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その時、その二人は・・②

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「鈴木の知ってる人?」加藤がポツリと訊いた。
 僕は「いや・・」と口ごもった。
「すごい汗だよ」と加藤が指摘する。言われてみれば凄い汗だ。
 加藤は僕の顔を見た後、石山純子の席の方を見た。
 加藤はこちらに顔を戻すと、「あの子、可愛いね」と言った。
 可愛いとか、綺麗だとか、そんなことは考えたことはない。ただ石山純子のことが好きだった。
 そんな僕の容姿を見て、加藤は、
「あの子、鈴木のタイプなんじゃない?」と当てずっぽうで言った。
 返事に窮する・・タイプとか、そんなレベルの話じゃない。中学三年の時、彼女が僕の全てだった。
 僕は俯き「違う」とだけ答えた。
「そうかなあ・・大人しそうでいいんだけどなあ」
 大人しい・・確かにそう見える。本当の可憐な少女のようだった。物語に登場する少女のようだった。しかし・・

 加藤は気を利かしたように、「そろそろ、帰ろっか」と言った。
「そ、そうだな・・」
 僕はそう答えはしたが、席を立つ気になれない。
 今、ここで帰れば、何かに負けたような気がする。
 だからといって、ここにいても何の意味もない。それはわかっている。
 けれど、ここに居続ければ・・何かを見つけることができる・・そんな風に思った。

 すると、加藤が、なかなか立ち上がらない僕に対して、
「もしかして、あの子、鈴木の好きだった子だとか・・」と囁くように言った。
 僕はコクリと頷いてしまった。
「鈴木って、けっこう、尾を引くタイプなんだね」と言った。「けれど、そこがまた鈴木らしい」
 尾を引くタイプ・・その通りだ。加藤が言う通りだ。情けない。笑いたけりゃ、笑うがいい。
「私なんて、前に好きだった佐藤のことなんか綺麗さっぱり忘れちゃったよぉ」
 そう笑った加藤に僕は、
「僕と加藤は、違う」と強く言った。
「そんな怖い顔して言わなくても」と加藤は言った。「確かに、私と鈴木は違うと思うけど、違う方がいいじゃん」あっけらかんと加藤は言った。
「違う方がいい?」
「だって、二人とも、尾を引いていたりしたら、何も前に進まない・・そう思わない?」
 その通りだ。しかし、
「なんで、加藤と僕が揃って、前に進まなけりゃならないんだよ!」と軽く返した。
 そう言った僕の顔を見て加藤は、
「ほら、いつもの鈴木に戻った・・」と言って笑った。
 なぜか、そう言った加藤の顔が可愛く見えた。ああ、女の子の顔が可愛い・・って、こういう顔のことを言うんだな。

 その時だ。
 向こうの席の石山純子が訝しげな顔をして見ていた。加藤が、何度も「鈴木」と呼ぶのが耳に入ったのか?  それとも僕の声が大きかったのか。
 汗がだらだらと頬を伝う。

 まずい・・僕は何でも悪い方向に考える癖がある。
 それは、こういうことだ。石山純子にとっては、僕と加藤が、前からいることに気づいていないかもしれな い。
 僕たちが、後から来た客だと思っているかもしれない。僕のような存在はそう思われて当然だ。
 すると、どうなる?
 僕は、石山純子を追ってきた男。加藤はいるが、そんなことは斟酌しないだろう。
 つまり、あの時と同じだ。石山純子の家の近くまで行き、彼女に出くわした時と同じだ。
 その時、石山純子にとっての僕はただの「付きまとい」だった。
 そして、今もそう見られる可能性だって十分ある。
 また僕はあのような残酷な言葉を聞かなければならないのか?
「あの男・・私につきまとっているのよ」とか言われる。
 もうたくさんだ。
 初恋の子の口から、「汚らわしい」や「迷惑」とかの言葉を聞くのはもうイヤだ!

 向こうの石山純子が僕を見ながら、相手の男子高生に何か言っているのがわかった。
 石山純子はこう言った。
「あれ・・」と僕のことを指し、「知ってる人かもしれない」
「あれ」と物のように言い、かつてのクラスメイトだった僕の事を「知ってる人」と言い、彼女にとって僕はどんな存在なんだ!
 迷惑・・いや、何かの障害物のような存在なのか。
 男が振り向いた。あの男が石山純子の彼氏なのか? 
 ああ、あんな顔が石山純子の好みなのか。
 ・・どうして僕は、そんな男の顔を見なくちゃならないんだ。そして、そんな奴に見られなくてはならないんだ。
 まるで、僕を犯罪者でも見るような目で。
 僕は・・体が透明化できる稀な人間だけど、決して犯罪者なんかじゃない。

 その時、目の前の加藤に目を移し、いろんな言葉が錯綜し始めた。
 加藤に花見大会に「三人で行こうよ」と誘われた時、加藤はこう言っていた。
「私、本当は、鈴木と二人だけの方がよかったんだけどねえ」と言って、「冗談、冗談っ・・取り消しっ」と笑っていた。
 妹のナミが水沢さんのことを「あの人は・・兄貴にはもったいないからね」と言って、
「髪のショートの子の方が、兄貴には似合ってるよ」と加藤の方を押していた。
 そして、さっき加藤は水沢さんに、
「だったら、純子・・私、鈴木とつき合っていい?」と言った。

 その時、僕の中で何かの感情が弾けた。そして意を決するように、
「加藤・・さっき言ったこと、ある程度は本気なんだよな?」と話を切り出した。
 そう訊かれた加藤は。
「えっ・・何だっけ?」とショートカットの頭を傾げた。
「取り敢えず、一回だけデート・・っていう話」
 僕がそう言うと、「鈴木、覚えていてくれたんだ」と嬉しそうに言った。

「デートしよう!」
 僕はその単語を特に大きく強調して言った。石山純子に聞こえたかもしれない。
 そうだ・・僕は石山純子に疎まれる人間ではない。こうして、女の子とでートできる健全な高校生なんだ。

 けれど、そのことに何の意味もないことは自分が一番知っている。
 この瞬間、僕は何かを捻じ曲げてしまった。

 ・・とんでもないことを言ってしまった。
 だが、進むべき道が間違ってはいても物事は進むものだ。
 加藤は僕に「うん」と小さく応えた。
 その時、加藤が何を考えていたのか、僕にはわからない。ただ、僕は、前に進みたかった。過去に囚われるのがたまらなくイヤだった。
 
 僕は過去を吹っ切ったのか?
  いや、その場の危機を乗り切るために、状況を変えたと言う方が正しい。
 ただ、僕は初恋の女の子に、現在の僕の姿を見せたかった。
「もう僕は君のことを少しも想ってはいない。こうして君とはイメージの全然違う女の子と仲良くしている・・」
 だから、決してつきまといなんかではない。迷惑な存在でもない。
 石山純子が、そんな僕を見ていたかどうかはわからない。そんなことは確かめようもない。
 加藤と約束をした後、オープンテラスを出た。
 これが僕のとった方法だった。
 だが、そんな方法をとることが、石山純子への想いを絶ってはいない証拠だと思いもせず。
 その結果、一番傷つくのは加藤ゆかりだと、考えを及ばせずに。
 そして、縮みかけた水沢さんとの距離を更に開けてしまった。

 更に僕は考えていた。石山純子を背景に、僕の真前にいたのは、たまたま加藤だったが、それが加藤ゆかりではなく、水沢さんだったら、僕はどうしていたのだろう。
 水沢さんをデートに誘ったのだろうか? 

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