。
 僕は、あいつらが水沢さんの制服を掴んだ時、心の中で叫んだ。口にはしていないはずだ。強く心の中で叫んだから、残っていたのか? まるで残留思念のようだな。
 よりによって、あの時の心を読まれるとは・・恥ずかしい。

「格好良かったわよ、さっきの鈴木くん」水沢さんは優しく微笑んだ。
「え・・」
 どこが、格好よかったんだ?
「だって、あの不良娘たちに向かって、『水沢さんの制服を掴んだのはどっちだ!』なんて訊くんですもの」
「つい、弾みで言っただけなんだ。水沢さんが二人の心を読まなかったら、あいつらに何をされていたか分からなかった」
 僕がそう言うと、水沢さん「うふっ」と笑って「そうかも」と言った。
 そして、
「でも、こういう時の心の言葉は、鈴木くんの表向きの心」水沢さんはそう言った。
「僕の表向きの心?」
「鈴木くんだけではなく、人には、ふだん口にする言葉と変わらない心とは別に、自分では把握し切れない深い心があると思うの」
 水沢さんはそう説明した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

思い出の第二ボタン

古紫汐桜
青春
娘の結婚を機に物置部屋を整理していたら、独身時代に大切にしていた箱を見つけ出す。 それはまるでタイムカプセルのように、懐かしい思い出を甦らせる。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

俺のメインヒロインは妹であってはならない

増月ヒラナ
青春
 4月になって、やっと同じ高校に通えると大喜びの葵と樹。  周囲の幼馴染たちを巻き込んで、遊んだり遊んだり遊んだり勉強したりしなかったりの学園ラブコメ 小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n4645ep/ カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272299/episodes/1177354054885296354

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。  一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。  かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。  芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。  乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。  その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...