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青山灯里の報告①
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◆青山灯里の報告
結局、告白に「会話は必要か?」の話は結論が出ないまま、その場はお開きとなった。
合宿の締めくくりにその話題が必要だったかどうかはわからないが、その場が和むには丁度よかったのかもしれない。
家に帰ると、いきなり妹のナミに、
「兄貴、また陽に焼けたじゃん!」と呆れたように言われた。
「海に行ったんだ。焼けていて当たり前だ」と強く答えた。そう言ったナミも負けず劣らず肌が黒くなっている。 僕が「どこかに行ったのか?」と尋ねると、「三日連続、プールだよ」とナミは答えた。誰と行ったかは訊かないでおこう。話が広がる。それにナミの場合、毎日、違う男と行っているような気もする。
母が「受験勉強の遅れ、すぐに取り戻せるの?」と心配そうに訊いた。僕は「3日分くらい今日中に戻せるよ」と答え二階に上がった。
合宿の間、受験勉強のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
その代わりに中学の時の初恋の人、石山純子が大きく思い出され、そして、その時に出会った少女、速水沙織のことが思い出されることとなった。
・・そっか・・あの時の女の子が速水さんだったのか、
僕は2階の部屋のベッドに横になり、そんな感慨に耽った。
天井の木目の模様を眺めていると、
いろんなことが頭の中をよぎっていく。
ずいぶん昔のことと思っていた中学時代が、あのキリヤマという男に出会ったことで、つい先日のことのように思えたり、いつも僕の先を行くような速水沙織がすごく弱い少女のように映ったりした。
そして、小清水さんが多重人格のように思え、本当の彼女の姿がわからなくなったけれど、僕が抱き締めた時の 小清水さんの可憐な顔が、本当の小清水さんの姿に思えた。
もう変わらないでいて欲しい。僕はそう願う。
そして、嬉しかったのは、速水さんが青山先輩のことを昔のように「灯里さん」と呼んだことだ。「青山さん」から「灯里さん」に変わったことが嬉しい。
二人の経緯を青山先輩から聞いているだけに嬉しかった。当の青山先輩はもっと嬉しかったことだろう。
帰宅するなり受験勉強を始める。これが本来の僕の姿だ。
文芸サークルに入って、色々とペースが乱れることはあっても、家に帰れば、いつもの自分に戻れる。
受験勉強の受験科目・・今のところは、私立の大学でも、国立大学でも受験できるように科目を全てカバーしてカリキュラムを組んでいる。
元々、高校に上がった時に、石山純子が目指す大学に入ろうと決め、受験勉強を開始したのだ。
そう・・僕はあんな目に合っても、諦め切れなかったのだ。
もし諦めてしまうと、僕の心がどこかに飛んでいってしまう・・そんな気がしていた。
諦めきれず・・彼女の目指す大学が知りたい・・
そして、僕はある場所に行った。
そこまで考えていると、ドアをコンコンと叩く音が聞こえた。音と同時に妹のナミがツインテールを揺らしながら入ってきた。
「私、兄貴に言うのを忘れてたよ」
「おい、ノックと同時に入ってきたら、ノックの意味がないだろ」僕は猛抗議した。
そう言うと、ナミは「別にいいじゃん。兄妹なんだし」と答えた。
「その兄が、部屋で裸だったらどうするんだよ?」
僕がそう例えるとナミは「そりゃあ、見るよ。見てしまうよ」ときっぱり言った。
何だよそれ。それが花も恥らう乙女のセリフかよ。
「あのなあ、ナミ。少しは慎みを・・」と言いかけると、
ナミはここに来た理由を思い出し、
「ああ、そうそう。兄貴、加藤さんという女の人から電話があったよ。兄貴が合宿から帰ったらかけさせます、って答えといたから」
「それを早く言え!」と僕が憤って言うと、
