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それぞれの心の暴発②

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 絶対に、この男にこの先をしゃべらせてはいけない。
 ・・だから、僕は言った。
「おまえこそ僕たちの前から・・」と一呼吸置き、
「消えろおおっ!」
 気がつくと飛び出した僕は、キリヤマの胸ぐらを掴んでいた。
「誰だ、お前は」
 キリヤマは目を細め、何か考えている様子だった。
 そして、目を見開き、
「ああん?・・あん時のガキかあ・・」と言った。
 思い出したか。そうだよ、あの時のみじめな中学生だ。
 初恋の女の子、石山純子に見事にふられ、心がすさんでいた子供だ。何もできなかった子供だよ。

「威勢だけがいいから、ちゃんと憶えていたぜ」そう言うと、
 キリヤマは圧倒的な力で僕の腕を振り解き、
「あっ」と声を上げる間もなく、僕は突き飛ばされた。

 またこうなるのか・・情けない。僕は空を見上げながらそう思った。
 だが、そう思ったのは一瞬だった。
 次の瞬間、僕の体は柔らかいもので包まれていた。
 それは小清水さんのふくよかな胸元だった。
「小清水さん・・」僕は彼女を見上げた。
「鈴木くん」
 一瞬、目を丸くした彼女の顔・・
 だが、それはほんの僅かな間だった。僕と小清水さんの目があった瞬間には小清水さんの形相が一変した。
 小清水さんのこんな顔を見るのは初めてだった。
 有馬の夜に見た小清水さんの顔でもないし、繁華街で遊び人風の男子と歩いていた小清水さんでもなかった。おそらく和田くんがゲームセンターで出会った小清水さんとも違うだろう。
 顔つきの変わった小清水さんは前方を凝視すると、
「おまえかああっ」
 小清水沙希はキリヤマに向かって叫んだ。
 人格が豹変した小清水さんは現在がどのような状況かは判断できていないだろう。しかし、小清水さんは突き飛ばされた僕の体がキリヤマから飛んできたことだけはわかったのだ。
 キリヤマは「なんだ、この女は」と身構えている。

「沙希ちゃん」と池永先生と青山先輩の声が同時に漏れた。
 速水さんが「沙希さん」と悲しげな声を出す。
 いつも大人しく、控えめな文学少女、仏のような笑顔でいつもそこにいるような女の子。
 翻訳文学が大好きで、どんな言い合いにも落ち着いた様子で話す女の子。

 ダメだ。
 僕は小清水さんが何が原因でこのような多重人格になっているのかは知らない。それは病気なのか。生まれつきのものなのかもわからない。
 いずれにせよ、ダメだよ。
 女の子がそんな言い方をしちゃ、ダメなんだ。

 こんなこと、もうたくさんだ・・
 僕は体を整えると小清水さんと向き合った。
 そう・・僕はキリヤマに背を向け、目を小清水さんの瞳に合わせた。

 小清水さんの顔は何かの微振動のように痙攣していた。
 どうしてそんなにも怒りという感情が表に出てきているのか、その原因はわからない。
 けれど、今は、

「そこを、のけええっ」と小清水さんは僕を邪魔者扱いのように言った。
 小清水さんはキリヤマに飛びかかろうとしているのだ。小清水さんは危害を加えられた僕を押しのけようとしている。
 しかし、小清水さんはその声を最後に、
 その後の言葉を続けることが出来なかった。
 それは、僕が小清水さんを抱き寄せていたからだ。

 僕には女の子の心なんてわからない。
 速水さんも強い面と、今見ている弱い面を持ち合わせている。池永先生だって、いい加減なところもあるし、逆にけっこう洞察力がすごかったりする。
 青山先輩も男言葉で大胆なことを言ったりしてるけど、親身になって相手のことを考えていたりする。
 そして、一番僕がショックだったのは、初恋の人、石山純子があんな冷たい人格だったことだ。

 みんないろんな人格を持っている。
 でもね・・ 
 小清水さんの場合、君の場合は他の人とちょっと違うんだ。
 君はこんな風になってはいけない。
 これ以上、壊れてはいけない人なんだよ。
 君の本当の姿は一つだけ・・君は優しい人なんだ。

 そんな思いを込めて、
 僕が小清水さんを想いっきり強く抱きしめると、
「んッ」と小清水さんは苦しそうな声を出した。
 どれくらいの時間が過ぎたのかわからない。
 わからないが、次に顔を上げた小清水さんは、
「あれ、鈴木くん、どうして私を・・」と喘ぎながら言った。状況が呑み込めないのだろう。どうして僕に抱き締められているのか。
「私、また記憶が・・」記憶を手繰るように小清水さんは小さく言った。
 僕が体を緩めると小清水さんの顔はいつもの優しい顔に戻っていた。
 僕は「もう大丈夫だよ」と声をかけた。
 よかった・・

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