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西陽差す高級車の長い時間①
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◆西陽差す高級車の長い時間
青山先輩の力になりたい。
そんな思いで僕は青山先輩にある提案をした。
厳格な青山家の中に檸檬(れもん)を投じる・・そんな計画だ。
けれど、それを実行するには、まず速水部長の承諾を得なければならない。
あまり勝手なことをするのもためらわれる。
「今日は、楽しかったよ」
青山先輩は僕の横でそう言った。
僕は石坂氏の運転する高級車の中にいた。自宅まで送ってくれるそうだ。
車の中は先ほどと同じくいい匂いがする。車の中でも喫茶室でも同じ香りだったので、おそらく青山先輩の匂いだ。それは悪いものではなく心地いいものだった。
夕暮れ出した外の景色を眺めていると、
「それはそうと・・」と青山先輩が前方を眺めながら別の話を切り出した。
「何ですか?」
「沙希ちゃんの様子が時々おかしくなるのは、どうしてなんだ? 君は何か知っているのかい?」と青山先輩は僕に訊ねた。
「い、いえ・・」僕は曖昧な答え方をする。
僕だって小清水さんの多重人格のことは全く知らない。その原因はなおさらだ。
「沙織にも、池永先生に訊いても何も言わないから・・皆はその理由を知っていて私には言わすに隠しているんじゃないか・・と思ってね」
「僕も知らないです」
そう答えると、
「だが、君は、あの須磨の海岸で、沙希ちゃんを抱き留めたじゃないか」
青山先輩は僕の方を見てそう言った。
あの時、急に人格が変わった小清水さんを僕は放っとけなかった。
「あの時・・私は少し妬いたよ」
「え?」
「私も、あんな風に誰かに思われたいものだ」
そう言って青山先輩は再び視線を前方に戻した。
「違いますよ・・あれは・・僕が小清水さんに対してしたことは、応急措置みたいなもので、特に意味はないです」
あの時、僕はどうすればいいのか、分からなかった。
ただ、目の前の人格の変わった小清水さんが、彼女の心が震えている・・そんな気がした。
「そうだったかな? 私には、君の沙希ちゃんに対する強い思いを感じたのだが・・」
僕の小清水さんに対する思い?
違う。
「そんなんじゃないと思いますよ」僕は更に否定した。
そう頑として否定する僕に青山先輩は、
「君は、自分で気づいていないところで、沙希ちゃんを守っているんだよ」と言った。
青山先輩は僕を買いかぶり過ぎだ。
「違いますよ、青山先輩・・僕は」
僕は誰も守ったりしていない。
もし、僕が誰かを守るとするのなら・・
その相手は僕が愛する人だ。
今、僕が好きな人は・・やはり水沢さんだ。
石山純子の時のような告白をしない相手・・水沢純子だ。
「沙織は知っているんだろうな。沙希ちゃんのことを」
「・・そうだと思いますよ」
「この後、沙織に会いに行くのだが、君も行くかい?」
「速水部長の家は、叔父さんの家だから、須磨ですよ。僕の家とは正反対ですけど」
そこまで言って、僕は、はたと思い当たった・・
速水さんはたとえ叔父さんの家と言っても、やはり居づらいのではないだろうか。
そこは実の親の家ではない。速水さんが本来住むべき家ではない。夜は別としても昼間は須磨の家にいないのではないだろうか。
だとしたら・・
今の時間・・車の中には西陽が差している。
同じように西陽差す部室に、今も速水さんは部室で本を読んでいる。
そんな光景が浮かんだ。
いくらなんでもそんな寂しいことはしないだろう、と考えを打ち消しても速水さんの姿が見えてくる。
中学の時、手錠をかけられていた速水さん。
須磨海岸で一人佇んでいた速水沙織。
そして、ついこの間。あのキリヤマと対峙した時の速水さん。
そんな彼女には帰る場所・・心を落ち着かせる場所がない。
速水沙織は言っていた。
「私は、もう眠くなることはないのよ」
「速水部長は、部室にいるような気がします」そう僕は言った。
速水さんには悪いけれど、僕は眠くなる場所が多くある。この車の中だって・・
そう思った時、
なぜか、青山先輩が僕の顔を凝視しているのに気づいた。僕を食い入るように見ている。
そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしい。
!