「加藤さんって・・あの髪がショートの人だよね」とナミは意味ありげに言って微笑んだ。
僕が「そうだ」と答えると、ナミは更ににやりと含み笑いをして、
「兄貴、今年の夏はいろいろと激しいね」と嫌味っぽく言った。
僕が答えないでいると、
「兄貴の去年の夏休みなんて、中学ん時の同級生とプールに行っただけだったもんね」と言った。「高校生の寂しい夏って・・やだよねえ」
「今年はクラブに入ったから色々忙しいんだよ」
「その加藤さんも? 加藤さんはクラブは関係ないんでしょ」
「・・加藤の場合はちょっと違うけどな」
そこで話題が尽きるとナミは出て行った。
寂しい夏・・確かに去年は岡部と小西と恒例の市民大プールに行っただけだった。中学の時までは家族で旅行とか行ったが、高校生になるとそれもなくなった。
部屋にこもりきり、ひたすら受験勉強に明け暮れ、時折思い出したように散歩に出かけたりする。若年寄のような夏休みの過ごし方だ。
そんな生活を送っていると、石山純子への思いが増幅され、益々思いが募っていった。
けれど、僕はそんな夏も好きだった。
高くなった青空を見上げ、物思いに耽る夏が好きだった。
「鈴木、クラブの合宿に行ってたんだって? 有馬温泉に」
さっそく加藤ゆかりに電話すると、そんなちょっと懐かしさを帯びた加藤の声が受話器の向こうで聞こえた。
ナミの奴、行き先まで言わなくてもいいのに。
僕が「それで、何かあったのか?」と訊ねると、
加藤は「特に用事はなかったんだけどね」と言って「花火大会のこと、ちゃんと覚えてるかな? って思って」と続けた。
「覚えてるよ。ちゃんとカレンダーにも○を付けてるし」
そんなの忘れるわけがない。加藤には悪いが、水沢さんとそんな思い出作りのような場所に行けるんだ。ちゃんと覚えている。絶対に行く。
僕が「他に何か用事、あった?」と尋ねると、
「ううん」と加藤は言って、「鈴木の声が聞きたかっただけかもね」と冗談ぽく言った。そう言ったあと、電話口の向こうで明るい笑い声が聞こえた。健康的で無邪気な声だ。
加藤は「鈴木、じゃあね。駅前で」と言って電話を切った。
結局、告白に「会話は必要か?」の話は結論が出ないまま、その場はお開きとなった。
合宿の締めくくりにその話題が必要だったかどうかはわからないが、その場が和むには丁度よかったのかもしれない。
家に帰ると、いきなり妹のナミに、
「兄貴、また陽に焼けたじゃん!」と呆れたように言われた。
「海に行ったんだ。焼けていて当たり前だ」と強く答えた。そう言ったナミも負けず劣らず肌が黒くなっている。 僕が「どこかに行ったのか?」と尋ねると、「三日連続、プールだよ」とナミは答えた。誰と行ったかは訊かないでおこう。話が広がる。それにナミの場合、毎日、違う男と行っているような気もする。
母が「受験勉強の遅れ、すぐに取り戻せるの?」と心配そうに訊いた。僕は「3日分くらい今日中に戻せるよ」と答え二階に上がった。
合宿の間、受験勉強のことはすっかり頭から抜け落ちていた。
その代わりに中学の時の初恋の人、石山純子が大きく思い出され、そして、その時に出会った少女、速水沙織のことが思い出されることとなった。
・・そっか・・あの時の女の子が速水さんだったのか、
僕は2階の部屋のベッドに横になり、そんな感慨に耽った。
天井の木目の模様を眺めていると、
いろんなことが頭の中をよぎっていく。
ずいぶん昔のことと思っていた中学時代が、あのキリヤマという男に出会ったことで、つい先日のことのように思えたり、いつも僕の先を行くような速水沙織がすごく弱い少女のように映ったりした。
そして、小清水さんが多重人格のように思え、本当の彼女の姿がわからなくなったけれど、僕が抱き締めた時の 小清水さんの可憐な顔が、本当の小清水さんの姿に思えた。
もう変わらないでいて欲しい。僕はそう願う。
そして、嬉しかったのは、速水さんが青山先輩のことを昔のように「灯里さん」と呼んだことだ。「青山さん」から「灯里さん」に変わったことが嬉しい。
