時々、僕は透明になる

小原ききょう

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和田くんと②

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「それは、和田くんの被害妄想じゃないのか? 彼女は和田くんのこともちゃんとみていると思うぞ」僕はそう言ったが、和田くんは首を振って、
「ぼ、僕には分かるんだ。少なくとも小清水さんは僕を見ていない」と言った。

 和田くんは更に、「僕は弱い人間なんだ」と急に卑下したかと思うと、
「強い心を持つ鈴木くんが羨ましいよ」と言った。
「僕の心が強い?」
 僕の心はすごく弱いと思う。それとも無神経だと和田くんは言いたいのかな?
「僕はクラスの中で、自分が影が薄いのを気にしているけれど・・鈴木くんは、影が薄くても全然気にしていないし」
「いや、すごく気にしているけど」僕はキッパリと返した。

「なあ、和田くん、さっきから僕を誉め称えているけど、そんなに僕を持ち上げても何も出ないぞ」と言うと、
和田くんは、「僕は、人を誉めるのが苦手なんだ」と言った。
「そうなのか」
 何の話だよ!
「だから、この前、お母さんに言われたんだ」
「何て、言われたんだ?」
「誰か身近な人で、誉める練習をしなさい、って」
 おいっ! 僕はその練習台じゃないか。それに、僕は和田くんの身近な人でもあるのかよ。

 そんな取り留めもない話の中で和田くんは、思い出したように、
「水沢さんって、クラスの女子に疎まれているみたいだね」と話を切り出した。
「水沢さんが?」
 どうでもいい和田くんとの会話が急に変わった。
「僕、おかしな噂を聞いたんだ」
 僕は「その話を聞かせてくれ」と言わんばかりに和田くんの話を促した。
 丁度、小さな川の橋を通るところだった。僕は橋の欄干で立ち止った。
 すると和田くんは欄干に身を乗り出して、川を覗き込み、「あ、亀がいる!」と無邪気に笑った。
「いや、今はカメのことはいいから、続きを聞かせてくれ」
 僕は話を聞くために、欄干に背をもたれさせて和田くんと向き合った。和田くんも僕に合わせた。
「何の話だっけ?」改めて和田くんが言った。
「水沢さんの話だよ」
「ああ、そうそう」和田くんが思い出したように言って、「鈴木くんは、水沢さんのことが好きなんだよね」と何故か笑って、
「水沢さんって、どこか謎めいた雰囲気があるよね」と言った。
 何がおかしい! と思いつつ、「だから、どんな噂があるんだ」と訊ねた。
「彼女、また、誰かを振ったらしいよ」
「・・・」
 水沢純子なら珍しくもなんともない現象だ。何度か聞いた話だ。
「僕なら、そんなことはできないよ」
 和田くんは自分に置き換えてみて感想を述べているようだ。和田くんは、もし小清水さんに告白されたりしたら? と仮定してみたのだろう。
 そして、和田くんは、
「彼女は、色んな人を敵に回しているみたいだね」と言った。
「妬み、ひがみ、っていうやつじゃないのか?」
 同性に好印象を持たれることはないだろう。

「それに、僕は鈴木くんと同じ部だから、他の男子に訊かれたんだよ」
「何て訊かれたんだ?」
「『鈴木が、水沢さんとつき合っている・・なんてことないよな?』って訊かれたんだよ」
 そんな噂が立っているのか。水沢さんとは何度か一緒になったことはあるし、花火大会の時も誰かに見られたのかもしれない。
 それにしても、こういう話って、本人に直接訊ねてこないんものなんだな・・

「それで、和田くんは、どう答えたんだ?」
 もちろん、「付き合っていない」と答えたんだよな。
 だが、和田くんは一段と声を大きくしてこう言った。
「読書会では、水沢さんが、鈴木くんのことを好きだと言っていた話が出たけど」と丁寧に前置きして、
「僕は彼らに言ったんだよ・・『そんなはずはない。あの水沢さんが、よりによって鈴木くんを好きになるはずがない。当然、つき合ってもいない』と、思いっ切り否定しておいたんだ」
 おいっ、ずいぶんと失礼な奴だな!

「いや、それは和田くんの考えであって、実際はそうではないかもしれないぞ」
 実際に、水沢さんは「鈴木くんのことが好きかも」と言った。
 すると、和田くんは目の前で手を振って、
「ないない。そんなの絶対にありえないよ」と軽い調子で笑った。
「鈴木くんは面白いことを言うね」
 和田くんは、親しみを込めて僕の体をポンと突いた。
 彼は、僕の肩を押そうとしたつもりだったろうが、少しずれて僕の胸の辺りを押した。
 モミッ、
 和田くんの右手は開いたパーの状態だった。
 和田くんはその手を僕の胸にあてがい数回ほど揉んだ。
 くすぐったい! と言うか、気持ち悪い。
 僕は反射的に避けて、「何をするんだ!」と大きく言った。

 だが、和田くんは、
「あれ、この胸・・」
「この胸の感触は?」と言いつつ、自身の両手を確認するように見た。
 そして、手を開いたり閉じたりを繰り返し、まるで、何かの感触を思い出すかのような仕草をした。
「おい、何をやっているんだ?」
「感触が似ているんだよ」と和田くんは言った。
「何に似ていると言うんだよ」
「合宿の有馬温泉で、僕が触れたものに・・」
 彼が言っているのは、温泉街で僕が透明になった時、和田くんが僕の胸を触って来た時のことだろう。それにしても、変なことを憶えているんだな。
「いや、触れたというか、空中に壁があった・・そんな感じだったんだ」
「壁?」
 それは僕の体なんだけど。
「しかも、その壁は、すごく柔らかったんだ。でも、その中に堅いものがあって・・」
 たぶん、それは僕のあばら骨だ。
「あんな変なものに触れたのは初めてだったんだよ」
 変なもので悪かったな!

「鈴木くん、よければ、もう一度、君の胸を触らせてもらえないかな?」
「いやだよ!」僕は速攻で断った。
「残念だ。何かが掴めそうな気がしたのに・・」和田くんは力を落とした。
 早く忘れろ!
 無かったことにしたい出来事なんだよ。

 取りあえず、僕が拒絶したことで、和田くんの疑問は決着したようだ。
 話題が変わり、仲良く本屋に行き、そこで別れた。
 帰宅しても、変な感触・・和田くんの手の感触が胸に残っていた。
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