しまったっ!
青山先輩の力になりたい。
そんな思いで僕は青山先輩にある提案をした。
厳格な青山家の中に檸檬(れもん)を投じる・・そんな計画だ。
けれど、それを実行するには、まず速水部長の承諾を得なければならない。
あまり勝手なことをするのもためらわれる。
「今日は、楽しかったよ」
青山先輩は僕の横でそう言った。
僕は石坂氏の運転する高級車の中にいた。自宅まで送ってくれるそうだ。
車の中は先ほどと同じくいい匂いがする。車の中でも喫茶室でも同じ香りだったので、おそらく青山先輩の匂いだ。それは悪いものではなく心地いいものだった。
夕暮れ出した外の景色を眺めていると、
「それはそうと・・」と青山先輩が前方を眺めながら別の話を切り出した。
「何ですか?」
「沙希ちゃんの様子が時々おかしくなるのは、どうしてなんだ? 君は何か知っているのかい?」と青山先輩は僕に訊ねた。
「い、いえ・・」僕は曖昧な答え方をする。
僕だって小清水さんの多重人格のことは全く知らない。その原因はなおさらだ。
「沙織にも、池永先生に訊いても何も言わないから・・皆はその理由を知っていて私には言わすに隠しているんじゃないか・・と思ってね」
「僕も知らないです」
そう答えると、
「だが、君は、あの須磨の海岸で、沙希ちゃんを抱き留めたじゃないか」
青山先輩は僕の方を見てそう言った。
あの時、急に人格が変わった小清水さんを僕は放っとけなかった。
「あの時・・私は少し妬いたよ」
「え?」
「私も、あんな風に誰かに思われたいものだ」
そう言って青山先輩は再び視線を前方に戻した。
「違いますよ・・あれは・・僕が小清水さんに対してしたことは、応急措置みたいなもので、特に意味はないです」
あの時、僕はどうすればいいのか、分からなかった。
ただ、目の前の人格の変わった小清水さんが、彼女の心が震えている・・そんな気がした。
「そうだったかな? 私には、君の沙希ちゃんに対する強い思いを感じたのだが・・」
僕の小清水さんに対する思い?
違う。
「そんなんじゃないと思いますよ」僕は更に否定した。
そう頑として否定する僕に青山先輩は、
「君は、自分で気づいていないところで、沙希ちゃんを守っているんだよ」と言った。
青山先輩は僕を買いかぶり過ぎだ。
「違いますよ、青山先輩・・僕は」
僕は誰も守ったりしていない。
もし、僕が誰かを守るとするのなら・・
その相手は僕が愛する人だ。
今、僕が好きな人は・・やはり水沢さんだ。
石山純子の時のような告白をしない相手・・水沢純子だ。
「沙織は知っているんだろうな。沙希ちゃんのことを」
「・・そうだと思いますよ」
「この後、沙織に会いに行くのだが、君も行くかい?」
「速水部長の家は、叔父さんの家だから、須磨ですよ。僕の家とは正反対ですけど」
そこまで言って、僕は、はたと思い当たった・・
速水さんはたとえ叔父さんの家と言っても、やはり居づらいのではないだろうか。
そこは実の親の家ではない。速水さんが本来住むべき家ではない。夜は別としても昼間は須磨の家にいないのではないだろうか。
だとしたら・・
今の時間・・車の中には西陽が差している。
同じように西陽差す部室に、今も速水さんは部室で本を読んでいる。
そんな光景が浮かんだ。
いくらなんでもそんな寂しいことはしないだろう、と考えを打ち消しても速水さんの姿が見えてくる。
中学の時、手錠をかけられていた速水さん。
須磨海岸で一人佇んでいた速水沙織。
そして、ついこの間。あのキリヤマと対峙した時の速水さん。
そんな彼女には帰る場所・・心を落ち着かせる場所がない。
速水沙織は言っていた。
「私は、もう眠くなることはないのよ」
「速水部長は、部室にいるような気がします」そう僕は言った。
速水さんには悪いけれど、僕は眠くなる場所が多くある。この車の中だって・・
そう思った時、
なぜか、青山先輩が僕の顔を凝視しているのに気づいた。僕を食い入るように見ている。
そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしい。
!
しまったっ!
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