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青山灯里の報告②

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 夏休み、その間、顔を見ることが出来ないと思っていた水沢純子に会える。
 加藤と3人だが、そんなことは関係なしに楽しみだ。逆に加藤がいてくれた方がいい。水沢さんと二人きりだと、緊張し、かつ、舞い上がってしまう。
 それに・・
 水沢さんは時々、人の心が入り込んでくる・・そんな特殊な体質をしている。
 もし、水沢さんと二人きりの時によからぬことを考えて、見破られたら大変だ。
即、絶交となる。
 だから、加藤がいてくれる方が助かる。いくら水沢さんが人の心を読めるといっても二人同時は無理だろう。そう推測する。

 水沢さんは僕から「私のことを好きじゃない」という心が伝わってきたと言っていた。
「鈴木くんはずっと遠くの女の子を見ている」そう言っていた。
 僕は現実の女の子を見ずに、過ぎ去った過去の少女をずっと追いかけているのだ。
 その女の子は誰あろう。石山純子だ。
 そんな僕の恋心を水沢さんにも、速水さんにも悟られてしまった。

 そんなことを思い出していると、電話が鳴った。
「もしもし・・鈴木くんのお宅ですか?」
 相手は僕を指定している・・聞いたことのあるような、ないような男の声。
「はい、そうです」と答えると、
「鈴木道雄くんだね」と男は言った。
 この声・・思い出した・・早川という高校の美術講師だ。
 いつも僕には美術の点を低くつける。そして、文句を言いそうな生徒には高い点を付ける。えこひいき丸出しの講師だ。
 そして、陰で青山先輩の監視役をしていると聞いた。つまりはそんな副収入のある男だ。いいイメージは一つもない。
「美術の講師の早川だ・・」
 僕の電話番号をどこで聞いたのか、と思いながら僕が「はい」と答えると早川は、
「合宿はどうだったね?」と尋ねた。
 僕が「どう・・って」と言いかけると、
「楽しかったかね」と重ねて訊かれた。
 何か、むかついてきた。
 あんたには関係ないだろ! と言いたくなった。けれど、相手は大の大人だ。しかも高校の講師。そんな気持ちはぐっと抑える。
「はい、楽しかったですよ。初めての合宿でしたから」と僕は言った。

 すると、早川講師は僕の話などどうでもいいように、
「青山くんは・・特に何もなかったかね?」と尋ねた。
言い方が回りくどい。
 何もなかったか? と訊かれても、どう答えていいのかわからない。
 この男は青山先輩の家に雇われている探偵のような男だ。
 合宿にはついて行けなかったので、その時の青山先輩の様子を知りたいのだろう。それで僕に電話をかけてきたわけだ。そこまで監視しなくてもいいと思うけど、金をもらっている身なので報告書でも作成したいのだろう。
 例えば「同行の二年生の鈴木道雄に聞いたところ、何もないとのこと・・」という具合に。

 僕は「何もないですけど、青山先輩が・・何か?」と尋ねると、
「灯里さんに、尋ねても何も言わないからね」と早川講師は言った。
 そういうことか。青山先輩は報告を拒否しているんだな。それで僕の電話番号を調べて・・というわけか。ご苦労なこった。
「君の言っていることを信用していいんだね」
「だから、何もない、と言っているでしょう」ちょっと口調を強くして言ってみた。
 しつこい!
 だいたい、僕はこの早川という男が嫌いだし、電話で会話をするのも嫌いだ。
 石山純子にふられた日の公衆電話を思い出す。

 僕はワザと、
「お二人の関係は、早川先生は、青山先輩とどういうご関係ですか?」と話を切り出した。
「どうって・・」と早川が答えに窮すると、僕は、
「僕は青山先輩を同じサークルの部員として尊敬しているし、先輩として頼ってもいます。それに・・」
 早川は僕の言葉に「それに?・・」と復唱し話を促した。
「青山先輩は女性としても素敵な人・・そう思っています」
 そう僕は大きく言った。
 電話口の向こうで「君が?」と言ってあざ笑うような声が聞こえた。
 僕の勢いにまかせての言葉だ。早川が真に受けようが知ったことじゃない。笑っても結構だ。
 すると、早川は「お嬢さんはね、君のような人間が軽々しく接していい女性じゃないんだよ」と言った。
 意味が分からない。
 こいつはこうやって自分が蔑視する人間の点数を低くつける。美術の作品などおそらくは見ていないのだろう。
 たしかに青山先輩は高位レベルに属する人種だとは思う。
 だが、早川・・おまえは違うだろ!
 無性に腹が立ってきた。
「だから、先生と青山先輩はどういうご関係なんですか! 第一、先生が生徒をお嬢さんと呼ぶなんてどう考えてもおかしいでしょ」
 僕のいきり立った声に早川は、
「僕はね、君のような、礼節をわきまえない男子からお嬢さんを守っているんだ」と言った。
 こいつ、おかしい。どう考えてもおかしい。生徒にこんな電話をかけてくるのもおかしい。意味不明の電話だ。
「もう切りますよ」僕は早川講師にそう宣告した。
 これ以上こいつの声を聞きたくない。不愉快だ。
 それに、「君のような人間」という言葉で、石山純子にふられた時のことが想起された。
 影が薄いも、存在感がないもそれなりに腹が立つが、「君のような人間」という言葉は想像力をどこまでも膨らませ、落ち込ませる言葉だ。

 僕が「もう切りますよ」と言うと、早川は、
「まあまあ、待てよ。要するに、お嬢さんには合宿中、何も変わったことはなかった・・そういうことでいいんだね」と若干トーンを落としてそう訊いた。
 おそらく青山先輩の男関係とかを詮索しているのだろう。合宿の三日間、色気じみたことなんて何一つなかったのに。
 何もなくても青山家に、「何もありませんでした」とかのレポートでも提出するのだろうか。

「そういうことでいいのか・・って言われても、僕の知らない所で何かあったかもしれませんよ。何なら、合宿に行ったメンバー全員に訊いたらどうですか? そうそう、池永先生にも訊いてみたらいいじゃないですか」
 そう僕がまくし立てると早川は、
「池永先生に訊けるわけがないだろ」と強く言い返されたので、
「そんなの知るかよ!」と僕は怒鳴った。僕の知ったこっちゃない!
 僕は腹立ちまぎれのついでに、
「そうそう、今、思い出しました。僕と青山先輩、一緒に愛宕山公園を散歩しましたよ。楽しかったです・・これでいいですか!」
 確かに楽しかった。
 僕のような低レベルの人間が、青山先輩のような人と話ができ、素敵な時間を過ごすことができて嬉しかった・・そんな本当の気持ちと自虐的な意味も込めて僕は言った。
 そう僕が勢いよく言うと早川は、
「鈴木くん・・そのうち、痛い目を見るよ」
と言って、先に電話を切られた。
 これで美術の点、また低くなるな・・早川講師はそういう男だ。

 そんな不愉快な気持ちを抱えながら、部屋に戻って勉強を再開した。
 この電話の件は青山先輩に言うべきか? それとも青山先輩はもう知っているのか。
 そして、この変な電話は他の部員にもかかってきているのだろうか?
 早川なら他の子にもかけそうだな。
 あれ以上、勢いにまかせて早川に変なことを言わなくてよかった。「和田くんとできているかもしれませんよ」とか。そんなことを言ったら・・いや、面白いかもしれない。早川の顔が見ものだ。
 いずれにせよ、電話で加藤ゆかりの声を聞いた後、水沢さんのことを思い出して心の中を潤わせた後、早川講師の鬱陶しい声など聴きたくなかった。
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