173 / 330
池永先生の教訓①
しおりを挟む
◆池永先生の教訓
「私、そんな話、ぜんぜん知らなかったわよぉ」
いつものように語尾を伸ばす話し方。
目の前にでんと池永先生の大きな胸がその存在を誇示している。純な男子高校生の目には毒であることは確かだ。声も胸に負けずと劣らず艶っぽい。しなだれかかるような口調だ。
ここは、以前、先生と来たことのある喫茶店。前回は、店の窓につきまとい男が張り付いていた。今回は誰も張り付いていない。
窓の向こうに顔はないが、先生の美貌と色香は男の目を引くらしく、あちこちの席の男たちが時折、先生に視線を走らせるのを感じる。
「一応、先生には言っておいた方がいいのでは、と思って」
僕は、早川講師のことを話した。告げ口に近いのかもしれない。しかし、黙っているのも癪だった。
青山先輩との話・・厳格な青山邸に爆弾のような「檸檬」を投じること。
僕自身が檸檬だ。僕が青山先輩の交際相手として、青山邸に赴く。
だが、それを実行する前に、池永先生に根回しをしておかなくてはならない。
池永先生は、僕のクラスの担任ではないが、一応文芸サークルの顧問だし、頼りに・・いや、頼りになりそうにないが、生徒の話を聞いてくれる先生だ。いや、それも怪しいな。
しかし、高校において僕に、込み入った話を打ち明ける先生は、池永かおり先生しかいない。
そんな池永先生に早川講師のことは全て話した。
早川から自宅に電話がかかってきて、青山先輩のことを根掘り葉掘り訊かれたこと。点数を明らかに贔屓していること。副業として青山邸から収入を得ていることなどをぶちまけた。
「鈴木くんは、早川講師が、すっごおく嫌いなのね」
池永先生は笑顔のまま、そうダイレクトに訊いた。「別にいいわよ。そうです、って言ってくれても」
池永先生に言われるまま「そうです。嫌いです。前から」と答えた。
「前から?」
「はい、ずっと前から」
「いつからなの?」
「顔を見た時から」
僕がそう正直に答えると、池永先生は「ぷっ」と吹き出し、
「それじゃ、私とおんなじじゃない」と言った。
「えっ・・池永先生も、早川講師が嫌いなんですか?」
そう言った僕に、池永先生は続けて笑って、
「先生も人間なのよ・・好き嫌いくらい、あるわよ」
「それはそうでしょうね」僕はあっさり答えた。
「早川先生には、色々と誘われたわ」池永先生が思い出すような表情で、
「でも、私、人を見る目だけはあるつもりだから、安っぽい誘いには乗らないの」と言った。
人を見る目・・それ、本当かあ?
「早川先生は、一度、誘いを断っただけで、翌日から私のあることないことを、言いふらしているって、同僚の先生から聞いたわ」
早川らしいやり口だ・・最低だな。
日々、そんな男に監視されている青山先輩が気の毒だ。
池永先生は続けて、
「私には一つ、教訓があってねぇ・・」と語り出した。
「どんな教訓ですか?」一応尋ねる。
「顔は心を表す!」池永先生はきっぱりと言った。
「名は体を表す・・みたいですね」
僕がそう言うと、
「あれ?・・それって、一緒よね。でも、ちょっと違うかなあ」余計に先生を混乱させたみたいだ。
少し落ち着きを取り戻した先生はコーヒーに口をつけた後、
「それで、鈴木くんは、これから何をしたいの? 私に早川先生の話をしたからには、鈴木くんには何かしたいことがあるんでしょう?」
そう優しく訊いてきた先生に僕は、青山邸に赴くという一連の話を説明した。
池永先生は黙って僕の話を聞いた後、しばらく沈思し、
「鈴木くんって・・本当に変わってるわねぇ」と感想っぽく言った。
「そうですか?」僕にはわからない。何が変わっていて、何がちゃんとしているか。
「だって、そんなこと、普通の生徒はしないわよぉ」
普通はしない・・
「義憤に駆られて・・だと思いますよ。早川講師は、ムカつくし、青山先輩も迷惑がっているし」
「そうかな?・・そんな理由かなぁ」
そう言って、先生はまた沈思した後、
「青山さんは、見かけ通りのしっかりした子よ。鈴木くんが、あれこれしなくても、ちゃんとやっていける子よ」
「それこそ、そうかな? と思います」
「ほらぁ、やっぱり・・鈴木くんは・・やっぱり、そうなのよ」
「私、そんな話、ぜんぜん知らなかったわよぉ」
いつものように語尾を伸ばす話し方。
目の前にでんと池永先生の大きな胸がその存在を誇示している。純な男子高校生の目には毒であることは確かだ。声も胸に負けずと劣らず艶っぽい。しなだれかかるような口調だ。
ここは、以前、先生と来たことのある喫茶店。前回は、店の窓につきまとい男が張り付いていた。今回は誰も張り付いていない。
窓の向こうに顔はないが、先生の美貌と色香は男の目を引くらしく、あちこちの席の男たちが時折、先生に視線を走らせるのを感じる。
「一応、先生には言っておいた方がいいのでは、と思って」
僕は、早川講師のことを話した。告げ口に近いのかもしれない。しかし、黙っているのも癪だった。
