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父親の声②
しおりを挟む「それって・・」
「ええ、そうよ。お父さんは、私とお母さんを前にして相手の女の人と会っていた時のことを想像していたの」
「そんな・・」それは酷い。
水沢さんは「私は、黙っていることに耐えられなかったの」と言って、
「だから、私、お父さんに言ってやったの」と叫ぶように言った。
何て言ったの? 心の中で訊いた。
「お父さん。今日、楽しかった? 女の人とホテルに行って楽しかった? って」
木枯らしが強く吹き、水沢さんの頬をかすめて行った。
水沢さんは続けて、「私の不思議な力は、ずっと自制してきたつもりなの。時々、人の声が入る程度だから、我慢できたの。でも、お父さんの浮気現場だけは、言わずに我慢できなかった」と言った。水沢さんの表情が翳った。
娘の言葉で、家族の事情は急変した。
母親が「あなた、純子の言ったことは本当なの?」と問い質し、
「純子、どうしてそんな出まかせを言ったりするんだ?」と父親が怒鳴った。
けれど水沢さんは、両親に「心が入ってきた」とは言わなかった。それは自己防衛なのかもしれない。
その代わりに、「女の人と、仲良くしている所を見た」と言った。更に水沢さんはその女性の特徴を並べ立てた。
母親のショックは言うまでもない。
父親は、それがショックで、大事な仕事をミスしてしまった。あり得ないミスだったし、取引に大きな支障を来たす大きな過ちだったということだ。信用を回復するどころか、取引は打ち切られた。
お陰で、両親は仲たがいをするようになり、父親も娘を見る目が変わったと言った。
水沢さんには父親の声が聞こえた。
「純子は、子供の時から、心を見透かしたようなところがあったが、益々薄気味悪くなった。だいたい、ホテルの場所なんて、女子高生が通る場所じゃないんだ。そんなところで娘は何をしていたんだ」
自分の過ちは認めず、娘を非難する父親の声だ。
知りたくもない父親の声がどんどん入り込んできた。耳を塞いでもどうなるものでもなかった。
「私は心を読むわけではないの。勝手に声が入ってくるの。自分では望んでいないのに、どんどん入り込んでくるの」
僕が話す隙を与えず、水沢さんは続けた。
「私が、自分で家を壊したの。お父さんの仕事も、お母さんの人生も、私が全部、無茶苦茶にしたの・・」
水沢さんの声も心も叫んでいるようだった。自嘲的だが、その心は泣いている。鞄を持つ両手が震えていた。
水沢さんの一言で、家族の団らんの時間が止まったらしい。それは娘の水沢さんの望んだことではなかった。
ただ、父親の不貞行為の現場が心に入り込んできて、耐えられなかったのだ。自分では抱え切れない事実を両親に告げてしまった。
いったい、家族とは何だ?
我が子に心を読まれてしまい、それを指摘されただけで、いとも容易く崩れ去ってしまうものなのか。
だが、僕は・・
水沢さんの悲痛な心の叫びを聞いても僕にはどうすることもできない。何もできない。
だったら、聞かない方がましだった。そう思う。
分かっていたはずなのに、どうして、僕はいつも他人のことに深入りしてしまうのだろう。
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