上 下
246 / 330

檸檬が見える人と見えない人②

しおりを挟む

「レモンが他の人にとって、見えていなかったら、時限爆弾でも何でもないじゃないか! 本当の自己満足だよ」
 和田くんが作品にケチをつけるように言った。
 和田くんの文句に速水さんは眉間に皺を寄せ、
「そうね、あなたの言う通り、この小説の主人公に限らず、自己満足で行動する人が、世の中には多いわ」と言った。
 速水さんの口調で分かる。彼女は和田くんが苦手なのだ。最初からだけど。
 それよりも、なぜか自己満足という言葉が胸にグサッと突き刺さった感じがした。
 それは僕の行動だ。美術講師の早川にしたことや、これから、速水さんの養父のキリヤマにしようとしていることは、僕の自己満足なのではないだろうか。
 被害に遭った小清水さんもあんなパンツ事件を望んでいなかったのかもしれない。同じく速水さんのこともだ。

 そんな風に、いつものように話がとんでもない方向に進んでいく。皆それを楽しんでいる。それがこの読書会の醍醐味だ。
 話題はようやく「自己満足」の件から離れ、梶井基次郎の人生に話が移った。彼は31歳の若さで亡くなっている。
 故に彼が恋をしていたかさえも不明だ。だが、彼の短編を読んでいると、恋に関しての記述が所々見受けられる。

「人は、恋に恋している・・誰の言葉だったかしら?」速水さんがポツリと言った。
 その言葉を受けて小清水さんが、
「梶井基次郎さんは、似たようなことを言っていますね」と切り出した。
「小清水さん、どんなこと?」と僕が訊くと、
 小清水さんはニコリと微笑み、こう言った。
「恋・・それは、美しい少女を見て、生じるものではなく、恋心というものは既に、心の中にあって、それを美しい少女の上に当てはめるものだ・・」
 小清水さんは、ゆっくりと梶井基次郎の文章を読み上げた。小清水さんが手にしているのは、梶井基次郎の全集だ。僕がまだ読んでいない短編だ。
 
 意味深い言葉だ。
 それは違う。と言い返されるような言葉だが、頷いてしまう人もいるのではないだろうか。
 恋心というものは元々、その人の中にあって、美少女を見た時に、自分の恋心をその子に投射してしまう。
 この子が好きだ・・そう思い込んでしまう。
 例えば同じ美少女を青春真っ盛りの人が見た場合と、老年期にさしかかった人が見た場合は感じ方がまるで異なるのではないだろうか。

 少し沈黙が続いた後、速水さんがいつもの口調で、
「でも、梶井基次郎さん、この言葉を放った後、『格好いいことを言った』と自画自賛しているわよ」と言った。
 すると青山先輩が、
「沙織・・それは作中の人物が言っているだけであって、作者本人が言っているわけではないのだよ」と静かな口調で言った。
「あら、青山さん、同じことよ。自分の言いたいことを登場人物に言わせているのだから、おんなじだわ」
「沙織、小説とはそういうものだよ」落ち着いた口調の中に青山先輩の苛立ちを感じる。
「そうかしら」
 どうも速水さんが攻撃姿勢になっていて、青山先輩がその煽りを食らっている感じだ。
 僕が二人の間に入るように、
「その話、『檸檬』と何の関係もないんじゃないか」と戒め、「それに、誰が言っていようが、深い言葉であることには変わりはないんじゃないかな」と言った。

 青山先輩は「少し脱線したようだ」と小さく言うと、
「けれど、沙織は小説というものをまるで分っていない。小説は哲学ではないんだよ」
 収束するのかと思いきや、青山先輩が話をぶり返した。青山先輩もムキになりだした感がある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

微炭酸ロケット

Ahn!Newゐ娘
青春
ある日私達一家を裏切って消えた幼馴染み。 その日から私はアイツをずっと忘れる事なく恨み続けていたのだ。 「私達を裏切った」「すべて嘘だったんだ」「なにもかもあの家族に」「湊君も貴方を“裏切ったの”」 運命は時に残酷 そんな事知ってたつもりだった だけど 私と湊は また再開する事になる 天文部唯一の部員・湊 月の裏側を見たい・萃 2人はまた出会い幼い時の約束だけを繋がりに また手を取り合い進んでいく

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

処理中です...