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体育の時間②
しおりを挟む「おいっ、訊いているのか!」山岸が怒鳴った。
あまりの大きな声に僕は振り返った。すると前田が、
「どこの世界に、水沢さんの告白を無下にする奴がいるっていうんだよ」と言った。
僕は、ようやく口を開いた。
「誰も無下になんかしていないし、そもそも水沢さんに告白なんてされていない」
僕は噂を強く否定した。肯定することなんてできない。
「なんか鈴木の奴、偉そうだな」と前田が言った。
「別に偉ぶってなんかいない」僕は小さく返した。
「鈴木なんて、文芸部の女子連中と仲良くやってればそれでいいじゃんかよ」前田が吐き捨てるように言った。
「部員の女子は誰だっけ、小清水に、つっけんどんな速水がいるんだよな? 大人しい小清水が、鈴木にはお似合いだぜ」
「そういや。速水って、変わってるよな。佐藤の奴が、声をかけても返事をしないらしいぜ」
「そうそう。速水沙織は、佐藤のお気に入りだったな」
それは、佐藤が速水沙織に相手にされていないからだろ。
もう、うんざりだ。
まるで僕に関する話題がそれまで溜まっていて、一気に噴き出してきたかのように思えた。
そして更に、
「鈴木の奴、加藤とも仲良く一緒に歩いていたらしいぜ」
誰かが話に加わるように言った。
「加藤って、あの加藤か?」前田が小ばかにするように言った。
「ああ、陸上をやめて、柄にもない茶道なんてやってる加藤だ」
その言葉に、山岸と前田が「ああ、あの加藤ね」と軽く頷き、
「ああ、そういや、佐藤の奴が言っていたな。陸上しか取り柄のない女が、似合わないことをやってるって」と前田が笑い飛ばした。
ダメだ。もう我慢できない。僕は彼らの方をギロリと睨んだ。
「・・その言葉、気に入らないな」
その言葉が僕の口から自然と出た。怒りが奔流となって溢れ出てくるようだった。
「何だよ、鈴木。気を悪くしたのかよ」
前田が、「鈴木が怒るようなこと、俺たち、何も言っていないぜ」と言った。
「人をくさすような話はやめろ!」僕は怒鳴った。
おそらく僕の声は、男子生徒全員に聞こえただろう。後ろの方の和田くんまで僕を見ている。
「おいおい、鈴木、冗談だろ?」前田が言った。ふだん皆の前で話すことのない僕に驚いているようだった。前田が言う「冗談」の意味・・僕のような大人しい人間は、皆の前で怒鳴ったり、抗議をするのは相応しくない。 おそらくそういうことだ。
「僕の姿が見えてるのか?」僕は確認するように前田に訊いた。
「当たり前じゃないか」前田が返した。
なんだ、皆には僕の姿は見えているじゃないか。ちっとも影が薄くなんてないんだ。
どうしてか、それが可笑しかった。
僕が笑っていると、
「おいっ、鈴木。ふざけるなよ!」
前田が立ち上り、僕の胸をドンとついた。そのままひっくり返りそうになったが、何とか踏ん張り、反動を付けて前田に飛びかかった。
そして、前田の胸ぐらを掴み、ドンと突き返した。その勢いに前田が、後ろの男子の上に倒れ込んだ。
前田の哀れな姿に、山岸が、「前田の奴。ダセえっ!」と笑った。
同時に、前田に乗っかられた男子が「うっとうしい!」と言って、前田の体を払い除けた。すると、前田の体がごろんと仰向けになった。
その様子を見て、男子たちが連鎖反応のように笑い出した。
たぶん、今日一番格好悪い男は、前田だろう。
生徒たちの騒ぎを聞きつけて来たのか、体育教師が、「お前ら、何をやっている! 静かにせんか」と怒鳴った。
教師が去った後、僕は前田にやり返されると思ったが、他の男子たちの侮蔑の視線を意識したのか、
「悪い、鈴木。俺が言い過ぎた」と謝った。この場はそうする方が賢明だと思ったのだろう。
山岸が、哀れな前田を見ながら、
「お前も、水沢さんに振られた口だろ」と笑った。
その様子を見ながら、前田が散々僕をなじってきた理由が分かった気がした。
人が誰かを好きになるのは自由だ。だが、相手に拒絶された腹いせに誰かに当たるのは見当違いだ。
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