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木枯らし②
しおりを挟む水沢さんは、しばらく何かを思うように旧校舎を眺めた後、僕に向き直り、
「鈴木くん。今日は、今から文芸部の活動?」と訊いた。
「うん、まだサークルだけど・・いつもの沈黙読書会があるんだ」
僕が沈黙読書会のことを簡単に説明すると、「何か面白いわね」と興味深げに微笑んだ。
「普通の読書会には、今度、加藤も参加するんだ」と言おうとすると、
「それはそうと、鈴木くん、さっき何て言おうとしてたの?」と水沢さんは言った。
「えっ?」
「さっき、彼女たちに、私と二人きりにさせて欲しい、って言っていたから」
「それは・・」言葉に詰まった。
あの時は咄嗟に、あいつらと水沢さんを引き離そうと思って言っただけで・・特に何かを話すつもりはなかった。彼女たちは勝手に「水沢に告白する気か?」と勘違いしていたみたいだけど、そんな意図は無かった。
「鈴木くん、おかしい」
何も面白いことは言っていないつもりだけど、もしかすると、心を読まれたのかもしれない。変なことを考えないでおこうとすると、よけいに思考が変な方に向かう。
水沢さんがクスクスと笑った後、ふいに木枯らしが吹きすさんだ。冷たい風だ。
水沢さんは、寒そうにぶるっと体を震わせた後、目線を校門の方へ向けた。
その瞬間、水沢純子の瞳は何かを認めたのか、
「ゆかり・・」と小さく言った。
えっ、加藤が?
水沢純子の視線の先を確認しようと振り返ろうとした時、ふわっとした感触があった。
水沢さんが僕に重なるように向き合ったのだ。くっつきそうな距離だ。
遠くから僕の背を見れば、水沢さんが僕に寄り添っているように見えるかもしれない。
水沢さんの視線の先には、加藤がいるはずだ。
だが、その時の僕は、振り返って加藤の姿を見ることができなかった。
なぜなら、水沢さんの両腕が、ひしと僕の背中に回されたからだ。
冷たい風の中、水沢さんの温もりが伝わってきた。
「えっ?」
水沢さんが僕に抱きついている?
どうして? 寒いからか? まさか、そんなことあるはずが。
水沢さんの突然の行動が分からない。元々よく分からない行動や言動をする水沢純子という女性だったけど、更に意味不明だ。どう応じていいのかも分からない。
頭が混乱する中、水沢純子はこう言った。
「鈴木くんの体、消えてしまいそう・・」
ええっ、僕の体が消える?
もしかして、知らない間にゼリー状になって透明化してるのか?
いや、違う。まだ透明化していない。だが、透明化寸前だ。
今までの経験上、それは分かる・・
あと数分で僕は透明化する。
さっき、自主的に透明化しようとしたのが、今頃になって効果を発動しようとしているのだ。何て不便な能力だよ!
どうしたらいい? 益々僕の思考は混乱を極めた。
まずい。このままだと、あと数分で体が完全に透明化する。
これからすべき行動は?
水沢さんの手を振り解いて、校舎に駆け込むか、学校の外へ逃げ出すかしか方法がない。
まさか、このまま水沢さんにくっつかれたまま透明化するなんてことはできないし、水沢さんを抱き締めるなんてことは、もっとできない。
二者択一している暇もないのだ。寒いのに、汗が吹き出る。
更に恐れるのは、心の暴発だ。
速水沙織の考えによると、透明化している時、心に何らかの衝撃があると、僕という存在自体が消えてしまう。それは避けたい。本当に消えるのはイヤだ!
そう思った時、水沢さんはすっと僕から離れた。
今なら、水沢さんをこの場に置いて、去ることができる。
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