二人の経緯を青山先輩から聞いているだけに嬉しかった。当の青山先輩はもっと嬉しかったことだろう。
帰宅するなり受験勉強を始める。これが本来の僕の姿だ。
文芸サークルに入って、色々とペースが乱れることはあっても、家に帰れば、いつもの自分に戻れる。
受験勉強の受験科目・・今のところは、私立の大学でも、国立大学でも受験できるように科目を全てカバーしてカリキュラムを組んでいる。
元々、高校に上がった時に、石山純子が目指す大学に入ろうと決め、受験勉強を開始したのだ。
そう・・僕はあんな目に合っても、諦め切れなかったのだ。
もし諦めてしまうと、僕の心がどこかに飛んでいってしまう・・そんな気がしていた。
諦めきれず・・彼女の目指す大学が知りたい・・
そして、僕はある場所に行った。
そこまで考えていると、ドアをコンコンと叩く音が聞こえた。音と同時に妹のナミがツインテールを揺らしながら入ってきた。
「私、兄貴に言うのを忘れてたよ」
「おい、ノックと同時に入ってきたら、ノックの意味がないだろ」僕は猛抗議した。
そう言うと、ナミは「別にいいじゃん。兄妹なんだし」と答えた。
「その兄が、部屋で裸だったらどうするんだよ?」
僕がそう例えるとナミは「そりゃあ、見るよ。見てしまうよ」ときっぱり言った。
何だよそれ。それが花も恥らう乙女のセリフかよ。
「あのなあ、ナミ。少しは慎みを・・」と言いかけると、
ナミはここに来た理由を思い出し、
「ああ、そうそう。兄貴、加藤さんという女の人から電話があったよ。兄貴が合宿から帰ったらかけさせます、って答えといたから」
「それを早く言え!」と僕が憤って言うと、
「加藤さんって・・あの髪がショートの人だよね」とナミは意味ありげに言って微笑んだ。
僕が「そうだ」と答えると、ナミは更ににやりと含み笑いをして、
「兄貴、今年の夏はいろいろと激しいね」と嫌味っぽく言った。
僕が答えないでいると、
「兄貴の去年の夏休みなんて、中学ん時の同級生とプールに行っただけだったもんね」と言った。「高校生の寂しい夏って・・やだよねえ」
「今年はクラブに入ったから色々忙しいんだよ」
「その加藤さんも? 加藤さんはクラブは関係ないんでしょ」
「・・加藤の場合はちょっと違うけどな」
そこで話題が尽きるとナミは出て行った。
寂しい夏・・確かに去年は岡部と小西と恒例の市民大プールに行っただけだった。中学の時までは家族で旅行とか行ったが、高校生になるとそれもなくなった。
部屋にこもりきり、ひたすら受験勉強に明け暮れ、時折思い出したように散歩に出かけたりする。若年寄のような夏休みの過ごし方だ。
そんな生活を送っていると、石山純子への思いが増幅され、益々思いが募っていった。
けれど、僕はそんな夏も好きだった。
高くなった青空を見上げ、物思いに耽る夏が好きだった。
「鈴木、クラブの合宿に行ってたんだって? 有馬温泉に」
さっそく加藤ゆかりに電話すると、そんなちょっと懐かしさを帯びた加藤の声が受話器の向こうで聞こえた。
ナミの奴、行き先まで言わなくてもいいのに。
僕が「それで、何かあったのか?」と訊ねると、
加藤は「特に用事はなかったんだけどね」と言って「花火大会のこと、ちゃんと覚えてるかな? って思って」と続けた。
「覚えてるよ。ちゃんとカレンダーにも○を付けてるし」
そんなの忘れるわけがない。加藤には悪いが、水沢さんとそんな思い出作りのような場所に行けるんだ。ちゃんと覚えている。絶対に行く。
僕が「他に何か用事、あった?」と尋ねると、
「ううん」と加藤は言って、「鈴木の声が聞きたかっただけかもね」と冗談ぽく言った。そう言ったあと、電話口の向こうで明るい笑い声が聞こえた。健康的で無邪気な声だ。
加藤は「鈴木、じゃあね。駅前で」と言って電話を切った。
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