青山先輩との話・・厳格な青山邸に爆弾のような「檸檬」を投じること。
僕自身が檸檬だ。僕が青山先輩の交際相手として、青山邸に赴く。
だが、それを実行する前に、池永先生に根回しをしておかなくてはならない。
池永先生は、僕のクラスの担任ではないが、一応文芸サークルの顧問だし、頼りに・・いや、頼りになりそうにないが、生徒の話を聞いてくれる先生だ。いや、それも怪しいな。
しかし、高校において僕に、込み入った話を打ち明ける先生は、池永かおり先生しかいない。
そんな池永先生に早川講師のことは全て話した。
早川から自宅に電話がかかってきて、青山先輩のことを根掘り葉掘り訊かれたこと。点数を明らかに贔屓していること。副業として青山邸から収入を得ていることなどをぶちまけた。
「鈴木くんは、早川講師が、すっごおく嫌いなのね」
池永先生は笑顔のまま、そうダイレクトに訊いた。「別にいいわよ。そうです、って言ってくれても」
池永先生に言われるまま「そうです。嫌いです。前から」と答えた。
「前から?」
「はい、ずっと前から」
「いつからなの?」
「顔を見た時から」
僕がそう正直に答えると、池永先生は「ぷっ」と吹き出し、
「それじゃ、私とおんなじじゃない」と言った。
「えっ・・池永先生も、早川講師が嫌いなんですか?」
そう言った僕に、池永先生は続けて笑って、
「先生も人間なのよ・・好き嫌いくらい、あるわよ」
「それはそうでしょうね」僕はあっさり答えた。
「早川先生には、色々と誘われたわ」池永先生が思い出すような表情で、
「でも、私、人を見る目だけはあるつもりだから、安っぽい誘いには乗らないの」と言った。
人を見る目・・それ、本当かあ?
「早川先生は、一度、誘いを断っただけで、翌日から私のあることないことを、言いふらしているって、同僚の先生から聞いたわ」
早川らしいやり口だ・・最低だな。
日々、そんな男に監視されている青山先輩が気の毒だ。
池永先生は続けて、
「私には一つ、教訓があってねぇ・・」と語り出した。
「どんな教訓ですか?」一応尋ねる。
「顔は心を表す!」池永先生はきっぱりと言った。
「名は体を表す・・みたいですね」
僕がそう言うと、
「あれ?・・それって、一緒よね。でも、ちょっと違うかなあ」余計に先生を混乱させたみたいだ。
少し落ち着きを取り戻した先生はコーヒーに口をつけた後、
「それで、鈴木くんは、これから何をしたいの? 私に早川先生の話をしたからには、鈴木くんには何かしたいことがあるんでしょう?」
そう優しく訊いてきた先生に僕は、青山邸に赴くという一連の話を説明した。
池永先生は黙って僕の話を聞いた後、しばらく沈思し、
「鈴木くんって・・本当に変わってるわねぇ」と感想っぽく言った。
「そうですか?」僕にはわからない。何が変わっていて、何がちゃんとしているか。
「だって、そんなこと、普通の生徒はしないわよぉ」
普通はしない・・
「義憤に駆られて・・だと思いますよ。早川講師は、ムカつくし、青山先輩も迷惑がっているし」
「そうかな?・・そんな理由かなぁ」
そう言って、先生はまた沈思した後、
「青山さんは、見かけ通りのしっかりした子よ。鈴木くんが、あれこれしなくても、ちゃんとやっていける子よ」
「それこそ、そうかな? と思います」
「ほらぁ、やっぱり・・鈴木くんは・・やっぱり、そうなのよ」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
俺のメインヒロインは妹であってはならない
増月ヒラナ
青春
4月になって、やっと同じ高校に通えると大喜びの葵と樹。
周囲の幼馴染たちを巻き込んで、遊んだり遊んだり遊んだり勉強したりしなかったりの学園ラブコメ
小説家になろう https://ncode.syosetu.com/n4645ep/
カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885272299/episodes/1177354054885296354
幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~
下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。
一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。
かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。
芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。
乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。
その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる